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明るい。暖かい。草の匂い。
「そうだ、俺は車に轢かれて...」
身体に痛みは無い。
それどころか一昨日仕事中に突いた左手中指の鬱陶しい鈍痛も消え失せている。
――夢か?
だがその当てはすぐに外れる。
頬をつねってもごく自然に痛い。
仁科はここがどこであるか察した。
――俺は死んだのかもしれない。
すぐに立ち上がり周りを見渡す。
21世紀の東京都台東区の景色とは全く対照的なそれが彼の確信をさらに深める。
辺りには民家の類は全くなく、遠くに低い丘陵が地平線から遠慮がちに顔を出している。
動物教養番組でもなかなか巡り合わない快晴の空に彼は少し眩暈すら覚える。
「携帯は...そうだ家に置いてきたんだった」
とりあえず彼は丘陵とは反対側に向かって歩き出した。
正確を期すなら、歩き出さざるにはいられないというのが正しい。
今なら彼は認知症の老人の気持ちを理解できる。
きっと認知機能の衰えた老人は、いま自分が存在する世界が分からない中でただただ立ち竦むことを恐怖に感じるのだ。
「徘徊する」彼は徐々に様々な推測を立てていく。
気温は着ていたダウンが邪魔になるぐらいだからおそらく15度ぐらい。
太陽が自分のほぼ真上にあるからざっくり12時ぐらいだろうか。
「あれ...」
20分ぐらい歩いただろうか。
遠くに小さく集落が見えてきた。
それよりも彼は集落を発見したことよりも、自分の近眼が回復していることに驚く。
――やっぱりここは天国なのか。
嬉しさと寂しさで心がかき回される。
世界を理解するきっかけを掴んだ気でいると、彼は何だか走り出したくなって集落に向かって駆け出していた。