1章 アマリリス姫様 1話 発光石-1
『ヴァニラ』と呼ばれる国の一番大きな建物の四番目に広い部屋の中で一人の少年と一人の少女が床に寝そべりながら話していた。少年……ケイジュが、少女……ツユに昨夜見た夢の話をしていた。
ケイジュの母親は『夢人族』と呼ばれる種族で、夢人族は何者かに憑依したかのような夢を見る。父親が『魔法使い』なので、ケイジュ自身は純粋な夢人族ではないが、時々おかしな夢を見る。この世ではないどこかの夢。
この世界では『発光石』という石を光源にし、生活する。しかし、この石はやや高価なので一番裕福なこの家でさえも夜になれば月明かりの届かない廊下は真っ暗だ。発光石があるのはこの家の主の部屋とその娘の部屋、そして、食堂と書斎だけだ。
けれど、ケイジュが見るおかしな夢の中では夜なのにキラキラと光り輝いていた。その世界がただの夢か憑依なのかはわからないが。
そして今、ケイジュはツユにこの話をするべきでなかったと後悔していた。
「あのさツユちゃん。今更だけど何してるの? 」
ベッドに入り込み、何かをあさっているツユにケイジュが尋ねた。
「何って……あったあった。これよ」
ツユは、突っ込んでいた頭を外に出して右手でつかんだものをケイジュに見せた。
「嫌だよ。こんな薄暗い時間に森になんか行きたくないよ」
ツユが見せたものはケイジュがツユの誕生日にプレゼントした帽子だった。ちょうどこの館の裏にある森に行くときに必ずかぶる黒い帽子。
「さぁ、早く準備してきて! 暗い方が発光石は見つけやすいでしょ? 」
「話聞かないよね。因みに聞くけど、どうして発光石を? 」
自信に満ちた顔のツユがケイジュの問いに答えようと眉を下げる。その間にケイジュはツユをベッドから足の先まで引きずって出した。使用人たちの仕事が完璧でツユの服には埃一つついていない。
「その話を聞いていたらこの家が少し暗すぎると思ったから。……かな。それより早く家に帰っていつもの服に着替えてきて! 」
「あ、うん。それでいいよ。じゃあ、ちょっと待っててね、なるべく急ぐけどさ」
ケイジュは諦めて逃げるようにその部屋を出て、階段を一階分降りて館の外に出た。館を出ても数百メートル先の門をくぐらないと道に出ることができない。ケイジュの住む『リャウナムレミング邸』はこの館の隣に位置するのに門から門まで二キロメートル弱は離れている。
日は今にも沈み切りそうだ。二キロメートルの道を往復し、服を着替える。ツユの元に戻る頃には道を歩くのに青い月光頼りになりそうだ。
「全く……。本当にツユちゃんはわがままなお嬢様だね」
もうツユとケイジュが最初に出会ってから九十年弱になるか。何年たってもケイジュは同じことを言う。ツユはケイジュの話を聞かない。いや、話は聞くが、意見は曲げない。そのわがままさが愛おしい。