第1話
初投稿ですがまずは完結を目指してやっていきます。
少年が目を覚ますとそこは雲一つない青空が広がっていた。全身に痛みがあり体を起こすもだるかったが、地面に違和感を持ったならば起き上がってしまうものだ。体がふかふかの草原に横たわっていたことは起きて気が付いた。穏やかで静かな場所。見渡す限り何もないように思えたが…。
「目が覚めたか」
突然、少年の後ろからしわがれた声が聞こえる。振り向くとローブを被った大柄の老人が彼を見下ろしていた。しわだらけの顔であったが髭は短く、目はどこか生き生きとしているように見えた。
「あの…どちらさまで?」
「周りからはマスター・Mと呼ばれるしがない老人だ。キミが倒れていたのを見て来たのだよ。気分はどうかね?」
「大丈夫です。全身が筋肉痛みたいなのは気になりますが…ところでここはどこですか?」
「ここの草原に名前などないよ。人が住んでいるわけでもないし、目新しいものがあるわけでもないからな」
マスターの言う通りだと思った。草原以外に見えるものといったら崖とその先に広がる海くらいなもので建物なんかは見えない。むしろどうして自分がこんなところに横たわっていたのかが気になるものだ。こんなファンタジーめいた場所に…。
「お前さんは?」
「えっ!?」
「お前さんの名前だよ。何者かわからないとこっちも困る」
「ああ。僕は…」
名乗ろうとしたところで少年の舌が止まった。なぜ止まったのだろうか。自分の名前を口にすることなんて普通のことではないか。別におかしいことではないはずだ。しかし彼は名乗ることが出来なかったのだ。彼は自分の名前を忘れてしまったのだから。
「ちょっと待ってください!名前なんですがね…!」
少年の焦りはどんどん加速していった。自分が何者かわからないことで不安が掻き立てられていったのだ。身分を証明するものがないかとポケットを漁るものの何も入っておらず携帯電話もない。
しかしこの明らかな不審者ぶりにマスター・Mは別に驚いた様子はなかった。
「やはりな。自分の名前がわからんか」
「やはりって何か知っているんですか!?」
「お前さんの見た目と反応で予想はしていたが、どうもこの世界の人間ではないようだな」
「この世界ってどういうことです?」
少年の疑問に少し考えるようにマスターはあごを撫でる。彼はまだ不安と混乱があるも、この老人が何かを知っているということがどこか安心できるものにもなっていた。
「話の続きは腰を下ろせる場所でしよう」
草原の広さはそこまででもなく、20分ほどでマスター・Mの拠点であるつぎはぎだらけのテントが張られた場所にたどり着いた。なおその間に少年は何度も老人に話しかけたがまったく反応はなかった。
熱い飲み物の入ったカップを渡された少年は老人に促されるまま椅子に座る。ここまで老人の言う通りに動いていたが、改めてみるとこの人物は少年の今までの経験の中でずば抜けて奇天烈な人物な気がしてきた。現代社会でこんなローブを着ている人はまずいないだろうし、マスター・Mなんて呼び名だとしても映画とかでしか聞いたことがない。それにこの男の立ち振る舞いはどこか世間離れしているような印象を与えてくるのだ。それでも何かを知っているならば訊くしかないものだ。
「飲みなさい。体が温まれば少しは落ち着くだろう」
「ありがとうございます。ところでさっきの話の続きなんですが」
「ああ、そうだな。まずこの世界についてだが…」
話し出そうとすると老人は突然立ち上がりどこからともなく取り出した槍を構えた。その動きはあまりにも早かったが、間もなく現れた巨大なクマに考える余裕がなかった。そのクマも体格こそ老人より一回り大きい程度であったが、口からはみ出るほどの牙があるわ、牡牛のような角があるわで少年の知るクマとは明らかに異なっていた。
クマは老人目掛けて鋭い爪のついた腕を振るう。彼は素早くよけると懐へ入りそのままクマの喉元をしたから槍で突き刺した。あまりにも素早い手並み、加えてクマを貫くその怪力に少年の口は塞がらなかった。
「さてちょっと邪魔が入ったが話の続きをしようか」
「い、今の…!?」
「こいつは魔物だな。ここまで見境ないのは珍しいが」
マスターはなんてことなさそうに槍をクマから抜くとちらりと目を横に向ける。どうやら魔物の攻撃がテントをかすめたようで一部に大きな裂け目が出来ていた。しかし彼はため息をついただけで話を続けようとする。少年はもっと追及したい気もしたがまずは彼の説明を聞こうと思って閉口した。
「まずはこの世界についてだがここはキミのいた世界とはまた別の世界だ。名前をイクセリア」
「別世界ってファンタジーじゃあるまいし…」
「しかしお前の身に起きたことを他にどう説明する」
マスターの言うことは最もであった。理由もなくこんな場所に来たこと、どことなく現実離れしている老人や風景、先ほどのクマの化け物に襲われたことの全てが説明できてしまうのだ。
「しかし僕はどうしてここに」
「お前が死んだからであろう」
「はっ!?僕が死んだってどういうことですか!」
再びの衝撃発言に少年も目を丸くする。彼の驚きにも動じず老人は説明を続けた。
「じつはこの世界には別の世界から人が来ることがあってな。そいつらがこっちの世界へ来る理由は元いた世界で死んだからだと聞く」
「で、でも僕みたいに忘れているならそれも本当かどうか…」
「ごくまれに記憶をまるまる持っている者が来る。そいつらから話を聞けば全員が何かしらの要因で命を落としたからだというのだ」
「だから僕も死んでいると…」
「その通り」
体中を脱力感が襲った。この人が言うことが真実ならば自分はすでに死んでいるというではないか。自分の体を見ればせいぜい年齢は10代後半といったところであろう。この若さで命を落とすなんてあまりにも酷く思えたのだ。もっとやりたいこともあったはずだ。もっと考えることもあったはずだ。今は自分を忘れたせいでそれすらできないのがもどかしい。
「さてこれからどうしたい?」
「どうしたいって…ここでどうやって生きていくかなんて検討もつきませんよ。僕はいったいどうすれば…」
「ずいぶん弱気だな。こっちで生きていくことを決めたか」
「だってそれしか方法がな…待って!その言い方だと元の世界に戻ることも可能ということですか?」
「詳しいやり方は知らん。しかし別世界から来た者が全員この世界に残ったわけではないことを知っている。噂ではここからはるか遠くのハ―ファーという地に別世界へ向かう方法があると聞いたことはあるが」
「じゃあ僕をそこまで連れて行ってくださいよ!」
少年からすれば藁にもすがる思いだった。少年は自分を知らない上に一度人生を終えているのだ。自分の世界へ戻るということは生き返るということだろう。そうすれば自分のことを知れる手掛かりがあるはずだ。自分の人生を取り戻すチャンスなのだ。
しかしマスター・Mの言葉は彼を裏切るものであった。
「断る」
「どうしてですか!?」
「その態度が気に食わない。人にものを頼むのに上から目線なんて馬鹿がいるか。きちんと頭を下げられないような人間に手を貸したくなんてないわ」
言われてみれば自分は少し無礼だったかもしれない。自分がわからないという不安からクマの化け物に襲われた事実、さらに自分が死んでしまったという絶望にそこから何とかなるかもしれない希望が彼をヒートアップさせたのだろう。
「あのさっきは申し訳ありません。えーっとどうぞその場所まで連れて行ってください」
「…まあいいだろう。私も自分のやるべきことはわかっているつもりだからな」
マスター・Mの機嫌はあっさり直った。元より本当に機嫌を損ねていたかは怪しい反応であったが。
「それではさっそく旅立つ準備といこうか。ナナシ、テントを片付けておけ」
「ちょっとナナシって僕のことですか!?」
「名前が無いのだからそれでいいだろう。」
ナナシと名付けられた少年はイヤそうにテントに手をかける。しかし文句など言ってられない。本当に人生を取り戻す可能性があるのなら、自分の世界で自分を知れるなら彼は自分のできることをやろうと決心するのであった。
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