43話 アヤメ-1
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アマリリスは、アテンマに手を引かれて邸に入った。アマリリスの知っているあの広い邸ではない。いや、広いことに代わりはないのだが、二つの邸に分けられ、だいぶ小さくなっている。そして、そのまま地下に連れていかれた。
異様に日光に弱いせいで、アマリリスは邸に住んでいた時は地下に自分の部屋を持っていた。だから地下は見慣れた景色のはずなのだが、ここも全く知らない場所になっていた。
アマリリスがこの邸、いや、城に住んでいた頃は、地下も地上と同じくただの綺麗な廊下だったはずだ。こんなジメジメした監獄のような場所ではなかったはずだ。明らかにアヤメの趣味であることがわかる。アマリリスは、我が姉ながら趣味が悪いな、と思ってしまう。
そんな君が悪いところに連れていかれ、アマリリスは用意されていた椅子に座るようにとアテンマに頼まれてそれに従ってやる。従う理由はないが、そんなことより気にするべきことがあった。何故アテンマは食事を持っているのだろう。特別豪華というわけでは無いが、囚人の食事のように雑な出来でもない。貴族の時間がない時の朝食くらいの出来だ。
しかも、それを自分で食べるわけでは無いようだ。アテンマが持っている少し豪華なサンドウィッチは、百年前にこの邸にいたのなら知らない者はいないアマリリスの好物を挟んだものだった。二種類あり、片方は甘酸っぱいフルーツをたっぷりのカスタードクリームと挟んだもの。もう一つは燻製肉とみずみずしい葉物野菜を挟んだものだ。
「さ、姫様のために作ってもらいました。食べてください」
アテンマがサンドウィッチが乗った皿をアマリリスに差し出した。
「アテンマが作ってくれたわけじゃないなら嫌よ。ねえアテンマ、作ってきて」
「私がですか?」
「ええ、アテンマが作って」
「は、はいっ! 待っててください姫様っ!」
まるで犬のようにアテンマは頷くと、駆け足で階段を上っていった。途中重いものが落ちるような、どすっ、という音がしたので転けたのだろう。
「あら、わがままかしら」
「…………」
我が儘と言うより、誰が作ったかわからないものではなく、わかったものの方が良いというだけだ。アマリリスは、アヤメの言葉に顔を背けて何も言うつもりはないと態度で示す。
「あら、私お姉様よ? お姉様の問にくらい返してくれたって良いじゃない」
口を隠しながらアヤメは笑う。それでもアマリリスはアヤメの方に顔を向けることはないし、その表情は呆れたような顔にも見える。
「まったく……。アテンマが帰ってくるまでは可愛い妹の顔を見るだけで勘弁してあげるわ」
そう言うとアヤメも黙り、何かを企んでいるかのように歪めた目でアマリリスの事を見ていた。姉妹とはいえ、生まれ方が生まれ方なので全くと言っていいほど似ていない妹の顔をじっと見ている。
姉の緑の瞳が、妹の白い髪を撫でるように上から下まで、髪の毛を一本一本確かめるように見つめる。妹の背けられた赤い瞳を、その宝石のような輝きを一瞬たりとも逃さないと言うようにじっと見つめる。妹の病的に白い首筋を、青い血管が浮き出るほどに痩せ細ったその首を、栄養はちゃんと取れていないのだろうか、折れてしまわないようにしなければ、と見つめる。
アヤメの記憶では着けていなかったアマリリスのボロボロの赤いヘアバンドを、昔は色違いの同じワンピースを着ていたのに、今はボロボロの布切れを身に纏っているアマリリスを、自分と比べながらアヤメは見ていた。今の自分は昔よりも豪華なドレスを身に纏っているのに、アマリリスはどれだけ苦労してきたのだろう、と。とても美しいドレスをたくさんプレゼントしてやろう、と。そこから、今のアマリリスにはどんなドレスが似合うのだろうか、主でもなく子供らしい顔と体つきなのだから可愛いワンピースでも良いかもしれない、どんな色が似合うだろうか、昔のように青い服かそれとも髪と同じ白色か瞳と同じ赤色か、と。
アヤメのことを見てくれないアマリリスのことを、飽きることもなくじっと。久しぶりに見た妹のことを、じーっと。きっと、時が経つことも忘れて見ていられるだろう。
それはそれは愛しそうにアヤメはアマリリスを見つめ続けていた。




