30話 約束-7
「ねえ、アマリリス」
確信をもってツユは口を開いた。
「何よツユ、改まって」
アマリリスがツユに手を掴まれて不審そうに尋ねる。
「ここから出よう!」
元気に言ったツユの言葉はその空間によく響いた。
「はぁ?」
アマリリスの高い声がツユの響いた声を上塗りし、さらに響いた。
「話聞いていたの? あたしは月の光でも灰になるのよ?」
「そんなのすぐでは無いでしょ! 私に考えがあるの」
ツユはそう言ってケイジュやアマリリスがどんな目で見ているかも気にせず説明を始めた。因みにケイジュはツユの勢いに呆れて何も言えない。
「私の使う日焼け防止魔法、これを使えないかなって」
「あー、でも、出来るのかな?」
ケイジュはツユの使える魔法は数が少ないのですべて把握しているつもりだ。その中でも外に出ると自動的に発動しているようなもののこの魔法はケイジュが使えずツユが使える唯一の魔法だ。
いや、基本は使わないし覚えようともしない。この世界にも日焼け止めはあるし、この国の日光の強さはそう強くもないのでこの国でこれを使うのはツユだけだろう。この魔法を使う者は、どの国でも変わり者としてみられることが多い。よっぽどの真面目か研究家、あとは暇人くらいしか使わないので資料も少ない。
ケイジュは頭は良いが探求意欲はそう高い方ではないので詳しくは知らない。
「……試したこと無いわ」
首を傾げてアマリリスは言う。
「じゃあ今から試そうよ! 月光程度じゃ死なないでしょ」
「確かに死にはしないけど、あたし焦げちゃうじゃない」
どうにかしてアマリリスを外に出したいツユにアマリリスは嫌がる。もうかなり昔の話にはなってしまうが、以前アマリリスがうっかり日光に当たってしまったことがある。もうとっくに再生しているが、あのときはアマリリスの中で一番恐ろしい瞬間だったことに間違いはない。目の前で日が当たった右腕が煙のように消えてしまったのだ。遅れて激しい痛みがアマリリスを襲い、その正体が熱だと知る。ただの傷ならばすぐに再生してくれるのに消えた右腕がその日の内に生えてくることはなかった。次の日、その理由を知った。
腕の切断面は真っ赤な血ではなく、カサカサとした石のようになっていた。それは薄い膜のようになっており、その内側で再生しようとボコボコ何かが動いていた。それもまた熱く痛い。その膜を取らなければ治らないと言われ、それを外せば大量の血液と今までが躊躇っていたのではと思うほど勢いよく骨や筋肉、皮膚が再生を始めた。気を失うほどの痛みと熱に苦しんだことを覚えている。
日光に当たれば終始あの痛みに襲われることになる。その記憶が今までアマリリスをこの空間から外に出さなかった。
アマリリスもわかってはいるのだ。あれが日光に当たった結果であって月光ではあんなにはならないことなど、わかってはいるのだ。しかし、もしかしたら。少しでも可能性があるのなら。あの痛みを忘れられないアマリリスは悩むことも出来ずにツユを拒否することしか出来なかった。
「絶対に嫌」
「悪気があるように見える?」
「そういう問題じゃないの!」
ツユとアマリリスは言い争いをすることしかできない。ツユも嫌がるアマリリスを無理矢理外に出すのは気が引けるし、アマリリスだってツユの気持ちがわからないわけでもないから強く言えない。
ツユはアマリリスに外を見てもらいたい。外に出て、一緒に歩いて、同じ世界を共有したい。その純粋な、ただそれだけの気持ちはツユ以外の二人にも理解はできた。アマリリスだって出来ればそうしたいはずだ。
ケイジュは今まで黙っていたが、これは何日経ってもどちらも折れないと思い、口を開いた。
「じゃあさ、普通の怪我なら直ぐに治るんだろ? 例え腕が無くなっても」
ケイジュはアマリリスを見て言う。
「え、えぇ」
突然話したケイジュに驚きながらもアマリリスは答える。
「物にもその魔法は使えるんでしょ、ツユちゃん」
アマリリスからの答えを聞くと、ケイジュは今度はツユに向かって尋ねる。
「うん」
ツユは頷きながら答えた。二人の答えを聞いてため息を付きながらケイジュが提案した。
「はぁ……。ならさ、アマリリスが腕……指でもいいや、それを切ってツユちゃんに渡して、ツユちゃんがそれに魔法掛けて焦げるかどうか試してくれば?」
ケイジュが言い終えるのと同時にアマリリスが左腕をバッサリと切り落とし、ツユが右手を掲げて二人とも良い笑顔で言った。
「それ名案ね!」
「ケイジュ頭良いねー!」
ケイジュは二人のその言葉に何でこんなことも思い付かないのかと思いながらも笑顔を返しておいた。アマリリスの行動力に若干引いているが。
ワクワクしているのか、張り切っているのか、ツユはアマリリスから腕を受け取り、それを持って暗い階段を駆け上った。アマリリスの発光石があるお陰で足元に迷いもない。
一番上の段まで上りきり、ツユはアマリリスから受け取った腕を二つに分けた。片方に魔法を掛け、もう片方はそのままにして外に繋がる扉をガラリと開ける。
高い井戸の壁の上に浮かぶ青い月がツユの目に入った。




