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38話 ケイジュ-2

「で、どうします? ツユ様。外には出してあげられませんけど、遊んでやりますよ」


「いらない! ねえケイジュ、アマリリスは?」


 できるだけ落ち着くように声のトーンを下げてからツユが尋ねた。


「それは言えねぇですね」


 ケイジュが冷たく答える。昨日までは隣にいて、わがままに付き合ってくれていたケイジュがツユには知らない人に見える。


「……お疲れみたいですね、寝ますか」


「なんでリンドウもケイジュも私を寝かせようとするの? 私眠くないよ!」


 ため息をついたケイジュが機嫌悪そうに目を細めて提案すると、ツユは大声で反論する。この声は邸中に響いているだろうが、誰もツユの部屋に入ろうとしない。


「またツユ様が疲れて左手を齧って主様に怒られんの俺らなんで。さ、寝てる間に主様に話をしてきてやりますし、寝起きの飲み物と着替えもこっちで用意してやります。それで良いだろ」


「嫌だっ! 離して!」


 段々とイラついてきたのであろうケイジュがツユの腕を掴んで言う。普段ならばツユの方が腕力があり抵抗できるのだが、今は掴まれている手が痛いわけでもないのに振りほどけない。


「ツユ様、俺は魔法使いですよ。素の力すらもうまく扱えないツユ様に俺の拘束が解けるわけがねぇですよ。魔法で強制的に眠らされたくなければおとなしく休んでください」


 そんな拘束魔法があった気がする。ツユはそんなことを思いながら、それでもケイジュの腕を振りほどこうともがいた。


「……わかったっ! 寝ればいいんでしょ、おやすみ!」


 腕を振りほどけないどころか、段々と冷たくなるケイジュの目を見ることが辛くなり、ツユはふてくされるように布団を被った。一度着替えているのでパジャマではないけれどそのまま眠っても何の負担もかからない。


「いい子ですね。ぬいぐるみでもカミカミしててください」


 ツユに背を向けられてケイジュは軽くため息をついてからツユの頭を撫で、優しく言った。ポンポンとツユの頭を軽く叩き、掴んでいた手を離す。


 そして、そっと扉を開くと誰もいない廊下に出ていった。


「あぁ、メンド」


 そう独り言を呟きながらケイジュはドアノブに少し細工をする。外からは簡単に開くことができるが、中からは決して開かないよう、壊されないように魔法をかけた。


「……なあ、主様どこ」


 この廊下には誰もいないはずなのにケイジュは尋ねた。


「地下です、ケイジュ様」


「そうか。自分の仕事にもどれ」


 メイドの声だけがケイジュの質問に答えた。その声に軽く返事をしてケイジュは地下に向かう階段を降りた。この邸の構造の複雑さにかなりイラつきは感じているが、それを態度に出しすぎないようにしながら。


「あら、いらっしゃい」


 薄暗く、湿度が高い。幸いなのか涼しいが、過ごしやすくはない。アヤメが言うには「地下ってこんなイメージだから」邸を建て直すときにこんな風にしたそうだが、ケイジュは出来れば立ち入りたくない。ツユはこの地下の存在すら知らないだろう。ここで長くメイドをしている魔法使いは最愛の人を亡くしたばかりのアヤメに誰も何も言うことが出来ず、この地下が完成したそうだ。それを知らない新人からすればいい迷惑だろうが。


 ケイジュからしてもいい迷惑だ。だからアマリリスがいたあの井戸を見たときに舌打ちをしたくなった。あの暗くてじめじめとした場所の居心地は最悪だと知っていたから。


 サイレゴシェルの使用人は通いか住み込みだが、住み込みの者も邸内に部屋を用意される。流石に地上だ。しかし、新米はまずこの地下で礼儀と作法を教え込まれ、厳しい厳しい審査に合格しないと地上に出ることができない。もちろん、ケイジュも例外ではなかった。アヤメの一言で入れられ、出されたので審査はなかったが、ここで数ヵ月を過ごしていた。良い思い出はない。


「……わざわざ地下でやる必要性ですよ」


 ケイジュの目の前でアヤメがケイジュを笑顔で迎えていた。その先にある椅子にアマリリスが座らされている。拘束をされている様子もなく、すぐ隣にはアテンマが食事を持って立っている。


「雰囲気よ。大事でしょう?」


「子供には毒ですぜ、こんな光景」


 暗さとこの部屋の臭いにまだ慣れていない子供が軽く呻き声をあげながらアマリリスを見ていた。それをケイジュが目を瞑りたくなる気分で見回しながらアヤメに上に行こうと伝える。


「あら? ケイジュが一番顔色悪いわよ」


「ツユ様の世話で疲れたからです。目に毒なので主様の部屋でやりましょうぜ」


 こんな嫌な場所にいて顔色が優れるわけもない。しかし、それを誤魔化してケイジュは頼むように提案する。


「私もそうしたいですね。ここだと姫様のお顔もよく見えませんし」


 カチャ、と持っていた食器を鳴らしてアテンマもアヤメに言う。理由は全く違うものだが、珍しく意見があったなとケイジュは思ったが、どうせアマリリスのためだと同調はしたくなかった。


「普段弱気なくせにアマリリスのことになると強気よね、アテンマ」


 ただでさえ子供っぽい顔を駄々こねるように歪めてアヤメはアテンマを軽く睨む。


「……わかったわよ。あれでしょ、ツユの魔法がかかってるから多少は日が当たっても平気でしょ」


 根負けしたアヤメが仕方無さそうに拗ねたような声で言う。


「あ、でも今ツユ様寝てますね」


 アヤメの言葉にケイジュが思い出したように言った。寝てても魔法が継続するのかどうかは試したことがない。


「あ、俺は日焼け防止魔法使えませんからね」

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