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17話 テスト-4

「ツユ様! もう来てたんですね、流石早いです! 」


 外をボーッと眺めていたツユにちょうど来たサクラが元気よく言った。


「サクラ。座って座って」


「はい」


 サクラの笑顔に気がついたツユが隣の椅子を引いて言う。サクラは子供ならではの元気の良さで座る。その様子をケイジュはじっと見ていた。


「あ、来てたんですね。こんにちは」


 サクラはツユと話していたときに比べればかなりよそよそしい調子でケイジュに一応ということが誰にでもわかるように挨拶をした。


「あ、うん。こんにちは」


 挨拶しないのかなと見ていたが、本当にされるなんて思っていなかったケイジュが驚きながら挨拶を返す。サクラはその返しをもらう前にツユのことを楽しそうに見つめていたが、テストだということを思い出したのか鞄から資料を取り出してそれを見た。


「ごめんなさい、ギリギリになってしまったわね。テストは十分後に始めます。それまで最後に足掻いてください」


 ローメリックが廊下の方でそう言った。到着したばかりなのだろうが、ちゃんと教卓に着いてから言えばいいものだ。遅れているわけでもないのに急いでも良いことなんてない。周りの教室に声が漏れてうるさいだけだ。


「前回よりは若干難しくしてますけど、落第は変わりませんからね」


 今度こそちゃんと教卓についてテストと思われる紙束を置いたローメリックがサラッと言う。教室の空気が凍りつくが、そんなことローメリックにとっては知ったことではない。


 鐘がなる。いつの間にか全員揃っている静かに凍った教室によく響く。ローメリックがチラッと生徒を見回して欠けている生徒がいないか確認するが、そんな生徒はいなかった。テストの点が一点でも惜しいのだろう。


 鐘を合図に凍った空気は深いヒビが入ったように割れる。本当に残り十分でどうにかなると思っているのか悪足掻く。


 その中に一人だけ、資料も出さずに持ってきたペンをいじってボーッと窓の外を涼しい顔で眺めている少年がいた。少年は黒い髪に黄色の瞳をもって袖の長いカーディガンを羽織っている。ケイジュだ。ローメリックへの対抗心なのか挑戦なのかケイジュがこの学校で自習や復習をすることはない。授業を聞いて資料を読んでそれも時々捨てて帰る。別にローメリックもそれに対して何か言うわけでもないが、それで軽く満点を取っていくのは気に入らない。


 ケイジュはツユの髪に細かい糸屑を見つけてそれをツユに気づかれないように払う。そして、小さく笑みを浮かべた。ケイジュのいる場所だけは別の空気が流れているように暖かい。午前何をしていたのかは知らないが、どうせツユのことなのだろう。ローメリックは勝手に納得した。


「さて、それではこれよりテストを始めます。いつも通り不正を行う輩はこの学舎から追い出し、二度とこの地に入れないように魔法をかけてあります。情状酌量や言い訳の余地は一切ありません。泣こうが喚こうが殺そうが死のうが変わることはありません。将来教師になって名字と権力を得たい者、残ってしまった貴族として一般教養を身に付けなければならない者。他にもたくさんいるとは思いますが、皆さん足掻きなさい。悪足掻きでもなんでもやりなさい。未遂は見逃してあげます。

……テスト用紙は配られましたね? では、始め」


 テスト用紙を配っている間、退屈な先生がいつも言う言葉だ。退屈だから言っているわけではなく、これには嘘偽りや話を盛っているなんてことはない。実際に追い出された生徒を過去に何度もツユたちは見てきている。気付かれなければ良いなんてものではない。この学校の教師は気づくのだ。不正をしようというものならばその生徒はその場から瞬きをしているうちに消え、気づけば外で叫んでいる。情けなんてかける気すらない。


 これでもローメリックは優しい方だ。そんなこと予告もされずに放り出され、今も訳がわからずいる者なんて何人もいる。希望者が通い、年生や種族がバラバラ、十の学年で毎年末に行われているテストで合格すれば卒業できるとはいえ、この学校は一切手を抜かない。そのときの教師が合格と言えば合格で不合格と言えば不合格なのだ。


 ここでもまたローメリックは優しい。普段のテストで合格を続けていれば最後のテストで少しだけ救済してくれるし、いつもテストの前に足掻けと激励をしている……つもりだ。


 テストを始めて五分ほど経っただろうか。必要はないが、そろそろ見回ろうかとローメリックが立ち上がった。頭を抱えながら何とか欄を埋めようとする生徒がほとんどを占めている。しかし、その中にもおかしな生徒が三名。紙と接触しそうなほど顔を近づけてペンをガリガリ動かすツユ、欠伸をしながら涼しい顔で答えを知っているようにスラスラと書くケイジュ。そして、その二人のそばで少し悩みはしているが簡単そうに欄を埋めていく僅か十歳の人間の少女、サクラ。時々わざと間違いを書くのだからあまり表には出てこないが、真面目に解けばツユよりも良い成績になるだろう。将来が怖いものだ。


 こんな風に変な生徒の様子も見れるのだから教師は楽しい。ローメリックはそう思いながら椅子に戻り、座って穏やかに笑った。

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