2話 発光石-2
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「はぁぁ……」
「あれぇ? お帰りなさい。お嬢様はいいのですかぁ? 」
母親も父親もいない部屋の扉をケイジュが開けると、なぜか声が聞こえた。
「ああ、<MeL>か。悪いけど、ツユちゃんが森に行くっていうから僕も行ってくるよ。話はまた明日」
ケイジュは声の主に返事をした。声の主は『おててオバケ』というケイジュのペット……アリスを通して話をするケイジュの友人……<MeL>だ。
「はーい。じゃあ『ケイ』、気を付けて行ってきてね」
「うん。じゃあ<MeL>、明日よろしく」
こんなこともあろうかと用意しておいた黒いシャツと白い半ズボンに白い上着を羽織って白い帽子をかぶる。後ろ姿は黒い髪以外真っ白だ。
ケイジュを見送る<MeL>の言葉に振り替えることなく答えると、すっかり暗くなった夜道を少し小走りになってツユの元まで戻った。
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「遅かったのね。待ちくたびれたよ」
「ごめんね、ツユちゃん。家が広いって少し不便だね、やっぱり」
ケイジュがツユの部屋まで戻り、扉を開けると、ベッドに座って足をぶらぶらとさせているツユがいた。ツユはケイジュを認識すると、飛び降りて鋭くさせた目付きをパチパチとさせて丸いいつもの目に戻した。
「家って言うか庭よね。家のなか往復するのは楽なのに庭は大変だから」
ツユのすむ館は、必要ない部屋があるこの館にせよ、何かをするわけでもないお飾りの庭にせよとにかく広い。それも当然だ。ツユの母……アヤメ・サイレゴシェルはこの『ヴァニラ』の代表だ。
『ヴァニラ』は、『マジリ』の国だ。『マジリ』は多種族同士の子であり、純粋の種族よりも力が劣るとしてこの国では百年ほど前まで蔑まれ、差別の対象とされていた。『ヴァニラ』は元々吸血鬼の国とされ、吸血鬼のキングとクイーンと呼ばれる二人が代表としていた。キングとクイーンは、不老不死と言われ、『ヴァニラ』ができてからアヤメの手に国が渡るまで数千年間容姿すら変わっていなかった。アヤメはそのクイーンの娘だ。
キングとクイーンとその娘達が住んでいた館が今のツユが住む家なのだ。広いに決まっている。
「家の広さについての話なら僕帰るけど……」
「ん? 休まなくていいならもう行こっか」
「僕はいいよ。早く帰って寝たいくらいだし」
休みを気遣ってくれているとは思っていなかったのか、ケイジュは笑顔がわざとらしくなった。ツユには見えていないらしい。全く気にしない様子でケイジュの腕をつかんで裏口から森に飛び出した。
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「ねぇ、ケイジュ」
「どうしたの? ツユちゃん」
森に入ってしばらく歩いた頃、ふらふらと歩くツユが探りながらだがしっかり歩くケイジュに話しかけた。
「暗くて何も見えない」
「大丈夫。ツユちゃんは暗くなくても何も見えないから」
ツユは目が悪い。手探りとぼんやりと見える景色だけで何とか歩いているツユには月光は暗すぎる。暗いなか、ぼんやりと浮かぶ真っ白なケイジュの後ろ姿だけを頼りに歩いている状態だ。
「手、かそうか? 」
「ありがとう。……あの洞窟に行きましょうよ。まだ明るいから」
その洞窟には宝石がある。僅かな月光でも反射を繰り返し、ツユでも認識できる程の明るさにはなる。その宝石をとってくればほんのり明るい懐中電灯の様になるだろう。
くらーい暗い森のなか。ツユはケイジュに手を引かれ、何故か躓く物のない道を安全に、多くの宝石が眠る洞窟まで行った。