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標準的な過ごし方


 歩いて普通に帰宅していた。

 人通りのない冬のお昼の下校路。

 そこにテンションの高い彼女が突撃した。

「おりゃあ、どーん!」

「ぐわあっ! 背中に衝撃が!」

 転倒しないように踏みとどまった彼の背中には、彼女がくっついていた。

「やあやあ、真斗(まこと)くん。奇遇だね」

「ああ、皆元(みなもと)さんか。重い。あと奇遇じゃないよね?」

 彼は、彼女の帰宅方向が違うことを知っていた。()けて来られたのだろう。

「それよりよりより真斗くん。重いとはなんだ重いとは!」

「そりゃいきなり後ろから跳び付かれたら、びっくりするし、そう言うだろ。…………そ、それより、下りてくれない?」

「ふっふっふ。テレるかテレているのか? まっ、仕方ない。下りてあげよう」

 覚悟を決めて飛びついて、抱きついて、顔を真っ赤にした彼女が彼を放した。



「皆元さん、自転車はどうしたの?」

「ああ、そっちに置いてきた。ちょっと待って」

 彼女が道を戻り、電柱の陰から自転車を引っ張り出して、押して来る。

「いっしょに帰ろうよ。――そうそうそうだ。かごに鞄入れる?」

「え。いや、いっしょに帰るって。皆元さんの家、こっちじゃないよね。行って戻ることになるから――」

「まあまあまあ、細かいことは気にするな。真斗くん。――鞄お預かりしますよっと」

 彼女は彼の持っている鞄をひったくった。前かごに投入。

 ハイテンションの彼女がいう。

「ついに冬休みだね。真斗くん」

「ああうん。そうだね。冬休みだね。皆元さん」

「そして明日はクリスマスだね」

「ん? まあそうだね。正確には24日だからクリスマス・イヴだね」

「さてさて、真斗くん。そういうことで――」


「あ、ごめん。明日と明後日は用事があるから」

「ちょっと! 誘う前から断らないでよっ!」

 彼女が一刀両断されていた。




 歩きながら彼女が彼を問い詰める。

「ねえねえ、真斗くん。フツー、クリスマスに用事いれる? ねえ? 女子からのお誘いを断ってまで用事を優先する? フツー。ねえ?」

「そんなこと言われても、前々から決めていたことだしなぁ……」

「もしかして真斗くんから誘ってくれるんじゃないかなー、とか思いながら前日まで待ってみたら、そうきたかー」

「うん。そうだね。だから、クリスマスに時間は作れないな」

「そっかぁ……。てかてかていうか、なんの用事なの? この私からの誘惑を断ってまで行う用事って、いったいなに?」

「いや誘惑って……」

「だからさ! なんの用事なの?」

 彼はすこし答えづらそうにしていた。

「ああ、えっと……クリスマスは家族と過ごす予定なんだ」

「そうきたかっ!」

 正当なクリスマスの過ごし方だった。

 彼女は唸る。

「うむう。なるほど。うむうむー。そうだなぁ。――なんて否定しづらい理由だ。それは仕方ないけれども……。でもさ、クリスマスですよ? たしかに諸外国ではクリスマスは家族で過ごすのが一般的だけど、ここは日本だよ。イヴですよ性夜ですよ?」

「まあ聖夜だけど。でも皆元さん、なんかカンジが違うんじゃない?」

「いやいや、あってるよ?」

「左様ですか……?」彼たじろぐ。

「うーん。じゃあ、それは仕方がないか。むうー。ぷくー」

 彼女が膨れた。ハムスターのように。

「その、悪いね」

「……それじゃあ代わりに、さ」

「代わりに?」

「……いま私、とってもムラムラしてるんだよね……」

「…………はい?」なにか聞き違えたか、と思う彼。

「だから、もしも、それを解消してくれたら、クリスマスの件は、許してあげる」

 ほほ笑む彼女が上目遣いで見つめながら提案した。

 彼は心拍数の上昇を感じた。




 自転車を押す彼女が告げる。

「事件は、この近辺のどこかの高校で起きたらしいの」

「……ん? 事件?」

 彼は混乱した声で聞いた。

「ええ、私のお友達、柑菜(かんな)ちゃんから聞いたのね。その高校にお姉さんが居るらしくて」

「えっと、うん?」

「その柑菜ちゃんのお姉さんのお友達の女子の話らしいんだけど。その女子高生は、なんか教室には居場所がないらしくて、お昼休みは人のいない屋上でご飯を食べていたんだって。教室に居づらい理由は、聞いていないから知らないんだけど……」

「う、うん」

「でもある日、屋上にはその人だけじゃなくて、もう1人――男子が来ていたらしいの」

「うん」

「その男子も教室には居づらいそうで、屋上にお弁当を食べに来ていたの。――そして、2人は仲良くなった。共通点とかあったのかもね」

「ふむ」

「それで、その男子のことを好きになったそうなんだけど。でも、その男子はいなくなってしまったらしいの。行方不明」

「ん?」

「それで、その男子高校生はどこに行ったんだろうって……」

「あの、皆元さん?」

「え、なに、真斗くん」

「なぜ、いきなり事件の話し?」

「さっき言ったんじゃん。モヤモヤしてて、解決してくれたら、許してあげるって」

「さっき言ってないよね?!」彼がつっこんだ。「皆元さんはさっき、ムラムラしてて、解消してくれたら、許すって」

「ちょっ! ええっ! わ、私! そんな大胆で取り返しのつかないようないかがわしいこと言ってないよう!」

「いや! 言ったから」

「い、言ってないよ!」

「言ったって!」

「言ってないってば! なっ、なにを勘違いしたのかな! 真斗くんは。わ私がままるで欲求不満みたいに。ききっ聞き違いだと思うよ。ちょちちょちちょっちょ冷静になった方が良いよ?」

「え、マジで僕の聞き違いか……?」

 自信のなくなってきた彼。

「そそそ、そうだよそうだよ。まったくまったく。困った真斗くんだなあ」

 自身の失敗を思い出せなかったので、そういうことにした彼女。

 そういうことになった。




「そんなわけで行方不明事件の話です。さあ真斗くん、解決してください」

「むちゃを言うなあ……」

「……さっきまでヤる気だったんじゃないの?」

「僕にやる気は始めからないよっ?! いつもないよっ。てか、なんかまた違う気がする」

「とにかく解決できたら、クリスマスの件も、さっきの聞き違いの件も、水に流してあげよう」

 ――これ。水に流す気がないってことか……。

 彼は彼女の本意を理解した。

 しかし、やるだけやる。

「皆元さん。行方不明の男子高校生の名前は、なんて言うの?」

「しらない」

「その友達の女子高校生の名前は?」

「聞いてない」

「てかこれ、どこの高校で起きた事件なの?」

「わからない。たぶんこのあたり、近辺かな?」

「この男子高校生はいつから行方不明なの?」

「不明。たぶん最近、今月から?」

「行方不明の動機に、思い当たることは?」

「なにも思い当たらない」

「この高校生の家族構成と関係は?」

「しらん」

「この人達、何年生?」

「さあ?」

「なにか思いつくことは?」

「ない」

「………………皆元さん。1つ言うよ」

「ん? なにかに。真斗くん」

「むちゃを言うなっ!」

 やるだけもやれなかった。




 彼女が前を歩く彼の背に話しかける。

「さてさて、この行方不明の男子高校生は、どこに行ったんだろう……」

「……」たぷたぷ。

「コラ、真斗くん。スマホいじってないで考えなさい!」

「そんなこといわれてもなぁ……。もう皆元さんから聞き出せる情報ないし……」

「ま、真斗くん。私はもう用済みってこと!?」

「言い方が悪いって!」

「あっはっは」

 彼女が、彼をからかって笑った。

 彼が悪口を吐く。

「ああ、もう。無理だって。これは解決できないよ。じゃ、僕は帰るから鞄を――」

「ふっ。そうはいくか! この鞄は返しません」

 かちゃん。

 鞄の取っ手と、自転車かごが、盗難防止用ワイヤー錠でロックされた。

「のあっ! 僕の鞄が」

「はっはっは。これで貴様は帰れまい!」

「マジかよ!」

「さあ、真斗くん。あなたの鞄は私の自転車と繋がれた。事件を解決するまで家には返さんぞ!」

「それだとずっと帰れない可能性があるんだけど?!」

「真斗くん……今夜は、帰さないぜ」キメ顔だった。

「なぜ乙女ゲーみたいなセリフを……。いや、実際は知らないけど。性別逆だろ僕ら……」

「そんなわけで鞄は返しません。私といっしょに――」

「じゃ、もういいよ。鞄よろしく。そのうち取りに行くから」

「ああっ! 鞄を私に預けて帰る気か!?」

「スマホは持っているし、財布もポケットに入っているから、貴重品は入っていないし」

「そうはさせないぞ。――まて!」

 彼は待たずにそのまま進む。

「真斗くん。今日は2学期の最終日だぞ!」

「……だから?」

「つまり、この鞄の中には――通信簿が入っている!」

「……まさか」足を止めた。

「このまま帰ったら、この通信簿をネット公開してやるぞ!」

「……」絶句した。

「さあ、成績をグローバル公開されたくなければ、私の言うことを聞け!」

「はあ。……そこまでするか……ふつう……」

 彼があきれながら呟いた。

「明日と明後日は家族と過ごすんでしょ? でも今日はヒマでしょう。半ドンだし」

「半ドンって、今どき聞かないよなぁ……」

「意味が通じたらいいの! ほら、今日ならいいでしょ?」

「はあ。まあ、そうだね……。今日ならある程度は平気だけれど。明日の準備があるから、あまり長時間は無理だよ」

「うんうん。ならば良し。私が納得するまで付き合ってもらおう」

「ヤバいな。日付が変わるまで解放されない可能性が出てきた……」

 今日も一応は準備があるんだけどなぁ、と彼がぼやく。

 とにかく彼は、先ほどと同様に道をまっすぐ進む。

「ところで真斗くんの家ってこっちだったっけ? この道、知らないんだけど」

「あ、皆元さんこの道知らないんだ」

「うん。あ、でもでも、いいよ。どうぞ好きな道で帰って。新しい道を開拓できるのは、いいことだから。うんうん」

 彼の家へのルートで知っているのは、最短のルートのみだった。

 つまりこの道は、遠回り。

 ――それって真斗くんも、私とちょっとでも長くお話しがしたいってことだもんね。

「なんで笑ってんの? 皆元さん」

「え。うっふふー。なんでもないよー。うふふー」




「真斗くん。どうしても解決できなかったら、また明日に――日を改めていっしょに考えてもいいよ?」

「いや、だから明日は無理なんだって……用事があるから」

「ちっ……」

「舌打ちするなよ……。ちゃんと言ったじゃん」

「『皆元さん、そうだね。また明日にしよう。解決の手口も糸口もないし、なにも思いつかないし、ひらめかないし、明日は明日の風が吹くさ。名探偵の僕に任せてくれ。――愛してるよ。皆元さん』」

「僕のモノマネやめてくれ。似ているかどうかは置いておくとしても僕そんなこと言わないし。明日は無理。ていうか、なんだ最後の」

「あはは。でもでも、だいぶクオリティが上がってきたよね、私の真斗くんモノマネ。さすがに、まだ正志(ただし)くんには勝てないと思うけれど」

「双子の弟に勝てるモノマネのクオリティって、ありえないだろ。まず正志は僕のモノマネなんてしないと思うけれど」

「そうだよねー。まあ遺伝子が同じだもんね。私とはちがうもんね。――そうだ。ならば私にも真斗くんの遺伝子ちょーだいよ。そうしよう!」

「えっ。い、遺伝子て……」

「ん? どうした真斗くん。なぜつっこまない?…………ん? あ、れ。遺伝子? ハッ!」

 彼女が気づいた。

「わぁあああ! まてまてまって! ちがう違う違う! なぜつっこまないって、ツッコミがないって意味だけど、それはそうだそりゃないよね!? てか、そういう意味じゃない! 深い意味はない! いや浅い意味か?! とにかくそういう意味じゃなかった! セクハラじゃないから! 考えが足りへんかったわ! もうしわけがござらんす!」

 あわて様がすごかった。

「ああ、いや、うん。べつにいいんだけど……」

「そそ、そうか。それはよかった。いいや、よかったのか?」


 歩く彼は話をそらすように切り出した。

「そういえば皆元さん、なんでそんな行方不明事件の会話になったの? 女子中学生がする会話じゃない気がするんだけど……」

「ああ、うんうん。実はね。最近、(かおる)ちゃんがミステリ小説にハマってるらしくて」

「ん? え、話を聞いたのは別の人じゃなかった?」

「うんうん。そうそう。その行方不明事件の話をしたのは柑菜ちゃん。山西(やまにし)柑菜ちゃんね。――薫ちゃんがミステリを読むって会話になった時に『じゃ、この話は知ってるかな?』って、柑菜ちゃんがこの事件の話をしたの」

「へー」

「でもでも薫ちゃんは『それ知ってるよ』って笑ってた。さすがだよね。ミステリを読むと現実の事件も詳しくなっちゃうのかな?」

「ふーん」

「同じく話を聞いていた寧々香(ねねか)は、なんか青い顔してた。そんなに怖い話じゃなかったと思うんだけど。まあでもけれども失踪事件だもんね。寧々香には怖かったんだろうね。柑菜ちゃんのお姉さんの友達――つまり知り合いのことだし」

「うーん」

「いったい、女子高生の恋した男子高校生。どこに消えたのだろう……?」

「ふーむ」たぷたぷ。

「おいコラ、真斗くん。スマホいじってないで聞きなさい。真斗くんが教えろっていったんじゃん」

「なるほど。――はあ。そういうことか……」

「ん? なになに真斗くん。そういうことかって?」

「……わかったよ」

「えっ! なに、わかったとは?! もしかして、行方不明の男子高校生の居場所?」

「うん。まあ」

「うっそでしょ?!」

 彼女が驚く。

「でもさ。これは事件じゃないよ」

「え、どゆこと。事件じゃないって?」

 彼があきれていた。

「これは、さ。ミステリじゃなくてホラーだよ」


【つづく】

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