07.逃げるしかない選択肢
13年前ーーーー……
「おかあさん? ほすてる、もうごはんいらなーい。はやくお星さま、みにいこ!」
「あら、ホステル全然食べてないじゃない。こんなんじゃ、すぐお腹すいちゃうわよ?」
「もうおなかいっぱいだもん。ね、ね。はやくいこうよ」
「そうなの? お腹いっぱいならいいんだけど。知ってる? ホステル。お星様見てる時にもしも! お腹が減ってグッーっと鳴っちゃったら……びっくりしてお星様逃げて行っちゃうのよ!!」
「そうそう。父さんも昔、逃げられちゃってな。その後もなかなか姿を見せてくれなかったなぁ。
うーーん、だけど。ホステルはお腹いっぱいだもんな? 父さん貰っちゃお」
「ええ……! だめだめ! おとうさんだめよ。これは、ほすてるの。ぜんぶたべるの。おほしさま、まっててね」
一日の終わりに家族揃っての夕食。
各家庭から漏れる穏やかな空気感に村中が包まれている。
これがいつもの日常。そしてこれからも訪れるはずの日々だった。
「うわぁーー。お星さまいーーっぱい。キラッキラだねえ。」
「ホントね。見て、海も綺麗よ」
「風も心地良いし、いい夜だ」
村から少し離れた小高い丘で星を見る一家。幸せで心地良い一時。
そしてそれは、間も無く終わる。
「キャーーーー」
「やめてーーーー」
突然の悲鳴に驚き振り返る。幼い娘は母にしがみつき怯える。
「なんだ?! 村か?!」
「ホステル、大丈夫。おいで」
ただならぬ様子に居ても立ってもいられず村の方へと走って行く。ホステルは母に抱えられ村が見渡せる場所へ。
「なんだっ?! あんなの見た事もない。化け物か?!」
「あれは、ルーカス! ……あぁ、そんな!!!」
「やあっ……!! こ、こわいよお」
どこから現れたのか村の中で暴れている化け物。
大きな体で目は光っており、鋭い爪で村人を襲っていた。
村を守るため戦おうとした者、愛すべき者達を逃がすため時間稼ぎに立ち向かった者、あまりの恐怖に逃げる事も出来なかった者、皆それぞれ非情にも襲われていた。
「……! あの先は! 母さん……!」
「なんて事だ! ……俺が行ってくる。2人は安全なところに」
「何言ってるの?! そんなのダメよ! 母さんなら……母ならきっと大丈夫だから。あなたも逃げましょ!」
「大丈夫だ、お義母さん連れてすぐに逃げるから」
「逃げるって言ったって……。み、見て。あの化け物 湖の方へ行きそうよ、だから母は……」
「フィーユ、聞いてくれ。君のお義母さんは俺にとっても母のような存在で大事なんだ。きっと今、1人でとても恐ろしいはずだ。あんな化け物が彷徨いてる以上お義母さんを1人にしておけない」
「あなた……ラテク……。ありがとう……ううっ。」
「それにな、戦いに行くんじゃないぞ? こっそりお義母さんを助けるだけだ。大丈夫、見付からないようにするから」
「おどうさん、おばあ……ちゃんと……ヒック……かえって……くる゛?」
「当たり前だろ? こーんなにキレイな妻と可愛い娘を待たせるんだ。必ず戻るよ! だから、ほら。泣く必要ないんだぞ? 父さんが戻るまでの間、泣き虫なお母さんを助けてやってくれ、ホステル」
愛する者を抱きしめながら、妻へは唇に娘へは額にそっと口付けを。
抱きしめられた温もりと優しいキス。この僅か数秒の出来事と感覚をホステルはいつまでも忘れる事はないだろう。
「ラテク気を付けて……。」
夫の行った先を見つめながら小さな声で見送る妻。
ホステルを抱く手は更に強くなり、子を守る母へと変わる。
2人はこれから村から少し離れた所にある洞窟へと向かおうとしていた。
この洞窟は岩陰に隠れるようにあり姿を隠すのに丁度いい。
更に湖と繋がっており水場がある。避難が長引いてもいいように水の確保も考えそこを選んだ。
化け物が湖の方へと向かっていたが、洞窟まではこの村の子供さえ通れない程の隙間なので来れない。
恐らく多くの村人がここを目指すだろう。
おかあさん、つかれてる。こわいからずっとだっこしててほしいけど、ほすてるもがんばらなきゃ。
「おかあさん、おろして。ほすてるもはしるれるよ」
洞窟が見える距離まで来たところでまたしても悲鳴が聞こえる。
その悲鳴とともに洞窟から、次々と恐怖に怯えた顔をした人々が出てくる。
「イヤーーッ」
「助けてっっ、来ないで」
「うちの子、うちの子はどこなの?!」
洞窟内からもたくさんの音が聞こえる。
親を失い叫ぶ子供の声、激痛のせいで漏れる呻き声、そして化け物が暴れる音。
「あぁ、みんな……!! どうしたら……」
いるはずもない化け物が洞窟内で暴れている。
慣れ親しんだ人々が次々と殺られていく事、湖から洞窟まで短時間で移動してきた事、そしてこれからどこに逃げればいいのか、数々の事が頭に回ったのだろう。
その場に立ち尽くしてしまった。
「おかあさん!!!! にげなきゃ! ここはだめよ!」
「……! ホステル。そうね、とりあえず来た道を戻ろう」
中では依然として化け物が暴れていた。
だが、突然動きが止まる。
「ギギギ……マブシイ。……ナンダ……ギギ」
光る目がギロッと洞窟の外を捉える。
気のせいか微笑んだように見えた。