その2
JBはカンザスプリンスホテルの最上階のスイートルームに泊まっていたの・・・プリンスホテルなんてわたしのような貧乏人には近づくことさえできない場所だったの。おさない時、ロビーでケーキを食べてる人達をガラスに張り付いてみてたことがある、でも、すぐボーイに追い払われたわ・・いつかあのホテルのスイートルームに泊まってやる!・・・それがわたしの夢だったの。ところが、なんだか簡単にそこに入れることになって、わたしは当惑してた・・
ボブがノックするとJBは満面の笑顔で迎えてくれた。あの顔だった、テレビで見たのとまったく同じ顔がそこにあった、ぎょろ目にぶ厚い唇、まぎれもなく、JBの顔だった・・昔より老けてはいたけれどスターのオーラを発散していた。わたしはすこしひるんだわ。
テーブルに豪華な料理が並んでいた、いままでみたこともないような豪華な料理の数々・・・カンザス牛のしゃぶしゃぶ、カンザスコーチンの串焼き。見てるだけでお腹がいっぱいになりそうだった・・
わたしたちは大きなテーブルに向かい合って席についた。
「おじょうちゃん、いい面構えだな。名前はなんと言うんだ?」
「ヴィクトリアです」
「おお、ヴィクトリアか、いい名前だ。むかしイギリスにヴィクトリアって名前の偉大なクイーンがいたよな?大英帝国最盛期の女王だ。まあ、黒人のおれにはあんまり関係ない話だがよ・・・」
「わたしたちは食べ始めた。わたしは夢中で食べていた。JBは上機嫌でいろいろ話してくれた。ステージの話、女性遍歴の話、打ち上げでの失敗談など・・とどまるところを知らなかったわ・・
「JBさん、あなたほんとにおもしろい、最高だわ!でもわたしみたいな馬の骨にそこまで話してくれるなんて、ちょっとサービス過剰じゃないの?」
「何言うんだ。おれはお前みたいな気骨のありそうな娘が大好きなんだ。いや、変な意味じゃねーぜ・・俺にさん付けはいらねー。JBでいいさ」
「そうなのJB?わたしそんなに気に入ってもらえた?」
「ああ、そうさ。まだ歌は聴かせてもらってねーが、話して、顔をみるだけでもわかるさ。お前にはソウルを感じる。俺の目はフシアナじゃねー。そうだヴィクトリア、俺ばっかり話していたってつまんねー。そろそろあんたの話も聞かせてもらおうか」
「わたし?何をはなしてもいいの?」
「いいさ、おもいっきりぶちまけな」
「わたしはいっきにまくし立てた、つらい思い出をぶちまけたわ、父が戦死したこと、母や兄弟と離れ離れになったこと、ストリートチルドレンの辛い生活・・JBは黙って聞いてくれた。でも、なんだかムショウに腹がたってきた・・・
「JB!あなたこんな豪華な部屋に泊まって!豪華な料理を食べて!南部の人達は食うや食わずの塗炭の苦しみの中にあるというのに、恥ずかしくないの!」
「・・・・いや、すまねえ。あんたの言うとおりさ、俺にそれだけ言えるなんて、やっぱお前、おれの見込んだとおりの娘だ・・でもな、少しは言い訳させてくれ。ショービスの世界はみんなに夢を売る商売さ、貧乏臭いところはみせられねー。普段から贅沢にしてなくちゃならいのさ・・」
「そ、そうなの・・・」
わたしはしぶしぶ納得した。「あんた30年も前に引退してるじゃない!」とはさすがに言えなかった・・
「まあ、そのへんにしとけや」
ボブが言った。
「そういえばランカスターの奴が国防相に就任したな・・・・」
「ランカスター?あの、この街を焼き払ったランカスター?」
「そうさお嬢ちゃん・・・あのランカスターさ。あいつは危険だ!もう軍部は完全に奴の手中にある。CIAもFBIも掌握しつつある、あいつを野放しにしておけば大変なことになる・・俺たちショービスの世界の連中も手をくんで奴の暴走をくいとめないと・・」
「おい、JB。俺たちに何ができるっていうんだい。芸術は権力の前にはいつも無力なものさ・・・それどころか、ランカスターに尻尾をふる連中ばかりになるぜ・・」
「ボブ!何いってんだ!俺より若いお前がそんな弱気なこと言っててどうする!そうさ、お前のいうとおりかも知れねーが・・おれたちは音楽でみんなを元気づけることならできるさ・・疲弊した南部の民衆には「歌」が必要さ・・ヴィクトリア!歌ってくれねーか!おまえには多分その力がある!俺にはわかる、なんでもいいから一曲披露してくれないか?」
「そんなに期待されても・・・・でもあなたにそこまで言われて歌わないわけにはいかない・・「アメイジング・グレイス」でいい?」
「おお、ゴスペルかい?OKだぜ」
♪ア〜〜メーイジーーングレーース なんと快い響き
私のようなみじめな者も救われて
迷える私にも、神のおかげで道が開けた
以前は盲目だったが、今は見える・・・
・・・・・
「おお、すばらしい、グレートだ!拍手をおくるぜ・・お前の歌にはソウルがある。南部人の喜びも苦しみもすべてつまってる。お前の歌声は南部のみんなのこころを潤す声だ!そうだな、一言いわせてもらえれば、お前にはジャズかブルースが向いてるな、そっちの方を勉強しな・・ボブ!この娘預かってやりな!三年も修行すれば立派な歌い手になれるさ、ショービス界のクイーンになれる!俺が保障する!頑張りな・・俺も時々様子をみにいってやるから・・」
「そんなわけでわたしはボブのもとで修行することになったの・・・・今はこうしてあなたみたいな素敵な人とスイートルームにいる・・あれがわたしの原点だった、つらくとも楽しい修行の日々のはじまりだったの・・
(つづく)
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