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いつかのメリークリスマス





 胸を絞める痛みを隠した。悟られないように気を配った。


 ――これでよかった。バレなかったはずだ。

 彼は、彼女を送り届けた帰り道でそんなことを思っていた。




――――――――――




12月24日。

「よっ。ひさしぶり」

 彼は気さくに声をかけた。


「まあ、ぼちぼちにやってるよ。あれから結構大変だったけどな。――あれやこれや聞かれないのは気が楽だったけど。そのかわり、みんな配慮して話しかけてくれないしさあ。やぶ蛇にならないように、避けられたと言うべきか。……いやキツイよ。まったく、おまえ、代わってくれたらよかったのに。まったく」


「……いや、心配するなよ? ボッチだけど、べつに寂しいわけじゃないから。いいや……一匹狼みたいなカッコイイ感じじゃないけどさ。――最近は話してくれる人もいるし。ほら、憶えてるだろ? 青辰小のテニスクラブでいっしょだったエビヤくんとかさ。家に遊びに行ったこともあるだろ?」


「どうせその1人だけだろって? いやいや、そんなことはないぞ。アスカさんとか。――ゲーム仲間なんだ。ポーモンの深い話もできるし。最初はなんかキツイ人かと思ってたけど、なんだかんだ人情に厚い人だし」


「いやだから寂しくなんてないって。――は? いや、いるよ。……彼女くらい、いるよ。――いや、嘘じゃなくて。マジだから。絶対本気にしてないだろおまえ! いるから! どうせブサイクなヤツだろって? 失礼なっ! いや、かわいいから」


「皆元さん、っていうんだけどさ。元気で愛嬌があって、いつも笑顔で、他人のことを大切にするし、そのために行動もできる。このマフラーもプレゼントで貰った物なんだ。……まあ、ちょっとヘッポコでウザ絡みしてくるのが、珠に傷だけど。なんだかんだ優しいし。――お前が惚れても、絶対に譲らないからな? んなわけない、って? いや、信用ならないなあ」


「ま、こっちはそんな感じだよ。だから、さ。――なんの心配もいらないよ」



 ――ん?

 ふわり、と首筋が濡れた。

 顔を上げて空を見上げると、雪が降り始めていた。

「……雪、か。――ん。あれ?」

 人の気配。辺りを見回す。

「……え」

 目が合った。

「……あ、……あっ!」

 そこには彼女が立っていた。


「――みなもと、さん?」















 ジト眼の彼が訊ねた。

「ねえ皆元さん。正直に話してね。――どこから聞いていた?」

 口調がマジだった。

「えっ、えーっと、いま通り掛かったところだから、ほぼ何も聞いていないけれど……」

「……本当は?」

「えっと、あの、その、心配するなって声が――その、聞こえました。はい」

「そこか……」

 考える。――ほぼ最後の最後だけだ。

 ――まあ、それなら許容範囲内だろう。

 ……最後の最後だけならば。




 寒いからだろう――顔の赤くなった彼女。

 彼の質問は続く。

「それで皆元さん、なんでここにいるの?」

「昨日話したよね? ここ、家への近道なんだ。お母さんに買い物を頼まれて、スーパーに行って、その帰り道なの」

 ほらコレ、と膨れたビニール袋を掲げて見せた。

「なるほど。……油断してたな」

「うん。まさか真斗くんと会えちゃうとは思わなかったよ……。昨日は、私とは会えないって伝えていたもんね。ごめん」

「いや、しかたがないよ。本当に偶然だしさ」

 彼としては、クリスマスだからといって、易々と奇跡を起こして欲しくなかった。




 彼にも、余裕と感情が戻ってきた。

「それで皆元さんは、どこまで気がついていたの?」

「気がついたことは何もないよ。――ちょっとおかしいかな、って思っただけで」

 不審に思っていた点をあげる。

「昨日、真斗くんは私に会えない理由として一番最初に『用事がある』って言っていた。そのあと『家族で過ごす』と話したよね。ちょっとこの時点でおかしいなと思ってた。――『家族で過ごす』のは『用事』の内に入るのかな? って」

「……そっか」

「そのあと、『準備がある』って説明してた。だから今日は帰るって。それに『親戚が来る』とも話していたね。だから私、『大規模なクリスマスパーティ』が開催されるのかと思ったね」

「……なるほど」

「……でもでも、それなら、ほんの少しだけでも私に時間を割いてくれてもいいのに、と不満に思った。少しくらい抜けられるでしょ? トイレに行くとか言って。それに、そんな準備のいるような大規模なホームパーティなら私を呼んでくれたらいいのに。――それなのに、頑なに『無理』っていうから、浮気を疑ったね。うん」

「……しないって」

「でも、それでも、おかしいとも思えた。――それなら、私に言ってくればいいのに、『親類でクリスマスパーティするから呼べない』って。なんで理由を言ってくれないんだろう」

「……まあ、ちがうからね」

「うん。そのようだね。真斗くんが私に伝えたことが全部本当だったとして、『家族で過ごす』のに『用事』で、『準備があって』『親戚が来る』――そして『私に言いたくない』という条件。思いつくことはあったけど、違うと思いたかった」

「……」

「いま真斗くんが、この場所に、そういう格好でいたから、全部わかったよ」

 彼が、お墓に、制服でいたから、彼女はすべてを察した。



「……法事、だったんだね」



「まあ、ね」

 彼が薄く笑った。昨日と同じように。

















「まったくまったく。真斗くんは、なんで言ってくれなかったのさ。――初めから、そう言ってくれれば、私もおとなしく引き下がったのに。……まあ、その理由もわかってるけどね」

「……」

「――真斗くんは、私を暗い気分にさせたくなかったんだよね? せっかくのクリスマスなのに……」

「わかっているなら、みなまで言うなよ……」

 彼が溜息をついた。




「だから、真斗くん。ごめんなさい」

 彼女が丁寧に頭を下げた。

「え? なんで謝るの皆元さん」

「昨日、私、とっても嫌なこと言ってた」


 ――誰かが死んだとか、そんな話しじゃなくてよかったよ。わざわざクリスマスに暗い気分になることないもんね。


「……」彼は憶えていた。

「きっと、傷つけちゃったと思うし、言い難くしちゃったと思う。――だから、ごめんなさい」

「そんなことないよ。皆元さんには、せっかくのクリスマスなんだから」

「…………」

 彼女は、めずらしく神妙な面持ちだった。


 彼が切り出した。

「明日が、……命日なんだ。その、親戚の」

 彼が目の前にある苗倉家の墓を見ながら伝えた。

「そうなんだ。親戚の……」

「三回忌とか、そういうのは昨年で、大きな法事じゃないんだけど。親戚で集まっていたんだ。それでも命日だから」

「……」

「で、もう法事は終わって、親戚のおじさんおばさん達も解散したんだけど、ちょっと僕は、この親戚に言いたいことあったから、僕だけ残ったんだ」

「……ああ、うん。だから1人でいたんだね」

「ああ。――だから本当は、皆元さんに無理やりにでも会おうと思えば、会いに行けたんだけど、会いたくなかったんだ」

「……」

「遊んだりとか、パーティしたりとか、そういう気分には、どうしても、なれなかったから。だから断ったんだ。会えないって。無理だって。――ごめん」

「……うん。しかたないよ」

「うん。悪いね」

「でもね。真斗くん」

「なに、皆元さん」

 彼女が言った。


「なんで私に言ってくれなかったのさ、真斗くんは! まったくもお。言ってよ!」

 ちょっと怒ったような不満顔で。


「え、ええぇー」落胆。力が抜けた。

「それでも、言ってよ。私に!」

「いや、だって、いま理由、言ったじゃん」

「うん。予想してたし、本人から聞いたし、理由はわかった。――それでも言ってよ!」

「……だってさ、皆元さんには関係ないし」

「関係あるよ!」

 彼女は力を込めた。

「真斗くんが悲しいんだったら、私も悲しいんだよ! 真斗くんが寂しいんだったら、私も寂しいし。苦しいんだったら苦しいんだよ。――そういう気持ち、共有させてよ」

「………………」

「せっかく、いっしょにいるんだから……」

「…………」

「1人で背負わないでよ。……さみしいじゃん」

「……」

 自分勝手な理由だと思った。

 でも、それでも、その気持ちが優しくて温かくて嬉しかった。 

「……だから真斗くん。話してくれて、ありがと」

「え」

「このまま、なにも知らずに、私だけ楽しいクリスマスを過ごすより、ずっと良かったよ。絶対あとで知って後悔してたもん。真斗くんが悲しんでいたのに、私はなにをやっていたんだ、って。ただ私の気持ちの問題だけどさ」

「……」

「だから、その、教えてくれて、いっしょに悲しめて良かったよ。――いや、良くはないし、私はこの親戚さんのことを知らないから、全部の気持ちを共感するのはムリだけど」

「……そっか」

「うん。そだよ」

「皆元さん」

「ん? なに真斗くん」


「そういうこと言って恥ずかしくない?」

 彼は肩をすくめて溜息をついて、そっぽを向いた。


「え、えええええぇええ!」

「うん。ハズくないの?」

「いま私、かなりいいこと言った気がするんだけど! 名言じゃない?」

「そういうこと自分で言ったら台無しになるからやめた方が良いと思うよ」

「いやまあそうなんだけどさ! そういわれるといっきに冷静になって恥ずかしくなってくるじゃん! ううぅわあ――――っ」

 彼女が羞恥から真っ赤になった顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。


 彼は彼女から顔を背けていた。

 彼女の想いは理解できた。これからは、気持ちを共有しようとも思う。

 けれど――

「……ありがとう、ね」

「うあぁあ―――――――ん? なにか言ったか真斗くん?」

「いいや、何も言ってないよ」

 そっぽを向いている彼。

 けれど――泣きそうになっている今の顔を見せてやる気はなかった。

 からかわれそうだから。

















「復・活!」

 メンタルリセット。

 彼女が立ちあがった。

「ずいぶんと悶死していたね」

「貴様のせいであろうが!」

 彼女が怒鳴った。


「あ、そうだ。真斗くん。お願いがあるんだけど」

「ん? なに皆元さん」

「クリスマスなんだけど、私とケーキをたべません、か?」

 彼女はすこし硬い表情で提案した。

「……いや、皆元さん。さっきも言ったけど――」

「ああ、うん。そうなんだけど。そうじゃなくて、――今日明日の話じゃないの」

「ん?」

「クリスマスはまた来年も再来年も、その次の年も、ずっとあるでしょ? そのときの話しだから」

「……」

「たしかにこの人の命日ってことは、わかってる。わかってるけど。――でもでも12月24日はクリスマスでもあるから。だから真斗くんにも、すこしだけでも楽しんでほしいし笑ってほしいの。5年後でも10年後でも、20年後でもいいからさ」

「……」

「だから、だから、忘れるも、乗り越えるも、ちょっと表現がちがうと思うけど。でもでも悲しい日であっても、楽しい日でもあるんだから、()()()()()()()()。悼むのは大事だし、大切だと思う。でもでもだからって、それとは別に、楽しんで笑っちゃいけないってことはないと思うんだ」

「……」

「――だから真斗くんの心が大丈夫になったら。いっしょにケーキを食べようよ。いつか」

「……」

 彼はその提案を受けとめて。

「…………はあ」

「何故に溜息!?――いや、ごめん! 無神経だったかな!? 空気読めてなかったか?! イヤまて思えば私、また恥ずか死するようなことを口走ってしまったか……? 10年とか20年とか最早アレじゃん。プロポ……ちょ、まっ、今のやっぱ、な――」

「わかったよ」

「ん? え」

 彼が応えた。

「だから、わかった。って。――いつか、まだわかんないけど、いつかケーキ食べよう」

「……。……っ!……しゃあ! おっけーありがとう!」

 考察、理解、歓喜して、感謝を述べた。

 彼女の笑顔が咲いた。





「ったく。リア充は余所でやれよ。――このクソ兄貴」





「ん? ……え」

「む。どした真斗くん」

「あ、いや、なんでもないよ」

「そ、それではそれじゃあ私、帰るから! まったねー」

 照れた彼女が駆けていった。


「はあ」

 彼が溜息をついた。

 どことなく、先ほどより心が軽い。

 向き直って、語りかける。

「まあ、そんなかんじ。僕は大丈夫だからさ。正志」

 ふっと笑えた。


「ああ、わかってるっての。真斗」


 まったく同じように誰かが笑ったような気がした。




 雪の雲、晴れ間が差した。あたたかい。


【END】










お読みいただきありがとうございました。

お疲れさまです。


『ヅイングルベルクリスマスタンダード』

完結でございます。


『おまけ』もあります。『謎』はありません。

数秒で読了可能。とてもくだらないです!はい。



それから少々、小話をば。

本編とは関係ないので別に読まなくても構いません。遠慮なく読み飛ばし下さい。

戻って『おまけ』をどうぞ。






小話。


実は両親の結婚記念日が3月の某日なのでございます。

まあ、具体的な日付や表現は個人情報やらの観点から避けますが、日本が大変に揺れ動いたあの日です。(これで隠せているのか……?)


テレビやニュースは暗いことばかりです。友人も被害に遭いましたし、たくさんの方がお亡くなりになったことも、わかているのです。


「こんな日に祝うなんて不謹慎だろ」

そういう圧力を感じることがあります。


それでも、うちでは年に一度の結婚記念日でもあります。

だからお祝いしてあげたいのです。


毎日が、誰かの誕生日で命日で

楽しい日で、悲しい日でもあります。


だから、他人のその日を認めてほしいな、という。


そういう気持ちを込めてみた話でした。

まあ、はい。そういうたわ言です。


最後まで目を通していただき、ありがとうございました。

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