第2話
もうすでにネタが怪しくなっている自分に情けなくなります。
「マスター、そろそろ休憩しましょうよ。もうかなり長い時間歩いていますよ」
「いやもう少し歩く。あと少しで休憩所があるのだ。そこで馬車を使えばあとは近くの町まですぐに行ける」
リュックを担いだナナシがへばって変な歩き方になっている一方でマスター・Mはしゃんと足を進めていた。傍から見たらどっちが老人か分かったものじゃないくらいだ。もっともナナシの言う通り、かなりの時間歩いていたので疲れるのは仕方のないのだが。
ナナシがマスター・Mと出会って四日、まずは一番近くの町であるスオートに向かっていた。道中はテントに寝泊まりしており快適とは言えなかったが、それ以上にナナシの想像を超えるものが多かった。見たこともない猛獣や植物、それを相手に武器や魔法で戦うマスター、本や映画で見たことあるものが現実に目の前で繰り広げられているのはとても壮観であった。特に魔法についてはナナシも使いたいと思い道中でマスターから指導を受けたのだが…
「全然できない!」
手のひらに力を入れるも豆粒にも満たない炎があるだけだ。目的の休憩所に着いてからずっと試しているが彼の魔法は上達する兆しがなかった。この魔法というものは空気中にある魔力を別のエネルギーや物質に実体化することなのだが、ナナシはどうもコツがつかめなかった。
「またやっているのか」
「やっぱりマスターこれ難しいですよ!」
「慣れていないならそうだろう」
たんぱくに返すマスターにナナシは少しイラっときた。この魔法についてはこの世界で生きていくためには大切なものということで彼から教えてくれると言ったのに今のところは炎の球体を作り出す魔法のやり方を教えただけでそれ以外は自主練習だ。
これはちょっと放任しすぎではないだろうかとすら思う。自分に見込みがなくて勝手にやらせているだけな気もしてくるくらいだ。
「もしかして僕って魔法の才能がないんですか?」
「才能ってお前、まだ初めて3日程度しか経っていないんだぞ。それで才能どうのこうのって言えるものじゃないだろうに」
「イヤイヤすごい人っていきなり出来るとかってものじゃないですか?」
「そんな奴、何人もいるものではないだろう。才能は自分で磨いていくものだ。とにかく練習、疲れたらきちんと休息も入れる。この程度の魔法ならそれで覚えていくしかないのだよ」
腑に落ちないがナナシは納得することとした。というよりもこの男しか現状頼れるような人物がいないので仕方ない面はあるのだが。
その時、休憩所の家主がひょこっと顔を見せる。
「お客さん、馬車が来ましたよ」
この世界に来てから初めて町を見たのだがこれもまた刺激的であった。道にはで店が並んでおり文字通りいろいろな人が様々なものを売っていた。マスター同様にローブを被っている人物が可愛らしい雑貨を売っていれば、腕6つ顔3つというアシュラのような人がフライパンを振るっているのも見えた。緑色のゴリラのような体格の人物が細かく貨幣を数えたり、逆に自分の半分も無い一つ目の人間が力任せに獣の皮を引きちぎっている場面なんかも目に入る。どこまでいっても自分の想像をはるかに超えたものが見えるのは気分が良かった。
「マスター、いろいろな人がいますね」
「この世界は多種多様だ。生物も環境もあらゆるものがな。済ませたい用事もあるがまずは食事にしよう」
そう言ってマスターに連れられてナナシは食事処に入った。店の名前は…
「なんて読むんです?」
「こっちの文字はそのうち覚えるだろ。入るぞ」
新鮮なことばかりだが良いことだけではない。まず文字が読めないのだ。会話はマスター曰く空気中の魔力に通されると勝手に伝わるようになるので問題ないとのことであった。つまり言葉を知らなくても会話はできるということだ。ただし文字はそうはいかない。種族ごとに使っている文字が違うのでかなりややこしい。いちおう共通文字もあるのだがこれも理解するのには時間はかかりそうだ。
これまではマスターと会話するだけだったので文字は気にしなかったのだが、ここにきて困ってしまった。
「メニューが…読めない」
「読めたところで意味がないと思うがねぇ。ここの店にはおススメが二種類あるからそれを頼むぞ」
マスターはテキパキと注文すると運ばれてきた水を半分ほど一気に飲む。ここ数日で見た目以上に彼は行動力がありハツラツとした人物であることをナナシは理解した。どこか学校で生活指導の教師をしていてもおかしくないだろう。
「ところで何か思い出したか?」
「…まったく思い出せません」
申し訳なさそうにナナシは答える。驚きの連続である別世界での冒険だが自分のことを考えない日はなかった。しかしいくら頑張っても自分を思い出すことはできなかった。さらに自分の家族、友人も思い出せず住んでいた場所や通っていた学校の名前なんかも思い出せなかった。ただし自分が日本人であることや言葉の読み書きなんかは覚えている。いわば彼の忘れていることは自分に関係する記憶だけにモヤがかかっているような感じなのだ。
「だいたい他の人ってどうやって記憶を取り戻したんですか?」
「はっきりとした証明がないので断定はできないのだが、多くの人は経験がカギだと言われている」
「経験?でもこんな初めてのものばかりのことで同じ経験ができると思いませんが」
「経験によって感じる情動が重要なのだよ。感動、悲しみ、怒り…感情は経験によって記憶と共に思い起こされるというのが通説ということだな」
経験の言葉をナナシは噛み締める。正直なことを言うと半信半疑な気持ちであった。イクセリアに来てから様々な経験をしたつもりであった。少なくとも感動については間違いなく何度もあったのだから何か思い出しても良いような気はしていた。
「もしかして感動も何もない冷たい人間とかだったのかなぁ…」
「私はお前がどんな人間か知ったことではないがね。まあ、今の自分の目でこの世界がどう見えるのかを考えればいいさ。通説が当たっているのならお前の世界と似たようなことは起こるはずだからな。
それにまずは目的地に着くまでに死なないことの方が重要だろう」
「お待たせしました」
ちょうど会話の区切りがついたところに店員が料理を運んできた。じつはナナシは食事を楽しみにしていた。この町に来るまで食べていたものは果物(これもひょうたん型だったりねじったロープみたいな形だったりと不思議な見た目であった)とマスターが作ったちょっとしたスープ程度であった。どちらも味は悪くはないのだがどこか物足りなく感じる味だったので、しっかりと満足感のある料理を食べたいと思っていたのだ。
「ベランメイの煮込みとバンバ炒め定食です」
テーブルに置かれた料理は判断に困る見た目であった。煮込み料理の方はビーフシチューのような見た目だが皿の中央に尻尾のような物が伸びている。一方で炒め物の方は多様な具材は食欲をそそられるがところどころに見える野菜(?)の毒々しい色が気になってしょうがない。
「どっちがいい?」
「いやその…なんですかこれ?」
「煮込みは近海で取れた魚と怪獣の合体生物を材料にしたもの、炒めはここから少し行ったところの村特産の野菜をふんだんに使っているな」
「これはさすがに意味不明すぎますよ…」
「郷に入っては郷に従えだ。町を出たらまた食料は現地調達だったりだんだんと悪くなっていく保存食程度になるから食える時に食っておけ」
「じゃあ…定食で」
迷ったあげくナナシが選んだのはバンバ炒めの方であった。さすがにあの尻尾を目の前に食べる意欲はなかったらしい。ナナシは箸で炒め物をつまむ。こんな料理でなかったら箸や皿が使えることにも興味を示していたかもしれないが、今はそれどころでなかった。意を決してナナシは炒め物を口に入れる。
「あっ美味い」
思わず口から出た言葉だった。信じられないほど美味しいというほどではないが何度も口に入れたくなるような癖になる味であった。毒々しい色の野菜もちょうどいい歯ごたえでしっかり絡んだソースによく合った。
ナナシとしては食事が文字ほど不安要素にならないことに安心しつつ、食事で感動はあり得るのかということなんかも考えながらマスターと共に黙々と箸を進めていくのであった。
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