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24話 約束-1

「あー、もうこんな時間か」


 閉めたカーテンの隙間から刺す夕日にケイジュが目を向けて言う。本を読んだりちょっとした仕事だったりをしていたらかなり夜が近くなってしまったようだ。そろそろツユの所に向かった方がいいだろう。


「……はは」


 チラッと寝ているアリスの方を見ると自然に笑みが溢れる。起こさないようにソッとその隣を通り、ケイジュは洋服が何着も投げ捨ててある場所に向かった。


 メイドが帰ってきたら洗わせよう。そうきれい好きでもないケイジュが思う程には散らかっている。


 学校に行くために着ていた少し堅苦しい服を脱ぎ捨て、簡単な黒いシャツと動きやすい白いズボンに着替える。寒ければまた困ると白い自分用のセーターと黒いツユ用のセーターを抱える。これで帽子を被ればいつでも出掛けることができる。


 アリスの頭を優しく撫で、さあ行こうと部屋から廊下に繋がる扉に手を掛けたとき、ケイジュは思い出した。


「あ」


 昨日着ていた服のポケットから発光石のように微かに光っている石を取り出す。アマリリス曰くこの石があれば迷わずあの場所に行けるらしい。半信半疑ではあるが、時間が近づいているからか光が強く感じるその石を見れば頼っておくのも悪くないと思える。


「……よしっ」


 今度こそ何も忘れていない。もう一度アリスの頭を撫でて部屋を出た。


 そしてそのまま家から道に出る。ため息。当然だ、薄暗くなり始めているその道で明らかに歩くには遠いお隣さんの家。この後何があるかわからないものだから無駄に魔力を使ってしまいたくもないので歩くしかない。


 ため息。


 流石に諦めてケイジュはツユの家まで歩く。


 ポケットに石とさっきアテンマから受け取った数種類の錠剤を何度か撫でながら誰も歩いていない道を一人ポテポテと歩く。わがままお嬢様のお世話はやはり大変だ。


▼▼


「……」


 目を覚ます。よく見知った天井がツユの目覚めを迎える。


「お目覚めになられましたか、お嬢様」


 近くから声が聞こえる。ツユがその声の方に顔を向けると、そこには優しい黄緑色の髪に水色のにこやかな瞳のヒスイが座っていた。ヒスイは心配そうに眉を潜め、それでもそれを悟られぬように笑っていた。


「……アテンマの家は? 私いつ帰ってきたの?」


 まだ脳がぼうっとしているツユが言葉とは言い難い声でヒスイに尋ねる。


「あ……お嬢様はアテンマ様の健診が終わったときに体調不良を訴えられて倒れてしまったのです。ケイジュ様が運んでくださったのですよ」


 記憶が曖昧なツユにヒスイは言葉を選ぶ。いや、嘘を教える。倒れてなどいない、ただ寝不足でケイジュに運ばれたというだけだ。


 ショボショボする目を擦りながら体を起こしてツユはヒスイを見る。近くにいてくれるお陰でよく顔が見える。それに安心したようにツユはニコッと笑い、ヒスイに一つ頼む。


「私お腹空いちゃったみたい、ホットミルクとドーナツが食べたいな」


 寝起きだからか空腹だからか力の無い声でツユは言う。


 ヒスイが軽く頭を下げて「かしこまりました、少々お待ちください」とにこりと言う。そして、部屋の外で待機していたであろう他の使用人に少しだけ扉を開けて伝えると、ツユの方をまた見てにこりとそこに立った。


「お嬢様、寒くはありませんか? 汗もかいていたようですので、着替えを用意いたしましょうか?」


 ヒスイが尋ねる。主人を暇させないために言っているのだろうが、ツユはそれどころではない。


「んーん、暑い。汗で気持ち悪いから着替えは持ってきて」


 少し意識がはっきりしてきたツユが首を振りながら暑いと言い、服の袖を捲った。寝かせるためにほどかれた髪を少し持ち上げて風を通してみる。しかし、暖かくされたこの部屋の風は生温くてあまり意味など無い。


「申し訳ございません。それでは換気をしましょう、着替えは少々お待ちください」


 ヒスイは扉と反対側にある窓に近づき、少し開けた。ツユの正面にある窓も開けて風通しをよくする。そして、またヒスイは元いた扉の近くまで戻り、また扉の外にいる誰かにツユの着替えを頼んでからツユに向けてにこりと立つ。


 ふわりと風が通る。かなり涼しい風だが、汗のせいか少し肌寒い。


 ツユはカーテンが揺れて外の光が揺れて入ってくるのを見て思い出した。アマリリスのところに行かなくてはならない。もらった石を何処にしたかなとキョロキョロと部屋を見回す。


 それを不審そうに見ているヒスイの視線に気がつき、ツユが申し訳なさそうにヒスイに頼む。


「ちょっと一人にしてくれない? 入るときにノックしてくれれば良いから」


「……はい、かしこまりました……」


 ヒスイは首を横に振ることも出来ず、仕方なさそうにツユに返事をし、部屋から出る。


(あー、流石お嬢様可愛い)


 ツユと少しの間別れるときにこう思うのは最早伝統芸と言っていいだろう。


「えっと、昨日の服は……」


 ベッドから飛ぶように降りて、完全に目を覚ましたツユは昨日脱ぎ捨てたであろう上着を探してクルクルと回った。無い。


 おかしいな、とツユが部屋の隅から探すことにして入り口付近の机に近づくと、お洒落で小さな紙と一緒に少しだけ光った石を見つけた。


『服に入りっぱなしでしたよ。お気をつけください。……ヒスイ』


 紙に書いていた言葉を読み、ヒスイが出ていった扉に手を合わせる。初めからヒスイに聞いていたら早かったのだ。


 アマリリスから渡された石の場所がわかればもう何も気になることはない。ツユはベッドに飛び乗って足をプラプラさせながら扉がコンコンと鳴るのを待った。

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