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14話 テスト-1

「あ、みんなお昼休みにして良いわよ。でも午後のテストをバックレたら今度のお休みに家まで行きますからね」


 流れるように軽く脅しをしながらローメリックはまた資料に目を戻した。


「ツユ様、私一度家に帰りますけど、ツユ様はどうしますか? 」


 テストのために一度聞いたことのある知識とサボって聞いたことのない知識を頭に叩き込んで微かに頭痛がし始めたツユがサクラの声に振り返る。


「え、あー、リンドウが来るのを待つよ。じゃあ後でね」


 どうせ待ってなくてもリンドウがここまで迎えに来るだろうとサクラが教室を出るのを見送るとまた資料に目を向けた。


 次々と騒がしい生徒が教室から出て行き、中には資料を全く違う表情で眺める二人だけが残った。


 文字を一文字も逃さずに覚えようと殺意ともとれる目付きで焦がすようにツユは眺め、もう何度も読んだお気に入りの本を読み返すように目を細めて微笑みながら撫でるようにローメリックは読んだ。夕陽が射し込めば良いなんて誰かが思ったのか程よい燈色が射す。


「……リンドウ君、気が付かれないと思ったのかしら? 」


 視界を彩る色が変わったことが気に入らなかったのかローメリックが教室の扉の外で魔法を使っているリンドウを睨みながら言う。


「ハハハ、冗談じゃないですか。ツユ様を迎えに来ただけなんですし」


 リンドウが手をパッと挙げると教室に射す光はいつも通りの日の光になった。


「え? 何かあったの? 」


 資料に顔が近すぎたからか変化に全く気がついていないツユが資料を片付けながら顔を上げて言った。すべて鞄に詰めると、廊下の方にパタパタと向かう。


「じゃあ満点取りに来るから」


「はい、待ってますよ」


 軽く宣戦布告をしてからリンドウを連れてツユはこの部屋から離れていった。


「さて……と」


 今日一番大事な仕事だ。間隔を空けずに座っているのはローメリックの魔法でどうにかなるが、予め魔法を防御されていたりする不正行為は今目で見なければならない。昔魔法使いの国にいた大魔法使いと呼ばれていた者なら防御なんて通用しないが、そうもいかないとローメリックは最前列の机や椅子から確認し始めた。


「お昼食べる時間あるかな……」


 早速見つけた。この様子なら何度外されても懲りずにやるやつがいるのだ。誰かはわかるが、始まる前に見つけたということで説教は回避させるが、テスト中に苦しめと思う気持ちで魔法の妨害魔術具を解除していく。簡単に解除できるもので良かったと安堵するが、どうせ一人ではないのだろうとローメリックはまた時間の心配をした。


▼▼


「ケイジュ様が迎えに来るそうですよ」


 また叫ぶツユを無視してリンドウがメイドにツユを渡すと、メイドに言った。それをメイドが軽く頭を下げて了解の意を示すと、リンドウを追い出すように扉を閉める。


「お嬢様、よく無事に帰ってこれましたね」


 閉まりきった扉の中でメイドが顔色が悪いツユを心配してそう言った。


「うん、ほんとだよね。ねぇ、お昼ご飯何? えーっと……」


 勉強していたときの頭痛と嫌々外を飛んで帰ってきた影響でまだ少しぼーっとしているツユがメイドに尋ねた。名前を覚えていないことに気がついたので、それもついでに。


「オムライスですよ、お嬢様。私はヒスイです」


 悩むツユに薄緑色の髪と水色の澄んだ瞳を持つメイド……ヒスイは答えた。優しい笑みを浮かべながらヒスイはツユを食堂まで案内する。案内などされなくても場所なんてわかるが、それがこの屋敷の決まりなのだから仕方がない。


 食堂の扉の前には今度は年老いた人間の執事が立っていた。ツユも何度も見たことがある。その執事は幼少時代からこの屋敷で働いているようで、ツユが十歳くらいの頃にこの屋敷に入ったことをツユも知っている。


「おかえりなさいませ、お嬢様。お食事の準備が出来ております」


 白髪混じりの頭を下げ、執事はツユに言う。そして、扉をギィィィ、と開けると少し眉を歪ませ、それをツユに悟られないように微笑んでツユを中に入れた。


「ヒスイさん、ちょっと良いですかね」


 ツユに続けて入ろうとしたヒスイに執事は呼び掛けた。


「何? 」


「この扉の修理を誰かにお願いしても? 」


「構わないわ。うるさい音がするのはお嬢様や来客様にも迷惑だと思うから」


 ヒスイは自分の言いたいことだけ言うと、ツユについて行った。大事な仕事が待っている。ツユが座る椅子を引き、料理を運ぶというツユのお付きのメイドにだけしか出来ない特別で大切な仕事が待っている。


「ありがと」


 椅子を引けば、それは当たり前のことなのにツユはニコリとお礼を言う。可愛い。


「わぁ~美味しそ! いつもありがとね! 」


 料理を運べば、これも当たり前のことなのにツユはニコリとお礼を言う。伝えれば料理人がまた一人可愛さで倒れる程可愛い。


 ヒスイはツユが食事をとる間に料理場に戻り、ツユの反応を料理人に伝える。渡された昼食を食べながら。


 料理人は倒れずに済んだが、ヒスイの昼食がなんだか豪華になったのは気のせいだろう。少し多めのチキンライスを平らげ、ヒスイはツユの元へ戻る。元々食べるのが遅いのか、まだツユは一口一口美味しそうに頬張っていた。可愛い。


「あぁ~美味しかった! 私オムライス大好きなんだよね、また作ってって伝えておいてね、ヒスイ」


 最後の一口もよく噛み飲み込むと、ツユは笑顔で感想を言った。溢れ出る笑みを咳払いでもして隠さなければならないほど可愛い。


「コホン、ではお嬢様、食堂で待ちますか? 自室に戻るのも構いませんが」


「そうね、また戻ってくるのも面倒だし、ここで待つよ。何か飲み物持ってきてくれる? 」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 椅子の背もたれに手を置いて子供のように注文するツユにヒスイはニコッと答える。そのままヒスイはツユが食べ終わった皿を持って食堂から出て行き、料理場まで戻る。料理人にこの国一のコーヒーを頼み、台に手をついて手を頭に当てる。


「何か悩みでも? 」


 たまたま昼食を取りに来ていた同期のメイドがヒスイに尋ねた。


「ええ、ちょっと甥がね……。いろんな人に迷惑をかけてるんじゃないかと思うとお嬢様の可愛さが心に染みて染みて……」


「あんたはいつもそうじゃない。甥って言ったってあんたがここに住み込みをはじめてから生まれたんなら関係ないよ」


「ふん、そうかねぇ。あ、私もうこれをお嬢様に届けなきゃだからじゃあね」


 コーヒーを頼まれることを予知していたかのようにすぐに出てきた物をヒスイは受け取った。疲れているのかと心配して声をかけた同期のメイドも呆れるほどの屈託のない笑顔で。


 ヒスイが出ていった 料理場ではそこにいる人が皆微笑ましい苦笑いを浮かべていた。この屋敷で働く者は誰でもツユやアヤメを可愛いとか美しいと思っているが、ヒスイはその中でも奇人と呼ばれる程だ。ツユの可愛さに魅了されてここに転職し、今に至るまで完璧にツユの世話をしている。色々と心配事や悩み事もあるらしいが、すべてツユの可愛さで解決している、という噂があるほど。


「あそこまでいくと最早呪いよね……」


 同期のメイドがヒスイが出ていった扉を見ながらボソリと言うと、それが聞こえた者は全員大きく頷いた。


 ヒスイは廊下をコーヒーを溢さないようにそれでも出来るだけ早足で食堂まで向かった。ツユがいないことを良いことに鼻唄混じりの上機嫌で。食堂の前まで着くと一度深呼吸をしてテンションをリセットする。あまりに上機嫌な姿を見せるのはなんか恥ずかしいのだ。


「お嬢様、コーヒーをお持ちしました。…………あら」


 すんっとした無表情で扉を開けてヒスイはツユに言う。


 ヒスイの視界に映ったのはツユともう一人。黒い髪の少年がツユの正面に座っていた。


「あ、お邪魔してます」


「ケイジュ様もコーヒー飲まれますか? 」


 椅子に座ったままだがケイジュは礼儀正しく挨拶をした。ヒスイは深く頭を下げてからケイジュに尋ねる。


「あ、僕は持ってきてるので平気ですよ」


 ケイジュは手元にある鞄から水筒を出して見せる。いつものことなのでヒスイはにこりと微笑み、そうですか、と流す。


「では、私は外にいますので」


 ゲスト(ケイジュ)が来たのでヒスイは食堂から出る。


(……あぁぁぁぁぁぁぁ、かっわい)


 切り替えたテンションを戻せず無表情でヒスイはそう思った。

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