第5話
ようやく少しだけ物語に緩急がついてきた…はず。これは自信を持って言えません。
日が昇って間もない頃にナナシ達は羽サルの目撃情報があった場所へ向かった。正確に言うとその場所はすでに過ぎており、今は羽サルが向かったと思われる奥地へ進んでいる。道はなく足元の草むらは少し湿っておりそれを踏むたびに地面の柔らかさが気になった。お世辞にも歩きやすいとは言えないが荷物は家に置いているためいつもよりも身軽なうえに、護身用のとして短剣と煙玉を貰っているので準備はできている。どこまで役立つかわからないがナナシは手ぶらも覚悟していたので少し安心していた。先頭を歩くアンニンも防弾チョッキのようなものやボウガンを身につけており、その姿のおかげで昨日の陽気さが鳴りを潜めていた。唯一、マスター・Mだけはいつものローブを被って変わり映えしない様子であった。
ナナシは緊張こそしていたがその空気はそこまで張り詰めた様子ではなく特に会話しづらい雰囲気でもなかった。
「マスター、魔女相手にはどんなことを注意するべきなんですか?」
「注意かぁ。いちおう魔女はほとんどが残酷な面を持つのは通説だがそれにも程度の差があるし。世界を転覆させるような考えを持つ者もいれば子どもじみたいたずらで満足する者もいるから一概に言えない」
「もっとこうズバリと明確なものはないんですか?」
「相手は我々と同じく知能を持ち感情を抱く生き物だぞ。そんなものがあったら魔女なんてとっくに滅ぶか管理されているよ」
「魔女は撲滅だとか声高に言っている者達がいますしね」
アンニンがくっくっくと抑えるような笑い声をあげる。笑い声こそ上げなかったがマスターもニヤリと口に笑みを浮かべた。
「何がおかしいんですか?」
「今どきそんなことをやっても得にならないのさ。魔女はすでに独自のコミュニティを作っている上に
傍から見れば無駄なことを懸命にやっているだけだからなぁ」
「でも子どもを食べるのは悪いことでしょう!」
「今の時代にそんなことをやる魔女なんて余程見境のない理性を失っただけの奴だろうさ。そもそも魔女を撲滅なんて謳っている奴らなんざ、本当は自分の気に食わないものが目に映るのがイヤなだけな連中よ」
ナナシとしてはマスターの言い分は同意しがたかった。魔女なんて恐ろしい相手はできれば関わり合いになりたくないし
ただナナシが魔女のことをよく知らないから勝手な印象で考えていることやそもそもこの世界の倫理観を把握しきれていないことは自分でも理解していた。
「まあなんにせよ魔女にはこれといった弱点はないということだ。敢えて気を付けるべきことといえば怒らせないようにすることだな。荒くなると残虐性が増す奴もいるからな」
「あんまり確実とは言えなさそうですが頭には置いておきますよ」
「ご両人ちょうどいいですな。ここを抜ければ開けた地に出ますぞ」
そう言うとアンニンの手に力が入り構えていたボウガンがしっかりと握られる。マスターは少しだけ目を細めて険しい表情をし、ナナシも身構えながら歩を進めた。
生い茂る草むらを抜けると大きめな湖が目に入る。澄んだ湖とは言い難く苔と藻によって緑色に見え周囲にはカエルの鳴き声が響いていた。そして湖を挟んでちょうど彼らの反対側に古びた屋敷があった。禍々しい髑髏の装飾がなされておりとげとげしい屋根は恐ろしいものを感じるが、同時に壁はつぎはぎだらけで明らかに掃除が済まされていなさそうな倉庫が横にあるため滑稽にも見えた。
これにはナナシ達も面食らった。
「なんか想像とは違うものが出てきましたよ」
「私もだ。しかしあの屋敷は修理したように見えるが」
「あれは相当前にバンバに住む者が引っ越した家ですよ。村の皆も知っていましたが解体も手間で放っていたんです。まさかあれを使っていたとは…」
「ともあれあの修理の跡を見れば間違いなく何者かが住んでいることがわかるな。抵抗してこないのが一番だが」
そう言いながらマスターは槍をどこからともなく取り出す。軽い言い方であったが彼の視線がつぎはぎだらけの壁の隙間に向いたのはナナシでも気づいた。
そして次の瞬間…
『ぐひゃああああ!!!』
どこか間の抜けた鳴き声を上げながら魔物が数匹飛び出してきた。この世界に来て初めて襲ってきたクマに似た化け物が先頭に、豚鼻で三つ目のロバ、舌に棘がついたようなトカゲが続いて突撃してくる。よく見れば羽のついたサルも数匹上に飛びあがっていた。
マスターは慌てずにクマの魔物の口を目掛けて槍を突き通す。相変わらず見た目に似合わない剛腕は突撃してきた魔物の勢いを完全に殺していた。そのまま強引に槍を振って魔物を離すが以前のと違い魔物は受け身を取ってその凶悪な視線をマスターに向ける。口からドバドバと紫色の血が出ているが魔物は気にする様子なく唸り声をあげる。
「おっとこの前のよりは恐ろしいな」
マスターの言葉にはみじんも恐れを感じさせるものはなかった。
一方でアンニンも狙いを定めてボウガンを撃つ。その腕前は鮮やかでクマの魔物の後ろにいた二匹の目を矢が貫いた。二匹ともよくわからない叫び声をあげながらめちゃくちゃな方向に走る。ロバの方は湖に突っ込み、トカゲの方は林の方へ入っていった。
二人と違ってすっかり縮み上がってしまっているのはナナシの方であった。ここまで壮絶になるとは思わず、羽サルが投げつけてくる小石をよけるので精いっぱいであった。アンニンが狙いをつけて羽サルを狙うが的が小さいうえに飛んでいるために器用に避けられる。なんとか当ててもすぐに屋敷から新しい奴が出てくるためきりがなかった。
「これではいつまでも終わりませんぞ!」
「僕が煙玉を投げれば…」
「お若いのそれは最終手段です。自分のために取っておきなさい」
「こんな雑魚ども相手に時間をかける必要はないさ」
そう言ったマスターは魔物との距離を一気に縮める。魔物は腕をぶんぶんと振って攻撃するも、マスターはひらりひらりと攻撃をかわし再び魔物を突き刺した。今度はあごから脳天まで突き刺したためさすがに魔物も絶命した様子であった。そして屋敷を目掛けて魔物ごと槍を投げ飛ばす。ちょうどそこから現れた羽サル数匹が死んだ魔物の下敷きになった。さらにマスターは手を上に掲げて羽サルを狙って炎の球を撃ち出す。大きさは野球ボール程度だがその速度は素早く狙いも完ぺきで羽サルを燃やした。
「さてこんなものだろう」
「まず羽サルの発生源らしき場所を抑えますか。さすがですなマスター」
「でも今ので魔女が下敷きになったら…」
「ないと思うがな。あれくらいの魔物を使役するんだ。そこまで腕に自信がないやつとは思えない。まあ見に行くか」
そう言ってマスターとアンニンが歩を進めた瞬間であった。ナナシは突然何かに足を捕えられその勢いで顔から倒れてしまう。足についたのは鎖付きの足かせで起き上がろうとするもそれがするすると森の中に引っ張っていった。
「うわっ!!」
「しまった!油断した!!」
「お若いの!」
すぐにマスターとアンニンが助け出そうとするもさっき森に入っていったはずの魔物がものすごいスピードで再び出てきて彼らに突進する。突然の体当たりにアンニンは弾き飛ばされ、マスターは槍で防ぐ。魔物の目はつぶれているがなぜか血は出ておらず魔物も苦しんではいなかった。
ナナシはあっという間に森の中に引きずり込まれていき彼の視界からマスター達が消えていった。ナナシの心にどんどん暗いものが入り込んでくる。不安と吐き気が止まらない。叫び声すらも出なかった。それでもなんとか声を振り絞ろうと思った矢先、何かが彼の頭を強打しそのまま意識が沈んでいった…。
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