36話 お姉様-5
「ひ、姫様……。変わらずとても美しいです」
アテンマが情けない笑みをひきつらせてアマリリスに言う。
「……せた」
「……はい?」
アテンマの顔を見据えるように睨みながらアマリリスがボソリと聞こえないくらいの声量で呟く。それを聞こうとアテンマがアマリリスに耳を近づける。
「痩せた! 髪もボサボサだし服だってこんな布切れよ! これで美しいとか言わないでよ!」
近づいてきたアテンマの伸びた髪をつかんでアマリリスは叫ぶ。親の仇に向けるような目で、目にうっすらと涙を浮かべて。
「美しいですよ。姫様は、アマリリス様は、私を婚約者に選んでくださった貴女様はとても美しいのです」
自信がなさげな笑顔でアテンマは優しくアマリリスに返す。アマリリスの手を髪から優しくほどいてアテンマは軽く握る。元々は長身なのに背中を丸めてアマリリスの身長に合わせるよう、顔を近づける。
「糖分の過剰摂取で死にそうよ、私も恋したいわ」
アヤメが死んだ目を向けてわざとアマリリス達に聞こえるように言った。
「主様も恋してた気がしますけどね、国中を巻き込んだやつ。ま、相手もすぐ死にやがりましたが(笑)」
「まあ、私がやったことは恐怖での支配。あの人は自分から死んじゃうし、私たちに対する悪意の言葉は消えないどころか増えたわ。ツユには悪いことしてるわね、あーあ、恋したい」
ケラケラとバカにするように笑うケイジュにアヤメが落ち込んだように声を沈めて答える。一人反省会でもしているかのようだ。
「どう? ケイジュ」
「お断りします」
目を潤ませてアヤメがケイジュに甘えるように言うと、にっこりと優しい笑みを浮かべながらはっきりと断られた。
「姫様、私たちについてきてください。大丈夫です、死んだりなんかしませんよ」
アテンマにはアマリリスしか見えていないらしい。情けなく眉を下げているのに自信を取り戻したように微笑んでアマリリスを説得する。
「アテンマが嘘つけないのは知ってるわ。顔に出るからね。でもね、今回ばかりは無理よ、あたしはついていかない」
アマリリスはアテンマを突き放して拒否した。俯き、辛そうにはしているが、意思だけは曲げないという決心をしたように目を閉じている。
「はぁ……主様」
悲しげに小さくため息をつき、アテンマがアヤメの方を見た。
「仕方無いわねぇ、……」
アヤメは森の奥の方を見て深く息を吸う。
「ヒスイ!」
そして、叫んで呼ぶ。
「お呼びですかね、お嬢様の母上様。私ちょっとお休みをもらって実家に帰りたいんですが」
薄黄緑の髪を揺らしていつの間にかヒスイはアヤメの後ろに立っていた。そして、つまらなそうに抑揚のない声でめんどくさそうに自分の言いたいことだけを言う。
「ツユが喜ぶからあの白い子を家まで連れてって。そしたら好きなだけ休みなさい、好きなときに帰ってきて仕事しなさい」
仕事が早い有能な従者なのか、ツユが好きすぎるバカなのか、ヒスイはアマリリスの片腕を担いで屋敷の方に歩き始めた。
「話は最後まで聞きましょう」
話している途中からヒスイが動き始めたのでアヤメが付け足す。どうせ聞いていないので見えないくらいまでヒスイが離れてからアヤメはケイジュとアテンマ、他数人の従者の方を見て言った。
「私たちも帰りましょうか、思ったよりも時間かかったわね」
にっこりと借りてきたような笑みでアヤメも歩き始めた。




