第4話
個人的に異世界もので一番ワクワクするのはオズの魔法使いだと思うのです。
「あいや我らが偉大な男マスター・Mよ。久しぶりですなぁ」
マスター・Mがバンバで会うと言った男アンニンはぽっちゃりした体が目を引く中年であった。その丸っこい見た目を裏切らないような穏やかさと陽気さを併せ持っており不思議な魅力がある男であった。なんでも彼はマスターの知り合いの孫にあたるようだ。
「悪いが今日は寝床が無くてねぇ。一晩泊まらせてくれないか?」
「客人は久しぶりです。どうぞごゆるりとしていってくだされ」
アンニンは丁寧にマスターとナナシを歓迎してくれた。家は大きなログハウスで部屋もいくつかある。なんでも彼の家系は古くからこの村に住んでおり今では村の重鎮となっているのだ。それを知る前のナナシでも他の家屋よりも豪華なこの家を見れば彼が村の中でも特別な位置にいることは想像できた。
夕食時はマスターから振ったその話題がもっぱらであった。
「じゃあ彼女の頃からカボチャ栽培が始まったのか」
「カボチャ以外にも多数の野菜をです。私の祖母はとてもエネルギッシュな方でしたからね。旅先で見つけてこの地にそれらの種を持ってきたのは英断でしたよ。おかげでここの名産のひとつになったのですから」
鼻を鳴らして自慢げに話す。なんでも彼の祖母は世界を旅しており、様々な作物の種やその栽培技術を学んでいたらしい。この村に戻ってからそれを存分に活用し多くの農産物を育て上げた。元よりあった農産物の質も上がり、バンバの名物にまでなったのだ。
彼の話しぶりは自分の祖先に誇りを持っている様子だ。少し鼻につくような気もするが、もてなしの夕食を見ればそんなことはすぐに吹っ飛んだ。料理はバンバ炒めにカボチャのスープ、さらに牛のような頭を二つ持ち引き締まった体を持つモーグスと呼ばれる動物の肉料理が振舞われた。どれも味がよく温まるものであった。
しばらくナナシは聞き役に回り料理を楽しんだ。腹が減っていたのもあるが先ほどの不安を紛らわせたいのもあるだろう。一方でマスターは話の方に集中しており何度も箸の動きを止めた。
「彼女には世話になったものだよ」
「お互いさまというものです。あなたが我々にしてくれたこと忘れはしませんよ」
「時代とともに忘れていいものだと思うがね」
「それでも今感謝することが大事なのです。おかげであなたも余計な問題を抱えたはずですから」
「問題で思い出した。ここ最近の子供を襲う魔物について何か知らないか?」
穏やかな昔話になるのかと思いきやいきなり不穏な話に切り替えられてアンニンは少し考え込む様子を見せる。
「その様子は知っていると見ていいか?」
「残念ながら知っていることはないのです。ただ考えはあります」
「考え?」
「私はバンバではありがたいことに相談役として顔が聞いています。なにか問題や噂があれば情報はすぐにでも入ってきます。それで今日の早朝に羽の生えたサルを見かけたとの話がありまして」
「サル…あっ!」
何か思いついたようにマスターは手を叩く。
「なるほど私を知らないのも納得だ。しかしこんなところまで来るかね?」
「そこですよ。彼女らならもっと別の地に行くはずでしょうに」
「あのー誰のことを話しているんですか?」
いよいよ聞くだけじゃ理解が追い付かないナナシが二人に問う。さすがにこれ以上わからないのはまずいと思ったらしく口の中にあったものを強引に飲み込んだ。
「魔女のことだ」
「魔女なんているんですか!」
「奴らは自分の僕に羽サルを使うことがほとんどだ。子供をさらうというのは食うためだろう。あいつらは成人していなければ食おうとするからな」
それを聞いて気分が悪くなる。さすがに人肉を食すというのは生理的に苦しく感じた。どうもこの世界に来てから驚きや感動と同じくらい後悔も経験している気がした。
「ただ魔女はこんな地には来ないはずなんだがなぁ。彼女らは暗さと湿気があるような場所の方が好むのに」
「でも森の中ならそういう場所もあるでしょう?」
「もちろんここ周辺の土地にも木で日影が出来たり湖の近くで湿気が溢れる場所はあります。しかし魔女の好む場所は…もっとこう禍々しいのですよ」
マスターとアンニンは説明するがナナシはちょっと腑に落ちなかった。信じられないことのようだが、実際に魔女がいるかもしれないのだからうだうだ言ってもしょうがないのに。
「どっちにしろ調べる必要があるな。アンニン、明日の早朝に案内してくれ」
「今日じゃないんですか?」
ナナシは不安そうに問う。彼としては早々に不安を取り除きたいのだろう。
「魔女は夜に活発になる。わざわざその土俵に上がる必要はないだろう」
「それでも不安ですよ。魔女はどんなことをしてくるんです?」
「魔法に優れているしこれまでの事件から魔物を使うこともあるだろう。他にも…待て。どうしてお前がそんなことを気にする?」
「だって明日魔女に会うというのに何も知らないで行くなんて。何かおかしいですか?」
「お前は留守番だ」
「留守!?」
「当然だ。なぜ得物を連れて犯人の本拠地へと向かう必要があるんだ。鴨が葱を背負って行くわけじゃないんだぞ」
ぐうの音も出ない正論にナナシは不満げな表情をする。これについてはナナシの好奇心だけなのでわざわざ魔女の家に向かう必要性はなかった。もちろんナナシとしても恐ろしさはある。ただそれ以上に魔女というのがどんなものか気になってしまったのだ。それに彼が魔女の恐ろしさを知らないのも大きいだろう。彼はマスターといれば何とかなるという考えがどこかにあるのだ。
すると意外なことにアンニンから助け船が出た。
「マスター・M、私としてはあまり賛成できませんな。私たち二人が出払っては彼がひとりになってしまいます」
「こいつもそこまでガキじゃないのだ。留守番くらいひとりでできるだろう」
「そういうことではありません。万が一にでも一人でいるときに魔物に襲撃でもされたら命にかかわります。あなたにはあなたの使命があるはずでしょう?」
この問いかけにマスターは何を思ったのか急に閉口する。その表情はなにか厄介な失敗をしてしまったような表情で大きく息を吐いた後に再び話始める。
「…それもそうだ。よしナナシ、明日は私たちと来い。しかしそばを離れるなよ。食べられた人間を生き返らせるほど私は万能ではないからな」
「わ、わかりました。なんとか役に立ちますよ」
「余計なことはしなくていい。お前はまず身を守ることだけ考えるんだ」
くぎを刺すように厳しめに言うとマスターは席から立ち上がった。どうやら用を足しに行ったらしい。
残されたナナシはアンニンにまず礼を言う。
「ありがとうございます」
「お若いの、私はただ思ったことを言っただけですよ。明日はくれぐれも注意してください。魔女は凶暴でこそありませんが多くは残虐なところが目立つものです。余程のことでなければ自分の身を第一に動くべきです」
「わかりました。でも大丈夫ですよ、マスターもいますし。それに本当に魔女なんですかね?」
「もちろん羽サルの存在だけでそれを断定するのは早計でしょう。しかしあれは魔女の住む地域にしかいませんのでほぼ確実と見ていいでしょうね」
「今さらながら身震いもする気持ちですよ」
「とにかくあなたは気を付けてその上で経験してください。マスター・Mから聞きました。あなたが記憶を失った別世界の人間であることを」
すでにそこまで聞いていたことに面食らうも、アンニンは気にせずに話を続ける。
「記憶を失うということは恐ろしいことです。私もかつて同じような経験を持つ人を知っていますがそれはそれは深い悲しみを抱いていました」
「じゃあ、あなたはやはり僕に新たな経験をさせるためにマスターに言ったんですか?」
「さっき言ったばかりでしょう。私はただ思ったことを言っただけだと。いずれにせよあなたは元の世界に戻るために、記憶を取り戻すことを努力すべきです」
「でもそれって…」
「アンニン、水が流れないのだがどうすればいいんだ」
ちょうどその時戻ってきたマスターが困った様子で戻ってくる。アンニンは立ち上がりトイレの様子を見に行ったため彼らの話はここで途切れた。
残されたナナシはアンニンの最後の言葉を気にしていた。どうも記憶を取り戻すことは元の世界に戻るために必要なことと思ったのだ。あの言い方だと彼は元の世界に戻る方法を知っており、それどころかハ―ファーについても知っているかもしれない。しかしナナシが一番疑問に思ったのは彼が知っているのならばマスターにそれを教えない理由がわからない。いやもしマスターが知っているのなら…なぜそれを自分には言わないのだろうか。
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