42話 ツユ-3
「お、この扉直したんだな」
スムーズに音もなく開く扉を見てケイジュは呟いた。つい先日まで開く旅に手の中で抵抗を感じ、小さくはあったが、不快な音がした。
「なんだ、リンドウ帰ってたのか」
そして、ケイジュは食堂の中で椅子に座って休んでいるリンドウを見つけた。リンドウにはケイジュの後ろにいるツユは見えないらしく、心の底から不愉快だと言うような顔を隠さずに示した。
「上司様に向かってその顔はなんだ? あ?」
「痛い痛い痛い痛い」
リンドウの顔を見て調子を取り戻したのか、ケイジュはリンドウの頭を鷲掴みにし、揺らしながら尋ねた。
「まあ、都合がいいから今日は許してやる」
痛がるリンドウの顔を見て満足したケイジュが鼻で笑ながらそう言う。不満そうにケイジュのその顔をリンドウが見ようとするが、その後ろにいるツユにようやく気がつき、思わず笑みが溢れる。
「リンドウ、これから俺とツユ様が食堂使うからお前外で人払いしとけ」
リンドウの座っている椅子を蹴ってケイジュは言った。
「ねえリンドウ。アマリリスだけは通してあげてね、あと……えっと……名前なんだっけ、あの、私付きのメイドの」
「ヒスイな。まあ、今休み中ですけどね」
ツユはどうにかヒスイの名前を思い出そうとしたが、どうしてか思い出せなかった。ケイジュに教えてもらい、納得したように顔を明るく照らした。
「それでも、帰ってきたら知りたいし」
「でもツユ様、今あの人の名前忘れてましたよね?」
「リンドウ黙って」
余計なことを言ったリンドウをツユが思いきり睨みながらそう言った。リンドウは少し落ち込んだが、ツユの顔をよく見れたことが嬉しいのか、そんな素振りも見せずに食堂から出ていこうとした。
「……ケイジュ様」
「何だ?」
ようやく邪魔者がいなくなったと思ったのにリンドウに話しかけられてケイジュは少し声のトーンを落として尋ねる。
「アマリリス様がいらっしゃってます」
ケイジュが食堂の扉を開くと、目の前にアマリリスがいた。
「話をするならあたしがいた方がよくないかしら? ねぇ、ケイジュとツユ」
微笑みながらアマリリスはそう言った。ケイジュは少しだけ嫌そうな顔をしたが、そっちの方が好都合だと割りきった。
「アマリリス~」
「あら、ツユはケイジュじゃなくてあたしにくっつくのね。てっきり逆だと思ったわぁ~」
ツユが食堂に入ってきたアマリリスの腕にしがみつき、アマリリスはケイジュに勝ち誇ったような笑みを向けた。リンドウはその光景を少しだけ見ていたが、ケイジュが負けているようなそれに笑いを堪えられなくなり扉を閉めた。扉の向こうでおそらく腹を抱えながら笑っているのだろう。
「うるせぇ。アマリリスがいるといらんことまで言われそうで俺嫌なんだけど。席はずしていいか?」
顔を引き攣らせながらケイジュはできるだけ自分を落ち着かせてアマリリスに尋ねた。感情を隠すのは得意なことだが、この短時間で色々なことがありすぎてそれにも限界が来ているらしい。頬の歪みが直らない。
「か弱い乙女を二人残して護衛もなし? ここは外から直接は入れるんだから護衛の一人や二人はいてくれないと」
「アマリリスがか弱ければ俺もか弱いだろうが」
ついケイジュは本音が漏れてしまった。アマリリスの煽るような笑みが気にくわないのか、そのアマリリスが自分よりも高くにあるツユの頭を撫でているのが嫌なのか、兎に角思っていることをそのまま言ってしまった。
「あたし聞いてなかったわ。ケイジュそこに座って、ツユはあたしの隣ね」
聞いていなかったとは言うが、声に抑揚がなく、早口なので今回だけは許してやるということだろう。アマリリスの赤い目から光が消えたように見えてケイジュは言われた通りに従う。
「うん」
ツユが言われた通りアマリリスのとなりに座った。そんなに姪っ子の姿が愛しいのか、アマリリスはそれを見て微笑んだ。しかし、ツユが座ってケイジュの方を見ると、アマリリスはまた光のない目でケイジュを見て目を細めた。
「ふふ。あたし、気分がいいからあのあとのこと全部話しちゃおうかしらねぇ。どうしようかしら」
ケイジュはアマリリスの話が終わったあとに自分が机に突っ伏しているだろうということを悟った。そして、アマリリスを二度と怒らせてなるものかと誓うが、どうせすぐに忘れるのだろう。




