25話 約束-2
コンコンコン
よく響くノック音がツユの耳に届く。
「お嬢様、着替えをお持ちしました」
「入って」
ヒスイの静かな言葉に釣られるようにツユも静かに言う。扉をカチャリと開き、ヒスイが服を何着か抱えて部屋に入ってきた。ツユが選べということだろう。
「失礼します。本日の気温や天候、お嬢様の体調に合う着替えを三着もって参りました。お好きな服をお選びください」
ヒスイはそう言ってニコッと軽く微笑む。そして、一着ずつ持ってきたワンピースを手に取ってよく見せる。今が青い月と呼ばれる季節だからか深い青色が目に見えて多い。
「真ん中がいい。どうせケイジュが来るまでしか着ないし一番動きやすそうだし」
ツユが選んだ服は装飾がほとんど付いていないシンプルな丈の長いワンピースだった。軽く着ることが出来るが、とても暖かく庭も上着を着ないでこれで歩ける。ゴロゴロするのにも便利で時々このワンピースのままで寝てしまってツユは怒られていた。
「かしこまりました。では、失礼いたします」
ヒスイは、ツユが座っているベッドに持ってきた服を丁寧に置き、ツユを着替えさせる。薄紫色の可愛らしいパジャマを脱がせ、ワンピースを上から被せる。モゴモゴと腕を動かしてツユが袖の場所を探すので、それをヒスイがサポートする。
ぷはぁ、と頭をツユが出す。引っ掛かっている長い髪をヒスイが一本残らず出してやる。そして、立ち上がったツユのワンピースの裾をシワがないようにヒスイが伸ばす。すぐに座ってしまうのでそんなに気を使っても意味などはないが、そこはツユにずっと遣えてきたヒスイのプライドだ。
「それでは、失礼します。何か用がございましたらお呼びください」
持ってきた服とツユが脱いだパジャマを持ってヒスイはそう言った。軽くお辞儀をして部屋から出ていく。
「うん。たぶん忘れてると思うけど私のおやつ持ってきて」
「はい、料理人がお嬢様に出来立て美味しいドーナツを作ると言っているので少々時間が掛かりますが、ホットミルクだけ先にお持ちしますね」
ツユはまたベッドにダイブするように勢いよく座って言う。ヒスイがそれに答えるが、何だか不満があるように暗い笑顔が一瞬混じる。ツユのためにドーナツを作れる料理人が羨ましいのだろう。
「うん、お願い」
ツユはそんなことにも気付かずに笑顔で頼む。それににこりと微笑み「かしこまりました」と答えてからヒスイは部屋から出た。
服の片付けを他の使用人に任せ、ヒスイは真っ直ぐ料理場に向かった。
「ホットミルク。お嬢様好みのあっまいやつ出来てる? あと、ドーナツ出来るだけ急いで」
何かに怒っているのかヒスイは少し強い口調で言う。バン、と軽く机に手を叩き付け、料理人を急かす。
「はい、ヒスイさん。甘ったるくて飲めたものじゃないホットミルク出来てますよ」
「お嬢様好みのあっまいホットミルクって言いなさいよ。そっちの方が聞こえがいいわ」
白いマグカップに入った真っ白なミルクを料理人がヒスイに出す。それを受け取り、急ぐように足を進めるがミルクは全く揺れていない。
「はいはい、ヒスイさんには敵いませんね。ところで、ドーナツは僕が運びましょうか?」
「呼んで、私がお嬢様にお渡しするわ」
愛想笑いを浮かべて料理人がヒスイに尋ねると、振り返らずにヒスイは答える。そのまま姿勢よく早足でヒスイは階段を登り、ツユの部屋まで急ぐ。ミルクが冷めることもツユを待たせることもしたくないのだ。
コンコンとヒスイがドアを叩く。




