41話 ツユ-2
案の定ツユのベッドは血で染まっていた。魔法を使えば簡単に掃除できるのだが、今のケイジュは魔法を使うほど気力がない。疲れているとか、そういうわけではなく、ただ単に使いたくないのだ。
仕方がない。ベッドは処分することにして、新しいものを職人に注文しよう。次は床だ。カーペットを敷き直せば良いのでケイジュの仕事はない。メイドや執事に丸投げすればいいのだ。
流石に何もしないのは気が引けるので、ケイジュはツユが投げ捨てたぬいぐるみを手に持った。綿は出ていたが、思ったよりも無事だったのでこれだけは洗浄して繕えばまだ使えそうだ。
使いたくはないが、ケイジュは吸収魔法を使う。ぬいぐるみの中に染み込んだ赤色が段々と薄くなっていく。キラキラとした粉のようなものがぬいぐるみから離れ、ケイジュの右手の上に集まり、正八面体の結晶に変わっていく。赤い、ツユの血液の結晶だ。ぬいぐるみの赤さは消え、結晶もまるで宝石のような光沢を放った。
「……これくらいは許されるか」
少し結晶を眺めてからケイジュは、それを握ってポケットに入れた。
ぬいぐるみは、ツユに渡した時のように綺麗な色になった。その色に似合わないほどボロボロに綿が出ているので、今度はそれを繕うためにケイジュは針と糸を取り出す。そして、破れたぬいぐるみの皮を繕っていく。
だいぶ縫い終えた時だろうか、バタンッ、と勢いよく扉を閉める音が聞こえた。恐らくツユが着替えを終えて戻ってくるのだろう。ケイジュは、使っていたものを机の上に置いて身なりを少し整えた。
「ケイジューっ!」
ある程度何が起きても平気なように身構えていたが、大声で名前を呼ばれながら駆け寄られることは予想外でケイジュは顔をひきつらせた。
「え、何、うるさ」
「散歩行こう!」
ケイジュに顔を近づけたツユが大声でそう言った。
「……わかりましたから、服はちゃんと着てください。ほら、ボタン閉めて」
ツユは、まともに服も着ずに部屋から飛び出してきたらしい。メイドに着付けを頼めばよかったと思いながら、ケイジュはツユのボタンを止めるのを手伝ってやる。
「じゃあ、ツユ様。俺から離れないでください」
丁寧な言葉で話しかけるケイジュをツユが睨んでいる。言っても無駄だから言わないが、やはりこの言葉遣いは嫌なようだ。
「……」
「……」
さっきは勢いで話していたが、ツユはこんなケイジュが嫌で話しかけない。ケイジュは、ツユが話さないので何も言わない。互いに無言のまま二人は階段を降りて一階に来た。
「あら、ツユじゃない。起きたのね」
階段を降りて曲がると、後ろから声をかけられた。
「アマリリス!」
ツユは、白い髪に赤い目を持つその声の主の名前を叫んだ。
「何よ、そんなに大声だして」
身体を洗い、綺麗な服に着替えたアマリリスが手を口元に添えて言った。
「アマリリス生きてたの!?」
「勝手に殺さないでちょうだい」
思ったことをツユが尋ねた。それは流石に笑顔で流せなかったようで、アマリリスは無表情でツユに返す。
「ケイジュ、どういうこと!」
ツユが後ろにいたケイジュに尋ねた。
「いや、どういうことと言われましても。散歩を諦めるなら話してやりますよ」
「諦める!」
ダルそうに答えるケイジュにツユが即答した。外に出るのも面倒だが、話すのも面倒なのだろう。
「はいはい。あ、そうだアマリリス、ツユ様のベッド捨てとくように誰かに頼んでおいてくれ。ツユ様は食堂にいきますよ」
どうしようか考えながら、ケイジュはツユの手を引きながら食堂に向かった。始めに向かおうとしていた方向とは逆だが、その方向から話しかけられたので対して面倒ではない。アマリリスは返事をしなかったが、二階に向かったのできっとやってくれるだろう。安心してケイジュは食堂の方に足を進めた。
廊下で会う執事やメイドは少ないが、その全てがツユとケイジュに頭を下げる。作業する手が止まるのでケイジュはあまりこの風習が好きではない。だが、ここで働くために最初に教えられることがこれだ。
舌打ちをすることを我慢してケイジュは食堂の扉を静かに開いた。




