その1
南軍最期の砦アトランタが陥落し、4年にわたる内乱も終焉をむかえた。南部政府は無条件降伏し、近々ワシントンで和平条約の調印式がとりおこなわれることになった。そんな中、焼け野原となったミネソタの州都カンザスシティーで、孤児となったヴィクトリアは万引きや盗みを働きながら、懸命に生きていた・・・
「その日はなにも収穫がなかったの・・・しかたなくマックで恵んでもらった売れ残りのハンバーガーを、ねぐらにしてた廃墟のビルの前の道端にしゃがんで齧っていたの。通りにはだれもいなかった。夕暮だった。とてもみじめな気分で涙が出てきそうだったわ。でもそのときわたしのなかに「歌」がこみ上げてきたの。母が大好きでいつも口ずさんでいた歌・・・「アメイジング・グレイス」・・・わたしは立ち上がって、だれもいないストリートに向けて、歌いはじめた・・
♪ア〜〜メーイジーーングレーース なんと快い響き
私のようなみじめな者も救われて
迷える私にも、神のおかげで道が開けた
以前は盲目だったが、今は見える・・・
「わたしは声を振り絞って歌った。みじめな気持ちもその時だけは吹き飛ぶようだった・・歌いおわって、しばらく眼をつぶって佇んでいた。そしたら拍手が聴こえたの・・・
「お嬢ちゃん、あんたなかなかいい声をしてるな・・」
目の前に古ぼけたスーツを来た黒人の初老の男が立っていた。
「あんただれよ!売春ならおことわりよ!わたしは立ちんぼじゃない、勘違いしないで!そんな用なら五番街にでも行きなさい」
「おいおい、気のはやい嬢ちゃんだな、俺はただあんたの歌に感激しただけだ。俺はこういうもんだ」
老人は名刺を差し出した。
「カンザスアクターズスクール 代表 ボブ佐久間・・・なにこれあんた!胡散臭い!AVの製作会社じゃないの?わたしをだまそうとしてるんでしょ!そんな手にはひっかからないわよ、そこらのバカな小娘といっしょにしないで!それにあんたの身なり、ほんとに芸能プロダクションなんかやってるの?」
「まあお嬢ちゃん、落ち着きな。俺はインディーズだからあんまり金はないんだ。こんなご時世じゃ誰のこころもすさんじまってるが・・少しはひとを信用しな。俺は見込みのありそうな若い奴を拾っては育ててるんだ。半分道楽みたいなもんだが、俺の目を見な・・」
「たしかにあなた、純粋な曇りのない眼をしてる、信用できそうね・・・でも佐久間ってなんなのよ?日本人?そうはみえないけど・・」
「いや、佐久間ってのは若くして死んだ俺の親友の日本人のサックスプレーヤーの名前さ。あいつは天才だった。あいつのことを偲んで、おれはサクマと名乗ってる。まあそれはいい、俺のことはボブと呼んでくれ」
「わかったわボブ。わたしはヴィクトリアよ。それでわたしをこれからどうしたいの?」
「あんたJBに会いたくねーか?」
「JB?誰それ」
「知らねーのか、ジェイムズ・ブラウン。ソウルの帝王さ。カンザスが産んだもっとも偉大なアーティストさ、無理もねーか、もう30年前に引退しちまったからな・・こういえばあんたもピンとくるだろう、JBはあのMCハマーの育ての親さ。やつはもともとJBの付き人だったのさ」
「ハマーの!あのラップの帝王、オリコン10周連続第一位の!JBってそんなにすごい人なの?思い出した・・たしかカンザス郷土館に写真とステージ衣装が飾ってあった。そうだわ徹子の部屋にも出ていたわよね・・まだ生きてるの?」
「JBは不死身さ。だいぶ老いぼれてはいるけどな。そういや徹子のやつフロリダに慰問に行っていらい消息不明らしが・・死んじまったのか・・・」
「いえ、わたしは徹子は生きてると思うわ、山の中で川水をすすり、果物を食べてでもいきているわ・・わたしにはわかるの・・」
「そうだな、俺もそんな気がしてた・・徹子は愛と平和の使者だものな、この地球上から戦争と貧困がなくなるまでは生きつづけるさ・・・」
「・・・・・・」
ふたりを夕日が照らしていた。
「そうだなヴィクトリア、JBはいまカンザスに墓参りに来てホテルに泊まってる。いまからいかねーか?あんた腹ペコだろう?夕飯ぐらいJBがおごってくれるさ」
「ホテル?そんなこといってあなたわたしにいやらしいまねを・・」
「おいおい・・まだ疑ってんのか?」
「フフフ、冗談よ。そうね、ごちそうになるわ」
「じゃ、いこうぜ」
「わたしはそうしてJBにはじめて会うことになったの・・・・・
そうよ、わたしの運命が開けようとしていた。栄光への第一歩だった・・・・
(つづく)