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太陽が二つ、ありました。

作者: りさこりさこ

この物語は、映画『スターウォーズ/最後のジェダイ』の、太陽が2つ浮かんでいたラストシーンを見て、思いつきました。

書いていて、もし本当に太陽が2つになったら、明日は来ないな、とシンプルに思いました。


今を生きよう、と思いました。


【12月1日】

私の目がぼやけているんだと、最初はそう思った。

空を見た時だ。

夕日が2つあった。

夕日の隣に夕日がある。太陽が、2つある……。

学校の帰り、それを見た。なんだかわからなかった。

ああ、私、そうとう疲れてるんだ、それでぼやけて見えるんだと、そう思った。中学三年生の受験ストレスとは、こんなありえないものまで見せてしまうのかと、そういう意味で恐ろしくなった。

でも、道を歩いていた人たちが立ち止まり、夕日を指差しているのを見て、もしかして、皆同じものを見ているの? とびっくりした。スマホを見ると、緊急ニュース速報が『夕日が2つ!? 異常気象の最悪のシナリオ』という見出しをつけて入ってきた。


夜。親は、テレビにくぎ付けだった。太陽が2つ事件は、世界中で大騒ぎになっていた。日本では夕日から始まったが、朝日から始まる国や、日中いきなりそうなった国もあった。NHKは、緊急特別番組をやっていて、天文学者の人や、天気に詳しい人達を集めて、話しをしていた。いろいろ説明や解説をしていたけれど要は、よくわからない、ということだった。一番心配されているのは、気温の上昇だったが、どの国も大きな変化はなかった。その点から、なんらかの偶然が重なり幻影を作っている説が、有力だった。


NHK以外のチャンネルは予定通りの番組をしていたけれど、画面の片隅にワイプで、太陽が2つ見えるどこかの国の空を映し続けていた。だから、テレビの中の人達が一生懸命笑かそうとしていても、見ているこっち側は心から笑えない。2つの太陽が、視界の片隅に嫌でも入ってくるから、しょうがなかった。彼らの一生懸命を返してあげたかった。


でも、私にとって今日イチの事件は、お父さんとお母さんが同じ部屋に居て、同じテレビを見ていたことだった。


【12月2日】

朝、起きてすぐに窓を開け、空を見た。太陽確認。

しかーし、分厚い雲に覆われて、太陽見えん。空気読めよ、雲さんよー。

こんな日は身を引いて、太陽がどうなっているか、確認させてよー頼むよー。

と、空に向かって突っ込みつつ、伸びをした。


お母さんがいつもみたいに起こしにきた。珍しく起きていた私に、


「異常気象も、悪いことばっかじゃないのね」


と言って、階段を降りて行った。その後お父さんも来て、


「大丈夫か?」


と声をかけられた。何が大丈夫なのかはわからなかったが、


「うん」


と答えた。お父さんは安心した顔をして、階段を降りて行った。

お母さんは正しい。一見悪いことに思える太陽が2つという状況は、悪いことばっかじゃない。「大丈夫?」という言葉。お父さんからこんな優しい言葉をかけてもらったのって、いつ以来だろ? 覚えてないや。

「大丈夫?」か……。

この言葉、本当は私がお父さんとお母さんにかけてあげたいんだけどな。


ニュースを見ても、昨日と変わりなかった。気温の上昇はないと伝えていた。でもテレビの中のアナウンサーさんは、『だからと言って、安心せず、何かあったら、身の安全を確保してください』と呼びかけていた。『何かあったら』って、何がどう起こるかわからないのに、自分の身をどう守ればいいんだろう? どう確保すればいいんだろう? そんなの誰からも教わってないよ。

でもまあ、呼びかけなんて、そんなもんだ。

呼びかけている人も、呼びかけろと指示している人も、その答えは持ってない。

だけどわかってる。呼びかけている人も、呼びかけろと指示している人も、私たちのことを心配してくれてるってこと。

だからこの、ほとんど意味のない呼びかけを、何度も繰り返してくれる。

わかってるわかってる。でも、ちょっとうるさい。でも、ありがとう。


クラスのみんなは、割と騒いでいなかった。半分くらいはスマホを持っているから、昨日の夜のうちにつながって、

『これやばくない?』

『やばいやばい』

『どうなるんだろ? 私たち』

『死ぬんじゃね?』

『マジで?www』

みたいな、テンプレート的やりとりは済ませている。このやりとりは、彼女たちの深呼吸だ。みんなで一緒に深呼吸して、パニくらないようにお互いで制御している。だから、落ち着いていられるのだ。


私はスマホを持っているけど、彼女たちとグループラインを作っていない。彼女たちというか、誰とも作っていない。一応クラスの隅っこにいるグループには所属しているけど、そんなものいらないという暗黙のルールで作っていなかった。でも今は、ほしい。つながりがほしい。隅っこグループでグループラインを作りたい。テンプレートでもいいからやりとりをして、不安を共有したい。隅っこ同士で深呼吸したい。切実に思った。だけどまあ、そんなのは絶対に実現しない。すぐに繋がりたがる彼女たちのことを、『けっ』と見下すことで、自分たちのアイデンティティを保ってきた私たちだから、太陽が2つになったからって、今さらそれを変えることはできない。つながりたいなんて、口が裂けても言えない。そんなミジンコみたいなプライドを守ることは、中学生の私たちとって3度の飯より大事だった。


授業も通常通りに行われた。ホッとした。こちとら受験生なのだ。来月はもう来年だ。年を越したら本格的に試験が始まる。だから余計なことで足踏みしたくない。

でももしこのままだったら、通常通りに事が運ぶのだろうか?

太陽が2つになった → 異常気象になって → 国の機能がめちゃくちゃになって → 入試がなくなる! やったー! 勉強しなくていい! 将来絶対使わなさそうな数式とか英文とか覚えなくていい!!

……こんなパラダイスな図式を思い描き、にやにやしていたら、先生に注意された。


【12月3日】

太陽は、あいかわらず2つのまま。だけど、NHKは例の呼びかけはやめていて、他のチャンネルもワイプを外していた。


太陽が2つになった原因は一向にわからなかった。まあ、わからないのがあたりまえかも。だって、宇宙はまだほとんど解明されていないと聞いたことがある。解明されていないことを地球の大きさだと例えたら、解明されているのはうちのお母さんが大事にしてる小っちゃいダイヤモンドの大きさくらいだよ、きっと。

宇宙のことは全くわからないけど、お母さんのそのダイヤモンドが、クロゼットの上に棚にあるお菓子の箱に入っていることは知っている。それがお父さんからもらった婚約指輪だってことも、私は知っている。そんな大事なものを、『捨てられないからとりあえず置いておく』みたいな状態でクロゼットの奥に仕舞われている理由も、なんとなく知っている。それが今のお母さんとお父さんとの関係を表しているってことを、なんとなく知っている。


今日は、小テストがあった。漢字のテスト。国語は得意なはずなのに、今日は全然解けなかった。できなかった原因を、太陽のせいにしたかったけど、それは関係ない。条件はみんな一緒。みんなも太陽は2つなんだ。


こんなんで、私は高校に行けるんだろうか。親のために学費が安い公立に行きたい。私が何の問題もなく、公立に行けたら、お父さんとお母さんの間にある問題もするっと消えてなくなるかもしれないし。なんてね。あるわけないか。2人が冷めた関係なのは知っているけど、2人の間にある問題がなんなのかはよく知らない。お金なのか、女なのか、男なのか……。2人とも、私には教えてくれない。


将来何になりたいとか、今は全くわからない。40歳くらいになって、あの時、将来何になりたいか、ちゃんと考えておけばよかったなんて、後悔するんだろうか。……いや、その前に私たちが40歳を迎えられるかもどうかもわからないな。何せ、太陽が2つあるような世界になっちゃったんだから。

『今を生きろ』って、最近よく聞くけど、太陽が2つ現れて、その意味が分かった気がする。明日が当たり前にやってくると思って、いや、当たり前すぎて、当たり前とも思わなくなった明日が、突然来なくなるということはあり得るんだということを、2つの太陽が私たちに思い出させてくれた。

太陽が2つ分の暑さを放ったら、人間は何秒もつのだろう? 一瞬で消えてなくなるかもしれない。そうなったら、確実に明日はない。明日は当たり前には来ない。


そんなことを考えていたら、また勉強しなくていいよなーって、思っちゃう。

勉強って、将来良い就職をするために、今必死こいてやってるだけだもんなー。現に太陽が2つあるわけだし、いつ突然超猛暑に見舞われてもおかしくない。

だから、漢字のテストが悪くてもいいや。みんないつか死ぬんだから。


【12月4日】

太陽が2つになっても、何も変わらない。

受験がなくなることも、体重が減ることも、親が仲良くなることもない。


昨日の夜、お父さんとお母さんがまた口論し始めた。私はこっそり階段を降りて、リビングから聞こえる2人の声に聞き耳を立てた。そしたら、急にトーンダウンした低い声が響いた。


「……言うのは、受験が終わってからにしよう」


という、お父さんの声と、


「それがいい」


と言うお母さんの声が、はっきり聞き取れた。

その瞬間、胃袋いっぱいに泥水がたまったような、どしんと重いものが自分の中から湧いてきた。上半身がぐらついたけど、泥水のおかげで倒れずに済んだ。私は階段を這うようにして上がり、ベッドに入り、天井を見つめた。

何も考えられなかった。

ただ白い天井を穴が開くほど見つめて、いつのまにか寝ていた。あんなにもショックを受けた直後に熟睡できるんだ、私。


朝の食卓のお父さんとお母さんは、変に明るかった。そして、やたらと私に優しかった。その理由を知っている娘としては、知らないフリをして、その明るさや優しさを受け取ってあげることにした。

それが、私にできる愛情表現だった。

2人が別れるその日まで、続けられるかわからないけど、やってはみる。数ヶ月で終わる、期限付きの家族団らんでも、ないよりはいい。だって、来ないかもしれない明日の心配をするより、今を幸せに生きた方が得だから。


「行ってきまーす!」


と元気よく言って、外に出た。太陽は、あいかわらず2つあった。

今日は社会科のテストがある。


「我が家には、超ホットな現代社会の問題が転がってるんですけど、それテストに出ませんかね。100点間違いなしなんですけど~」


と、太陽に向かって言ってみた。だけど、奴らはただ輝いているだけだった。


おわり


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


想像していた話と違っていて、驚かれた方、拍子抜けされた方、中には面白いと思ってくださった方、いろいろいらっしゃると思います。私自身、最初に考えていたのとは全然違う着地点に着いてしまい、びっくりでした。

異常気象と両親の離婚をいう大きさの違う問題を、中学3年生の女の子に差し出してみたら、彼女は想像以上に明るく受け止めてくれました。

こんな若者がいてくれたら、世界は明るいな、という希望持て、書いていて幸せでした。


これからも引き続き、短編小説を投稿していきますので、また次も読んでいただけると嬉しいです。

ありがとうございました。

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