第6話
セリフの言い回しが似たり寄ったりになっている気がします…。
「ぶおっ!!!」
気絶していたナナシが起こされたのは冷水が頭からぶちまけられたからであった。さすがに驚いて顔をぬぐおうとするがそこで初めて自分が手足を縛られていることに気が付いた。
彼は薄暗くひんやりした石畳の部屋に横たわっており、その目の前にはバケツを持った羽サルとひとりの少女がニヤニヤしながら立っていた。少女はナナシよりも身長が低く幼い顔立ちながらも可愛らしかった。頭の黒い大きな帽子が目を引く。身につけている衣服がすべて黒色だがマントの裏側の薄いピンク色や首にかけているネックレスなどところどころに女の子らしさが見えた。
おそらく彼女が魔女であろうが、ナナシはその姿に面食らった。魔女でしかも子供を食べるというのだからもっとおとぎ話に出てくるような恐ろしい雰囲気を持った老婆が表れるのだと思っていた。その見た目の可愛らしさから魔女だと知らなければ
「はてさて本物か偽物か。真っ赤な偽物でも食べられるなら問題ないけど、まずは確認真実を。噂の真実確認を。あなたのお名前を教えてね」
魔女は歌うようにナナシに問う。これにはナナシも反応に困った。彼女は何か理由があって質問をしているのは明らかなのだが意図が読めない上にこの軽さは敬遠したくなったのだ。とは言え彼女は自分を食べようとしているのは確実なことである。
「名前は…ナナシです」
「お名前聞けたお名前聞けた。ならばあなたは偽物か。」
「偽物じゃないよ、スノッゴ。こいつは間違いなく異世界人さ」
低い声と共に奥からまた一人の女性が現れた。こちらも黒いマントと帽子を身につけており魔女であることがうかがえる。少女―――スノッゴよりは身長は高いが顔はどこかやつれており老け込んでいた。目元だけはスノッゴに似ているので血がつながっているのだろう。
「でもスローネルお姉さま、名前を彼は言えたのよ。覚えていたのよ。異世界人は名前を覚えていないものなのよ?」
「本当の名前はね。しかし異世界人はこっちで暮らしていくためかほとんどは仮の名前を持っているのさ」
「間違いない確認できないの?」
「できるさ。ナナシよ、お前さんと一緒にいた大人達の名前を教えてもらおうじゃないか」
スローネルが顔を覗き込みながらナナシに問う。そのギョロついた眼は何もかも見透かしそうな雰囲気であった。
彼女たちが異世界人というものを探していることは今の会話で理解できた。そしてその異世界人というのは自分のような別の世界から来た人間を指すというのも想像できる。ではなぜ彼女たちは異世界人を探しているのだろうか。それに異世界人を確認するにあたってなぜ同行者の名前を訊く必要があるのか。謎が深まるばかりだが正直に答えていると相手の思うつぼであると考えたナナシは意を決して口を開く。
「…言えません」
「言えない?それはなぜだい?」
「僕も知らないからです。あの人たちとはついさっき偶然会っただけなんです」
不安な気持ちでナナシは答える。
スローネルはこの言葉に苛立ちを感じたのは火を見るよりも明らかだった。顔色が赤紫色になり歯を食いしばるその見た目はこんな状況でも笑いを誘うようなものだ。
「チッ!だったらこっちも吐かせるまでだよ。すぐ食うのは簡単だが私たちも目的があるのでね。羽サルども準備しな!」
魔女が指を鳴らすと羽サルたちは巨大な桶を用意したり道具を取りに行ったりと騒がしくなり始めた。これからどんなことが起こるのかは想像もつかなかったが少しでも時間を稼いでマスターたちが助けに来ることを期待するしかナナシには残されていなかった。
するとスノッゴが再び歌うような言い方でナナシに声をかける。
「ねえねえねえねえ。あなたはさっさと本当のことを言うべきよ。そっちの方がお得だもの」
「言ったところで食べるんでしょ。だったら少しでも抵抗します」
「あらら知られているじゃない。でもねやっぱり言った方がお得よ。そっちの方が痛くないものね」
ナナシが連れ去られてからマスターとアンニンは先ほどの小屋を調べていた。マスターはまったく動じる様子なく淡々と動いていたが、アンニンは肩を落としながらもたついている。
「私としたことが完全に油断していました。申し訳ありません、マスター」
アンニンはすっかりしょげきった様子で床のほこりを払っているマスターの後ろ姿に声をかける。ナナシの近くにいたのはアンニンだったのですぐに助けることが出来なかったことに罪悪感を抱いている様子であった。
「お前が落ち込む理由はない。私も油断していたし彼を連れてきたのは私の責任だ」
「しかし…」
「もう一度言うが私の責任だ。これで話は終わりだよ。ともかくまずはナナシを探す」
「あれはどういった原理で彼を連れ去ったのでしょうか?何かの罠ということで?」
「まあ…罠だな。あくまで我々の注意を前に向けるための」
そう言ってマスターはほこりを払った床に目を凝らす。そこは先ほど投げ飛ばした魔物が叩きつけられた場所で羽サルが限りなく出てきた場所でもあった。よく見ると何やら文様のようなものが描かれている。
「召喚魔法だな。ここから魔物を出していたんだろう」
「しかし召喚魔法は術者が近くなければできないはずですぞ。そうなるとお若いのをさらったのは…」
「二人いたんだろうさ。我々が勝手に魔女はひとりしかいないと思い込んでいたのが仇になったのさ」
この見立ては間違いないだろうという自信はあった。そうなれば問題は魔女がどう動いたかだ。転移魔法のように別の場所へ瞬間移動したかを考えたがあの魔法は時間がかかりすぎる。魔法は同時に二つ以上を発動させるのは道具を使う必要があるし、そもそも転移魔法のような移動に関するものは同時進行では発動できない。そうなるとナナシを連れ去ったのは…。
マスターは再び文様に目を向ける。丸と三角がいくつもありその中にぐねった線がある。統一感のなさが他者の目をごまかそうとしている雰囲気がありどこかとげとげしい気味の悪さがあった。
「しかし召喚魔法を使っていた魔女がいないのが気になります。転移魔法を使うにも時間がなさすぎた気がしますが…」
「ここで重要なのはどの魔女がやったかだ。そしてこの魔法陣の文様を見ればその正体はわかった」
マスターは紙切れを取り出すとササっと何かを書いた。それを押し付けるようにアンニンに渡す。
「こいつに連絡してすぐにこの場所に来てもらえ。裏通路からの転移ならすぐにでもこの地にたどり着けるだろう」
「しかしあの通路は緊急用なのでは!」
「緊急だからだ。私の予想通りなら彼女が来れば問題は解決する可能性が高いのでな」
「げっほげっほ!!」
「ほーらほーら、いい加減に吐く気になったかい?それとも腹の物を吐きそうかい?」
ナナシの顔はすっかり水でビショビショになり、顔色も悪く苦しそうであった。息も絶え絶えのナナシは恨むように逆さのスノッゴを睨みつけるが彼女は意地の悪い笑いを口に浮かべるだけであった。
実際ナナシがいくらすごんでも相手がおびえる筈もなかった。今のナナシは体を縛られ逆さづりにされている。下にはたっぷり水の入った大きな樽が置かれてあり、逆さづりの装置の横にある木製のハンドルを回すことでナナシが上下して頭を水につけられるという仕組みとなっていた。この拷問はあまりにも苦しいものであった。体勢が逆さづりなので頭に血が上り、さらに定期的に水につけられて呼吸もままならない状態になる。生きているのが不思議なくらいであったがナナシはそれを考える余裕もなかった。
「ちょっと動かしな。そろそろ言う気にもなっただろうさ」
スローネルの指示で羽サルたちが装置を動かす。柱がシーソーのように動き出しナナシは地面と平行になるような体勢となった。呼吸は楽になったがそれでも顔色は今でも紫色に見える。
「さてこれで4度目くらいかね。一緒にいた奴らの名前を訊こうじゃないか」
「ハアハア…」
「言わないのかい?」
ギョロついた眼玉がナナシの顔に迫る。もはやナナシとしてはどちらでもよい気持ちであった。話しても殺されるならいっそのことさっさと楽になった方が良いような気にもなっていた。しかし同時に死にたくないという気持ちも強まっていた。このままいけば殺されるのは間違いない。
その確定された絶対の未来があるからこそ彼はより怖くなったのだ。なぜこんな世界に来てしまったのか、失った記憶にすら怒りを感じるほどだが今となってはそれも無駄なことである。もはや彼の感情は怒りと悲しみがわずかに絶大な恐怖とこの世界に来た自分自身への嫌悪に混じるという形容しがたいものとなっていた。
マスターの名前を言わないことで少なくともこの未来が先延ばしにされているのを理解しているナナシはとにかく口を閉ざす事を徹するしかなかった。
「呼吸しかできないのかい!言いな!」
スローネルの強い口調におびえるナナシだが声を出せば発狂しかねないのもあって彼は頑なに言おうとしなかった。彼の目に映るスローネルとスノッゴは恐ろしい怪物に見えてくる。
その時であった。ナナシの頭が割れるように痛んだ。一瞬本当に頭が割れたと思ったほどだ。思わず目を閉じるがそこには薄暗い光景が見えた。街灯もなくただ暗いだけの道。そして眼前に広がる夜空。感じる気持ちは純粋なほどの恐怖と後悔であった。
同時に何かを吹き飛ばすような巨大な音が聞こえた。音の先には崩れた石の壁がありそのガレキの上にはマスター・Mが立っていた。
「やっと見つけたぞ…」
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