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27話 約束-4

 黒く、実態があるようにも見えない本に手を埋めるようにケイジュはその本を握る。手元まで持って来てそれを開く。中も字は蚯蚓が走ったようにうねうねぐにゃぐにゃとしていて読めたものではない。


 それをケイジュは幸せそうに眺める。そんな姿をツユに見せるわけにはいかないと物音にはすぐに反応できるように耳だけは澄ませる。布が擦れる音だけが耳に入るのでまだページを捲ることが出来ることにケイジュは喜ぶ。


 読めているのか、ただ眺めているだけなのかとり憑かれたようにケイジュは白い文字を目でなぞって素早くページを捲る。機械の単純作業のように同じ動作を繰り返す。その読めない文字をケイジュは復習としてデータ読み込みのように頭に入れていく。内容は知っている。ケイジュは嬉しそうに優しく微笑んだ。


 ガタッ、とクローゼットから音がした。慌てて隠すようにケイジュは本棚の上から三段目、左から六冊目にその本を入れた。


「じゃーん! どうよ」


「どうも何も僕があげた服だし昨日も見てるし……。まあ、可愛いよ」


 白いシャツとサスペンダー付きの黒いズボンを自慢するように見せながら出てくるツユにケイジュは苦笑いを浮かべながら答える。本棚の五段目に手を置き、そこの本を何か読んでいたかのようだ。


「適当だなぁ。ま、褒めてくれたから許してあげる」


 ツユは不満気だがニマァ、と口角を上げて笑った。そして、来ていた服は脱ぎ捨てて本棚に向かって歩いていく。


「どうしたの?」


「まだどうせ少し時間ありそうだし、何読んでたのかなぁ、って思ってさ」


 いきなりツユが近付いて来るものだからケイジュは少し後ろに下がってしまった。ツユはそれに気付かずに楽しそうに近付いてケイジュに顔を近付ける。


「別に何も見てないよ。いつ見ても変わらないなって思ってただけだ」


 並んでいる本の背表紙を謎って優しく目を細めたケイジュが言う。撫でてみてケイジュは思う。童話だとか神話だとかそんなものばかりで本当にケイジュが読むものなんて無い。歴史書や魔道書を好んで読むケイジュがゲッという顔をした。


「一番下にケイジュ好みのやつならあるよ」


「……埃被ってるじゃん。最後に触ったの何時だ?」


「十年は前かな」


 部屋には埃ひとつ無いのにツユがこの場所に手を突っ込むことが無いと知っているので使用人は誰もそこを掃除しようとせずに埃が溜まっていく。結果、本の背表紙が最早白くなっているのだ。


「せっかくの本が……。ここも掃除してもらってね、ツユちゃん」


「んー、今度言っておくよ」


 あ、これ言わないで忘れるやつだ。ケイジュは心の底で強く強く確信し、もう諦めた。しゃがんでいたケイジュはスッと立ち上がり、呆れたようにツユを見て笑う。ツユにはその顔が見えていないが、何だか馬鹿にされたような気がする。そんなことをいちいち言っていれば日が昇ってしまうので無視しておく。


「……ちょっと早いけど森に出ておく?」


 ポケットから石を出してケイジュはツユに見せながら言う。


「うん、ここにいてもやることなんて無いしね」


 ツユも石を出す。二つとも微かに光っているので時間が近いことがわかる。


 ニカッと笑ってツユがケイジュの腕をつかんで部屋を飛び出す。そんなこと想定もしていなかっただろう数人のメイドがドカンという衝撃に驚いて目を丸くする。ツユが開けた衝撃で扉は壊れただろう。少し離れたところから激しい頭痛に眉間を押さえた執事が見ていた。直すのは初老を迎えたであろう外見の彼だろう。それは頭痛もする。


 そんなこと気にも留めずにツユは廊下をケイジュの手を引きながら走り、そのまま外まで出ていった。まだケイジュの方が申し訳なさそうにしていたが、ツユを止めなかったので同罪だ。


「さぁ~て、散歩でもしようよ」


「いいけど……あんまり無理しないでよ」


「わかってるって」


 手すりや壁、扉を何ヵ所か破壊したのにも関わらずスッキリした顔をしてツユは提案した。倒れたばかりなのにとケイジュは心配になるが、言っても無駄だろうなと言葉を選ぶ。わかっていない顔でツユは先に歩き出してしまい、ケイジュはため息混じりにそれについていった。

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