31話 約束-8
「ねえ、ケイジュ」
ツユが出ていったその空間でアマリリスが小さくケイジュに言った。
「んー? アマリリスどうした? 腕痛いの?」
ケイジュはいつも通りの笑顔で再生しかけているアマリリスの腕を指差していった。流石に突然切り落とせば痛いのだろうと。
「いえ、違うわ。こんなの痛くないもの」
冷たくアマリリスは言う。赤く輝く冷たい瞳でケイジュを見、何か文句でも言うような体勢だ。
「じゃあ何?」
ケイジュはそのアマリリスの反応に気づいていない振りをして笑顔で尋ねる。
「貴方、何企んでるのよ」
目を見開いてアマリリスは脅すようにケイジュに言った。
「……何のこと?」
ケイジュは笑顔でそのアマリリスの言葉に返す。いつもの笑顔とはどこか調子が変わっているが、好意の笑顔には代わり無い。
「あたしを馬鹿にしてるの? そんなに顔に出てるのに気付かれないとでも思った?」
「…………ツユちゃんには秘密だよ」
ケイジュの服を掴んで声を低くしてアマリリスはケイジュを脅す。透視でもするのかと思えるほど目に力を込めてアマリリスはケイジュの顔を睨むように見る。
ケイジュはにっこりと敵意の笑みを浮かべてアマリリスに言った。
「ツユを傷つけるつもりなら、今ここで殺してあげるわ」
アマリリスはケイジュの首に手を当てて言う。ケイジュは触れられたところがひんやりと冷たい。
「何で……ツユちゃん? アマリリスには関係ないはずだろ?」
「ツユはお姉様の娘なのでしょう? ならあたしの姪じゃない。姪を傷つけられて怒らない叔母はいないわ」
冷えた手で触れられることが嫌なのかケイジュはアマリリスを力ずくで剥がして尋ねた。優しいはずの目付きが睨むように鋭く歪められている。
アマリリスはよろっと体勢を崩したが、直ぐにケイジュの言葉に返した。強く、しっかりとした意思を持って重い声をケイジュに押し付ける。
「あっそ。ツユちゃんを傷つけはしないから安心しなよ。アマリリスのことは保証できないけど」
「やっぱり企んでたのね。あたしのことはどうでも良いわ。いつかは殺されるんだもの。それがケイジュのせいかどうかって違いしなかいわ」
ケイジュは笑みを変えずにアマリリスに言う。そして、アマリリスはその笑みに対してか、自分で言っていることに対してか呆れたように言う。
ケイジュとアマリリスは二人して階段の上を見た。ツユが入ってくる。そう確信できた。
「効く! 私の魔法が使えるよ!」
ガラッと扉が壊れそうな勢いで入ってきたツユは、充分すぎるほど大きな声でそう叫んだ。
「そんなに急いで落ちないでね」
駆け降りてくるツユにケイジュが優しい笑顔で言う。声色も表情もアマリリスに向けていたものとはまるで違う。良い子ぶりっ子もいい加減にしろとアマリリスは思う。
「平気、それより見てよ! これ!」
普段から気を付けてほしいと思うほど慎重にツユは階段を降り、全く違う二つの腕の欠片をケイジュとアマリリスに見せた。
「これは……」
「気味が悪いわね。月光でもこんなになるのね」
ツユが持ってきた腕の欠片は、一つは白い皮膚に赤い肉と血液が滲んでいるだけだったが、もう片方は全体が石に包まれたようにカサカサとして内側で何かがグジュグジュと動いている。目を輝かせたツユが持っているのは何か違和感がある。
「まぁ、この程度なら失敗でも構わないわ。ツユ、あたしにその魔法掛けて。外に出てみるわ」
にこりと優しい微笑みでアマリリスは言った。パァッとわかりやすく喜んだツユが何も言わずにアマリリスの手を引いて階段を登り始めた。
アマリリスはそれに恐る恐る足を出してついていく。外に出るとは言ったものの、やはりまだ怖いのだ。あれは自分から切り離したから魔法が効いたのであって、自分自身に魔法は通用しないのではないか。それに、後ろにいるケイジュが企んでいることも気掛かりだ。アマリリスは嫌な予感がしてケイジュに鎌をかけたが、具体的な内容まではわかっていない。ケイジュの反応はかなり気になるものだったのでアマリリスは警戒をやめることなどできない。
ツユに何かがあるかもしれないからだ。




