11話 授業-2
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「リンドウ! リンドウ! 」
五年の教室より一つ上の階にある七年の教室でツユが叫んだ。ツユの声が聞こえるとスイッチが入ったように教室の一番後ろの席でピンとリンドウが立ち上がり、犬のような顔でツユの方を向いた。
「ツユ様! ! ! ! ! 」
リンドウの予想を超える大声が教室に響き、計画していたかのように全員が振り返りリンドウを睨んだ。
「……いつもいつもすみません」
「相変わらず元気ね、リンドウ」
リンドウは頬を掻きながらニコリと謝ると、教室の雰囲気が一気に柔ないものになった。もう何度も見て慣れているツユも苦笑いで見るしかなかった。
「そ、それでツユ様どうしたんですか? 」
「あ、そうそう」
よろけながら教室の外までできたリンドウがツユに尋ねると、思い出したように拳を掌に当ててツユもリンドウに尋ねた。
「私って貴族? 」
「はい。ツユ様はあのサイレゴシェル家のアヤメ様の娘、ツユ様で間違いありません」
即答だった。ツユの言葉に被さるほどの早さでリンドウは答えた。いつもの問いだったから。同じ言葉を、繰り返し何度も何度も数百回も発してきた言葉だったから。
「はぁ。私貴族やめたい」
「残念ながらツユ様は革命でも起きない限り一生を貴族として過ごすことでしょう。俺もさすがに諦めた方が良いと思いますよ」
あからさまに落ち込んでいるツユに少し膝を曲げて身長を合わせたリンドウが励ますように笑顔を見せた。
ツユは貴族として周りから扱われることが嫌で嫌で仕方がない。生まれたときからそう扱われているので平民のように扱われても良いかと言われれば素直に首を縦に振ることはできないが、お世辞を並べられ、貴族だからと陰口を繰り返し聞かされ、何もされていないのに頭を下げられる。そんな扱いが時々我慢できない程嫌になる。
今朝メイドによって下げられた執事になりたての少年もそうだ。初めての仕事を張り切ってツユの前に出てきたのに未熟だからと下げられる。きっとアヤメも気にしないだろうけれど、一番気にしているのはサイレゴシェル邸に遣えている使用人だ。主に敬意を持ちすぎるあまり、周りから主が白い目で見られないようにと厳しくしてしまう。ツユはそれが嫌だった。
「でもさ、やっぱりリンドウは同じ貴族なんだから普通に接してほしいよ」
「ツユ様が可愛すぎるので無理です! 」
これもまた即答だった。リンドウはツユがサイレゴシェル家の娘だからツユ様と呼び、敬語で話しているのではなく、ツユがリンドウにとっての姫のような可愛さなのでツユ様と呼び敬っている。理由は他にもあるが、これも嘘ではない。
しかし、可愛いからという理由でツユが納得できるわけもなく、どうしたらいいかもわからず、ツユは結局軽蔑するような目をリンドウに向けてしまう。悪い気はしない。実際時々リンドウの行動はツユには理解しがたい程おかしなことがあり、変人だと思っているからだ。
多少の申し訳なさを心に留めつつ、ホームルームが終わるからとツユは七年の教室から五年の教室に戻った。幸いかローメリックはまだ戻っておらず、告げ口される心配もないのでバレずに席まで戻ることができた。帰ってきたツユにサクラがにこりと微笑んだのでツユも微笑みを返した。
ローメリックが教室に戻ってきたのはツユが座ってからあまり時間が経たないうちだった。コツコツコツコツと静かだった廊下にローメリックの足音が響くと、少しだけざわついていた教室もシンとなった。
「あら、ここ五年で一番静かだったわね。さて、午前の授業を始めますよ」
ニッコリと笑って扉から顔を出したローメリックの目はやはり半開きで優しい雰囲気だった。怒らずにいるからまだこうだったのだ。三年のときに怒ったローメリックの目はいつもと変わらなかったが、魔法を使ったのか自分の声にエコーをかけ、窓の外は黒い靄が渦巻いていた。それを知っていれば誰もが静かにする。
教卓に持ってきた資料をドサドサッと落とすように置くと、ローメリックは窓に暗幕を張り、薄暗い空間で一冊の分厚い本を手に取った。
「これは今からおよそ九十六年前。十二月の黒い月が昇る革命の月にアヤメ=サイレゴシェル様が主体となり起きた革命の話です」




