32話 お姉様-1
アマリリスはギュッと目を瞑り、ツユが扉を開ける。魔法は掛けてもらった。それでも怖くなり、アマリリスは目を開けることができない。
「アマリリス、目開けて平気だよ」
アマリリスがツユの声を聞いて恐る恐る外の様子を窺うと、そこはほんのり明るかった。月の明かりではなくアマリリスが出した発光石が疎らに壁に刺さっているからだ。ツユはアマリリスの方を叩いて上を指差した。
「……月?」
青く丸い物が空に浮かんでいた。それを指差してツユは笑っている。アマリリスはそれを絵で、資料で、アヤメからの話で知ってた。その名を口にしてツユとケイジュの表情を確認した。
二人ともにっこりと笑っている。合っていたようだ。ケイジュは少し怪しいと思うが、ツユも笑っているのだ。アマリリスも笑顔になる。
そして、ケイジュがアマリリスの背中を軽く押して言う。
「ほら、ここじゃ何も見えないだろ? 上がってみなよ」
ケイジュだけが言うのであればアマリリスは絶対にこの外には出ないだろう。しかし、ツユがキラキラした目で勢いよく頷いている。首が取れるのではないかとも思える。しかし、アマリリスは外に出ないわけにはならなくなった。
「……あたし最近百年くらい飛んでないのよね……。飛べるかしら」
「登れば良いじゃん、ほら、梯子あるし」
背中の様子を気にしてアマリリスが心配そうに言うが、ツユはそれがどういう意味かわからずに首を傾げながら梯子に手を駆けた。
「そうね……。そうするわ」
その梯子を見てさらに心配そうに眉を寄せたが、それ以外に方法も無いと微笑んで言った。
「ツユちゃん、アマリリスに先に登ってもらおうよ。今日の主役だからさ」
ツユの目がよく見えていないことを良い事にケイジュはニタァとした笑みを浮かべた。それにアマリリスは気づいたが、それを言う前にツユが言った。
「そうだね! 落ちないように私が下から支えるし、その下にはケイジュもいるから安心だよ!」
「あ、順番はもう決まってるんだね……」
名案だと言うようにアマリリスを安心させるための笑顔でツユは言う。それは予想外だったようでケイジュは苦笑いを含みながら言うが、別に構わないと言うようにアマリリスをちらりと見た。
ここを登ったらきっと何かがあるのだろう。それでもアマリリスはツユの笑顔を見てしまえば拒否することなんか出来ずに梯子を登り始める。
アマリリスは階段を上ったときにも感じた疲労感をまた味わう。足をしっかり上げる動作なんてあの革命よりも前からしていなかったかもしれない。
そして、登り始めたアマリリスの服の裾から出る足にツユとケイジュは言葉がない。元々痩せているなとは思っていた。引き篭もっていたのだ、筋力も落ちていて当然だ。しかし、それで説明できないほどにアマリリスの足は細かった。かろうじて歩ける、生きることが出来るだろう太さしかなかった。骨に筋肉が付き、その上を皮でコーティングしたような足だ。血管すら力を入れずに浮き出てくる。
「ツユちゃん、カジカジは駄目だよ」
「しないよ」
腕よりも細いその足を見てケイジュはツユの癖が心配になった。もし間違えて齧ってしまえば大惨事では済まなそうだ。失礼なと言う様子でツユは返した。
ある程度までアマリリスが登ったことを確認すると、ツユが梯子に手足を掛けて登り始めた。同じタイミングでケイジュはふわりと足を地面から離す。
「飛べるって羨ましい」
「飛ぶの怖いくせして羨ましいなんてよく言えるね」
その手があったかと驚き、嫌味のつもりで言ったツユにケイジュはさらに嫌味を上塗りして返した。アマリリスはそんな二人の会話など聞こえていないかのように登り続ける。
実際、それどころではないのだ。死ぬことはないと思っていた母親の死を目の前で見てから 死なんて怖くないと思っていた。しかし、いざここから出ればその場で殺されるかもしれない。大人ぶってはいたが、まだ自分は子供なのだとアマリリスは理解する。処刑台までの道を歩いている気分だ。久しぶりの運動で冷や汗は普通の汗に混じってわからない。
アマリリスがそう考えているうちにもう外の景色が見えるくらいには上がってきた。
「……」
何もない。月明かりで何となく木々の様子がわかる。
「……」
恐る恐るアマリリスが井戸から顔を出し、淵に手をついた。そのまま力を込めて上半身を外に出し、一度淵に腰を掛ける。そして、足を外に出す。
ガサッ。
そう軽い音がアマリリスの足元から聞こえた。両足を地面に付き、数歩進んでみる。
「どう? 外、良いでしょ!」
次に出てきたツユが良い笑顔でそう言う。そんな笑顔を向けられればアマリリスも自然と笑みを浮かべてしまう。
何故かケイジュが井戸から顔を出さない。




