5話 吸血鬼-2
「……誰? 」
扉の奥にはさらに下に続く階段があった。また奥が見えないくらい深い。だが、底の方にはまた発光石と思われる光がぼんやりとある。
そして、そこから何かの声が聞こえた。
「誰かいるの? こんなところに? 」
「いや、ありえるよ。こんな場所は誰かが隠してるとしか思えないからね」
顔の見えない声が聞こえてきて二人は顔を合わせて驚いた。ケイジュはまだ冷静だ。現にこの声の主がここにいる理由のひとつは隠れるためだ。
「えっと……降りて良い? 」
「……お父様じゃないわね。別に構わないわ」
ツユがこの階段を降りることを一応声に聞いたが、許可なんてなくても勝手に降りていただろう。ケイジュは呆れたように笑いながらも濡れて滑りやすそうな階段を降りるツユの手を取った。
声の主にとっては何もわからない。
「ツユちゃん、気をつけて」
「バカにしないで。こんなの滑るわけ……うわっ! 」
心配性なケイジュの言葉を鬱陶しく思ってよく確認もしないでツユは段差に足を下ろした。結果、踏み外してケイジュの手を頼ることになった。
顔は赤い。言ったそばから落ちたことが恥ずかしかったようだ。当然声の主は何を見せられているのかわからない状況だが。
「ね? 気をつけて」
「……うん」
顔をケイジュに見せないように下を見ながらツユは返事をした。
何段あるだろうか。戻るときに登ることを考えると絶望するほどの長さを降りきると、二人よりも見た目が幼い白髪とも銀髪ともとれる長い髪の少女がいた。赤いヘアバンドを付けた赤い目の痩せこけた少女。
その美しい少女の手にはいくつもの発光石が握られていた。
「で、誰? 」
見上げるようにツユとケイジュを見た少女は警戒を怠らないようにずっと睨みながら尋ねた。
「私はツユ。ツユ=サイレゴシェル」
「僕はケイジュ。ケイジュ=リャウナムレミング。……君は? 」
ツユとケイジュは名乗り、少女の目の前に並んで立った。そして、不思議な雰囲気をまとった少女もゆっくりと口を開き、名乗った。
「あたしはアマリリス。アマリリス=クイオヴァンジよ。あたしのことを……知らないの? 」
「……? 」
知らないかと聞かれても見たことのない少女で聞いたことのない名前だった。自分達が知らないだけ? いや、それはあり得ない。ツユは兎も角ケイジュはかなりの博識だ。知らないなんてあり得ない。
「……じゃあ、吸血鬼は知っているでしょう? 」
「……え? 」
何故今吸血鬼という言葉が出てくるのかはわからないが、もしかしたらこうなのかもしれないという可能性なら二人の頭に浮かんだ。
「君は、吸血鬼なの? 」
「そうよ。……どうする? あたしのお母様はクイーンだけど、殺す? 」
アマリリスは不機嫌そうな目で微笑んだ。見た目に反してやけに大人染みた笑みだ。諦めのようにも見える。
「せっかくお母様に言われてお姉様達から隠れてたのに見つかっちゃったわね。殺して良いわよ」
「なんでアマリリスを殺さなきゃなの? 」
「……あたしが吸血鬼だから? 」
ツユは当然の疑問をアマリリスに投げた。当然なはずなのにアマリリスは目を見開いて不思議そうに言った。アマリリスの言い方では吸血鬼は殺されなければならないと言っているようなものだ。
「吸血鬼なら私もそう言える。吸血鬼が死ななければいけないなんてあり得ないよ! 」
「……僕も聞いたことないね。百年くらい前に吸血鬼の大量虐殺があったことは知ってるけど。そのとき生き残ったのがいるとも聞いたことないし……」
ツユは吸血鬼と魔法使いのマジリだ。吸血鬼が死ななければならないならば、ツユは生きていられるわけがない。
ケイジュは吸血鬼がこの国から絶滅したと学んだ記憶がある。他国にはまだいるとは聞いたことがあるが、この国には近寄らないはずだ。
ツユもケイジュも不思議そうに眉を寄せた。
「じゃあ、アヤメ=クイオヴァンジって名前を知ってる? 」
ツユの母親の名前だ。ケイジュの視界の端でツユの白い瞳が燃えるように揺らいだ気がした。アマリリスは気づいていない。