13話 授業-4
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「──と、いうのがみんなも知ってるおとぎ話の全貌ですね。えっと……何か質問あるかしら? 」
ローメリックがパタンと資料の表紙を閉じる。後ろの方で数人がうとうとしているのが見えるが、いちいち気にしていれば時間と精神が持たない。ベテラン教師として華麗に無視する。落第するやつは勝手に落第するし。
そんな中最前列でツユは頭に靄がかかり、うとうとはしていないがボーッとしていたが。
「アンルノリク先生」
前の方に座っている人間の生徒が手を挙げた。
「何です? 」
「俺の知ってるおとぎ話とだいぶ話が違うんですけど」
おとぎ話は小さな子供が聞いても疑問を持たず、泣かないようにかなり改編した。この革命の話も全てを記録している資料はこの学舎にのみ保管され、学校に通わない者は触れることがない。
そして、話は歪んで伝わるものだ。姫はただの少女として、殺戮とも呼べる行為は母の説得として、吸血鬼は初めから居なかったものとして、クイーンとキングは話の中だけのフィクションとして伝わった。そのおとぎ話を知っていれば疑問も持つ。
「そうね……。数千年も意見を変えなかった人がただの少女の説得で考えが変わるわけないし、吸血鬼がいなければアヤメ様とかツユさんはいるはずないし、他の種族にはキングとかクイーンがいるのに吸血鬼にだけいないわけがないし、姫様が自分の恋のためだけに殺戮なんてしたことを幼児が聞けば泣くはずだし……。これで説明になる? 」
おとぎ話と革命の本当の話を比べたときにローメリックが特に疑問だと思うことを並べた。ツユは途中で自分の名前が出てきて眠くなり、靄のかかった頭が晴れたが、気のせいかとまたボーッとした。
「は、はぁ……」
質問をした生徒はあまりにローメリックが淡々と言うだけだったので納得していなくても納得したと自分に言い聞かせながら答えた。ローメリックは、ならよかったわ、と、にこりと微笑んだ。
「かなり早く終わっちゃったけど、午後にはテストがあるから自習にします。だから……」
ローメリックが右足をコツコツと二回鳴らした。
「一度寝ている人は起きましょうね」
ローメリックがそう言うと、その言葉の終わりと同時にバコンッと鈍い音があちこちで響いた。
「いっ……ぐぁ…………」
「う、うぅ~……」
苦しむ声もあちこちから聞こえる。そして、そこ声に答えるようにしたローメリックが言う。
「大袈裟にしない。少し叩いただけなんだからそこまで痛くないでしょ? 落第したいのなら勝手だけれど……」
呻き声を出す生徒の頭上には厚紙で作ったようなハリセンがあった。それを魔法で出し、頭を眠気が吹き飛ぶ程の強さで叩いたのだ。
その中にはツユもいた。
「痛いよ、せんせ。痛覚壊れてるんじゃないの? 」
ツユは涙目になりながらローメリックに言う。隣でサクラが興味津々にハリセンを手に取ってグニョグニョと曲げてみたりしている。が、そんなの見てもいない。
「どんなに優しいアヤメ様でも落第したら怒ると思いますよ? ツユさんの勝手ではあるけれどね」
「私が落第すると思ってるの? 勘違いも甚だしいよ、満点取るから覚悟しといてね、せんせ」
クスクスと笑いながら挑発するようにローメリックが言うと、ツユは何処かの言葉に怒りを覚えたのだろう。周りの生徒が二人の会話を無視して自習用の資料やノートを机に広げるようにツユもそうしながらローメリックに答えた。
「別に昼休みまで寝ててもいいのよ? 」
せっかく勉強を始めようとしたツユに面白くなったのかローメリックはまだ煽りを続ける。
「起こしたのは誰よ。勉強を邪魔する教師なんて最低ね」
「勉強なんてしなくても満点取れると思ってたのだけど違うみたいですね。……まあ、周りの生徒にも邪魔になるかもだし、もうやめておいてあげるわ」
必要以上に顔を資料に近づけたまま答えるツユにつまらなそうに目を細めたローメリックが自己満足のように言って終わらせた。
さっきまで話を聞かせていた資料を自分でも開いてもう一度読んでみる。
何が楽しいのか、自然に溢れる笑みを手で隠して椅子に座りながら形だけで自習の監督をする。生徒もそれぞれが自分の思うテスト範囲を復習したりただただ資料を眺めてみたりしている。廊下から見れば真面目に見えるから問題はないのだろう。
ちなみにツユは資料を読むだけで時間が終わる一番残念型だ。
ツユとローメリックが資料を読んでいる間に長い二時間程の昼休みを告げる鐘が鳴った。




