6話 吸血鬼-3
「アヤメって名前の人は知ってるけど、アヤメ=クイオヴァンジって人は知らないな~。ね、ツユちゃん」
ケイジュは出来るだけ自然に見えるようにツユの反応を確かめるために話を振った。
「私は……貴女の素性がわからない以上は何も言わない。何でその人の事を聞くのか教えてもらえる? 」
ツユはアマリリスの目をじっと見て尋ね返した。呆れの笑顔を消したアマリリスがケイジュの様子も伺いながらため息をついた。
「はぁ。そうね、何も知らない貴方達に色々聞くのもアレよね。それなら、日も昇りそうだし明日の夜またここに来てちょうだいっ! 」
ブツブツ言いながらアマリリスは色々考え、明るく二人に言った。その時だけは見た目通りの子供のような笑顔で微笑んでいた。
アマリリスはツユとケイジュに明日また来いと言った。この暗い森の奥にある初めは気づかなかった井戸の奥底にあるこの部屋にだ。ここから無事に帰ることができるかわからないのにまた来れるかどうかもわからない。そんな場所にだ。
「あら? 安心してちょうだい。二人ともちょっと手、出して」
悩んでいる顔をしているツユとケイジュを見て笑顔でアマリリスは二人に近寄った。近寄るとさらにアマリリスが本当に小さいことがわかる。ツユの母親もかなり小さいが、恐らくそれよりも小さいだろう。
「心配しないで~痛いことはしないから♪ 」
恐る恐る出されたケイジュとツユの手を握って引っ張り、上機嫌でアマリリスは片手ずつ手を重ねた。なんだかんだ言っても怖い。二人は目を閉じた。
「……はいっ! 良いよ~」
ニコニコと言いながらアマリリスは手を離して二人はゆっくり目を開けた。全く同じ動きをしている。仲良しか。
仲良しなんだけど。
「……何? これ」
「あたしの一部。貴方達を夜だけ導いて光るものよよ。それはあげるわ。それをあたしを殺すために活用しても構わないわ。ただ明日あたしのところに来てくれればね」
ツユがアマリリスに尋ねると、また呆れたような笑顔で答えた。ツユとケイジュの手の中にはひし形の発光石のように光を放つガラス細工のようなものがあった。発光石と言われれば発光石だし、宝石と言われれば宝石に見える。
ケイジュは目の前でアマリリスが説明している内容を理解していないし理解する気もない。いくら魔法でも遠く離れた場所にそこまで干渉できるわけがない。監視や声を届けたり加護くらいの干渉はできても導いたり光らせることなんてできない。少なくともケイジュはそう学んできた。
きっと騙そうとしているに違いない。きっとツユは単純だから騙されているに違いない。そう思ってケイジュはアマリリスに気づかれない程度の警戒の目を向けた。
「え? じゃあこれがあればまたここに来れるの? これってずっと光ってるの? 発光石みたいに」
「ふふ。来れるし、光ってるわ。えーと……ツユの目程ではないかもしれないけどね」
ツユが子供のようにはしゃいで二つの質問をアマリリスにすると、姉のように笑って答えた。ケイジュのことは見えていないのではないかと思うほど忘れられている。
「ツユと……ケイジュ。約束よ、明日も来てね」
アマリリスはツユよりも少しだけ高いケイジュの目も見上げて言った。幼子が母親に留守番を頼まれ、「早く帰ってきてね」と言うような少し寂しそうな目をしていた。
「ツユちゃんと僕は明日学校と医者の所に行かなきゃならないんだ。だから来れないかもよ」
笑みを微かに浮かべてケイジュはアマリリスに言った。来たくもない。こんな怪しいところにツユを近づけたくなかった。
「あら? 日が沈んでから行くわけではないでしょ? 来てね! 」
「そうだよケイジュ。最悪学校なんて行かなくても良いし、来ましょうよ! 」
ツユはアマリリス側だった。ツユが来ると言い出したらどうせ来ることになる。ため息をついてケイジュは諦めるしかなくなる。それでも今回は嫌な予感がしていた。
ニッコリと悪意がない笑顔でアマリリスは頼み、キラキラと目を輝かせてツユはケイジュの手を引っ張った。
「はぁ。しょうがないな、ツユちゃんが言うなら僕も来るよ」
いつもの笑顔を浮かべてケイジュが折れた。そして、目を輝かせた少女が二人いた。アマリリスの初めの物憂げな印象はもうなかった。それが演技なのかどうかはまだわからないが、ケイジュはとりあえず警戒をしておくことにした。
「じゃあ、アマリリス。また今夜! 」
「ええ。ツユ、ケイジュ待ってるわ」
ツユは階段を登り、見えなくなる直前くらいで手を振ってその部屋から出ていった。ケイジュもそのあとに続いて静かに扉を閉めた。
「……リャウナムレミングって確か夢人族の貴族だったかしら。でも、サイレゴシェル……聞いたことないわ、平民かしらね」
アマリリスは発光石の僅かな光しかない暗い暗い部屋で呟いた。その目は明るく暖かく見える真っ赤な色をしているのに何故か冷たかった。睨むように階段を見て、そして後ろを振り向いて小さく一つため息をついた。
「どうやって説明してあげようかしら」




