これが死後の夢ならば
首に走った痛みに目を覚ます。
あぁ、そうだ。
私はあの後、城内で実の姉のように幼少期から共に過ごし、後宮にも自ら志願し付いてきてくれた侍女のエマと合流して
家族への言伝を頼み、先に帰ってもらった後で城から出ようとして捕縛されて……それから。
その晩には処刑、されたのだった。
普通は煩雑な手続きを踏んで行われるはずだが、それも決定事項として裏で準備を進めていたらしい。
死ぬ前にしてはよく情報をもぎ取れたと私は自分を褒めてやりたい。
首を擦りながら起き上がり周囲を見回せば見慣れたいつもの自分の部屋だった。
立ち上がり、お気に入りの花のモチーフと空を飛ぶ燕をあしらった鏡の前に立つ。
見慣れた姿は記憶より幼い気がする。
「死後の夢、ってやつかしら……」
頬に手を当てて、その柔らかさを両手いっぱいに楽しみながら考えていると、部屋に軽やかなノックの音が響く。
「どうぞ、起きてるわ」
軽く髪だけ手ぐしを整えて答えると、おはようございます、お嬢様。とあの日別れたままになってしまったエマがニコリと笑う。
「エマ……」
さよならも言えなかったエマの方へ歩み寄り、そのまま抱きつきその胸に顔を埋める。
存在を確かめるように頬を擦り寄せると驚いたように一瞬固まったエマが、仕方ないなぁ。と言うように小さく笑って頭を撫でてくれる。
優しい匂いがする。
「どうされたのですか、お嬢様。
怖い夢でも見ましたか?」
優しい声が降ってくる。
泣きたくなるほど、優しい聞きなれた声。
「エマ、ごめん、ごめんねエマ……!」
「お嬢様、怒りませんから正直に言いましょう。
何を壊したのですか、それとも何を盗み食いしたのですか?」
突然崩れ落ちるように泣き出した私に、困惑したような雰囲気があったのは数秒。
怪我をしないように支え、ゆっくりと床におろし正面に座り込む。
そのまま1呼吸したエマの両手が私を掴み、一見すると優しそうに、しかし絶対に誤魔化すことを許さないという確固たる意志を感じるエマの声。
その声に、私、死んじゃった。と泣きすがれば数度瞬きをしたあとエマが隠しもせずに吹き出した。
……あれ、ちょっと、その態度はないんじゃないかしら?
涙も引っ込み訴えるようにエマを見れば顔を背けて肩を震わせている。
一応主の様子に爆笑するという行為が失礼である認識はあったらしい、良かった。
「お嬢様はここに生きてますよ。
よっぽど怖い夢を見てしまったのだと思いますが……、大丈夫です、エマが居ますよ」
ひとしきり笑い落ち着いた時に涙を拭いながらエマが私の両手を握る。
優しく紡がれた言葉、細められた目はただひたすらに愛情で溢れていた。
「それに、今日はお嬢様が楽しみにしておられた王城での社交デビューの日ですよ!
きっと美味しいお菓子も沢山出ますし、お友達も出来ますよ、お嬢様はとっても可愛らしいですから!」
ニッコリと笑ったエマの言葉に思わず顔が凍りつく。
行きたくない……なんて言えないけど
あの頭空っぽ王子のお茶会に夢を見てた時期が私にもありましたね、今はそんなことは思いもしないけど、絶対、関わりたくない。
夢ならもっと楽しかった時期にしてくれてもいいんじゃないかしら、と不貞腐れたい気持ちでそうね、と返す。
これが死後の夢ならば、私は違う人生を歩む可能性を見たい。
王子とは関わらない。
……でも後宮ニート生活は捨てがたいのよね。
まぁ、なるようになれ、よ。
ため息をついて私はエマと準備を始めるために立ち上がった。
前回、感想を下さった方ありがとうございます、とても励みになります。
仕事に忙殺されているので難しい所はありますが楽しんでいただけるように執筆頑張りますので見捨てないでください、お願いします。