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40話 ツユ-1

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 ツユが目を覚ました。部屋の感じからして、外はまた暗くなっているだろう。腕の中にはボロボロになったぬいぐるみを抱いており、かなり赤く染まっている。腕の傷は全くないが、きっと噛みついていたのだろう。服も赤く染まっている。


「あ、ツユ様起きてましたか。ホットミルク持ってきますね」


 ちょうどこのタイミングで部屋に入ってきたケイジュがそれだけ言ってまた部屋から出ていった。


 ホットミルクを持ってきてくれるのならばとツユはベッドから出て立ち上がった。目眩がしてよろついたのは、この出血量を見れば納得できる。身に付けている服が血でしっとりと湿っている。これで生きているのが不思議だと思うほどだ。


「……何か変だな」


 一眠りして目の前に広がる光景にツユは何か違和感を覚えた。何なおかしいのかはわからないが、いつも見ている自分の部屋とは何かが違う。そんな違和感だ。寝起きだからか、それが何かは判断などできないが。


「ツユ様、温くて甘いホットミルクです。……着替えを用意しましょう、隣の部屋に移ってここは掃除だ」


 よく見えたツユの姿にケイジュは一瞬目を見開いたが、目付きを鋭くして低い声で言った。そして、ホットミルクを置いて外にいるメイドに何かを命じた。眉顰めてケイジュはツユを見、ツユはそれに少し怯えたように両手を胸の前で握った。


「……あ」


 そして、ツユは違和感の正体に気がついた。


「どうしたんすか?」


「ケイジュが見える」


 目に力を入れずにパッチリと開いたツユがケイジュに小声で言った。


「はあ?」


 何を言っているのだと、ケイジュが不機嫌そうにツユを思わず睨み付ける。


「だから、ケイジュが見えるの! ここから、その怖い顔も!」


 そこまで言われたらケイジュも気が付く。素早くツユの目の前に移動し、その顔の前に指をかざして左右に揺らしてみた。いつものツユならば瞳が揺れることはないか、眼光が鋭くなるが、今はパッチリとした目で指をおっている。


「体調は問題ないですか?」


 焦った声でケイジュが尋ねた。


「ちょっとクラクラする」


「それは貧血です。とりあえず隣の部屋で着替えてください、呼ばれたらそっち行きますから」


 とりあえず色々と考えなければならないことが増えたケイジュはツユを隣の部屋に押し込み、掃除を言い訳にさっきまでツユが寝ていた部屋に閉じ籠った。ただツユが呼んでいたら教えてほしいとだけそこら辺にいた執事に頼んでおいた。


「チッ……アリス!」


 本棚の上から三段目、左から六冊目の本を手に取り、ケイジュは自分のペットの名前を叫んだ。おててオバケの可愛い我が子のようなペット。最近は<MeL>に乗っ取られがちだが、本来は可愛いペットとしても、使い魔のように呼び出すことも可能なのだ。見た目であまり飼われることはないが、魔法使いの国『スズラン』ではペットを飼っている人のうち五%ほどは飼っているのではないだろうか。


「こんなこともあろうかとここに置いといて良かったな」


 黒く、実態がないような本を閉じてケイジュは呟いた。ウギャウギャと鳴くアリスを撫で、少し手を噛みつかせてその痛みに愛しさを感じながらケイジュは考え事に思いを馳せていた。


 まずい。ツユの目が見えていることはかなりまずいのだ。あってはいけないことだ。


「アリス……<MeL>に繋げてくれ」


 ケイジュはアリスに頼み、アリスはウギャ、と鳴いてそれを了承した。本来は言葉がわかれば優秀なおててオバケだが、アリスにはケイジュがちょーっとだけ魔法で手を加えているので、元は優秀ではなかったが言葉もわかり、意思表示もし、感情も表してくれるほどだ。


 アリスが目を瞑り、<MeL>に自分を乗っ取らせた。


「ケイか。悪いけどボクは今忙しいんダ、後にしてクレ」


 余裕そうな声ではあったが、確かにいつもよりは忙しそうだ。どこか声が怒っているような気もするが、ケイジュもそんなことを気にしているほど暇ではない。


「頼んでおいた件はどうなったんだ?」


「期限はまだ先のはずだヨ。一回試したけどそこのメイドに邪魔されてネ、侮りすぎたヨ」


 <MeL>は苛ついたように早口になってそう言った。だが、それを言われたケイジュも苛つかずにはいられない。そんな気はしていたが、まだ急ぐ必要がないと思っていたのが間違いだった。


「……アリス、切ってくれ」


「ウギャ」


 困ったことになった。その事を一人で考えるわけにはいかない。リンドウが帰ってきたら主様に伝えさせよう、そうすることにしてアリスを戻し、ケイジュはこの部屋の掃除を始めた。

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