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殺神都市 ―A fatal error―  作者: 彼岸堂
阿形暁彦
8/11

6



「ハンバーグステーキのBセットで和風ソース、サラダは生ハムサラダで」


 慣れた雰囲気で店員に注文をした後、少女は暁彦に「お兄さんはどうします?」と訪ねてくる。

 暁彦は、わけもわからぬ状態のまま、ミートドリアを注文した。


「いやーお腹減っちゃいましたね。お兄さん、ミートドリア好きなんですね! あれいいですよねー、コスパも良くて最高! でもミートドリアのあんま肉感ないですよね。『ミートソースのドリアだから』とかいうそのまんまの理屈なんでしょうけど、そもそもミートソースがあんまり肉感が無いというか。別にミートソースを悪く言うわけじゃないんですけど、昔ちょっとミートソースという名前について気になるようになってからずーっと気になるようになっちゃって、お店やコンビニで見かける度に――」

「ちょっと待って」


 我慢できなくなり、暁彦は少女のミートソース論の展開を止めた。

 暁彦には状況を整理する時間が必要だった。

 事は、それほどまでに緊張感無く進んでしまっている。


 暁彦と少女は、どこにでもあるファミリーレストランに入っており、テーブル席で向かい合って座っている。

 少女というのは無論、先ほど暁彦が襲撃された一件の直後に現れた、セーラー服姿の少女だ。

 彼女はあの後、屋根の上から暁彦のいる道路に跳躍をし、スカートを手で抑えながらあっさりと着地して、「立ち話はなんですし、お腹も減ってるでしょうからご飯でも食べましょう」と言って、あの現場から15分程度歩けば着く大きな車道沿いのファミリーレストラン――暁彦もたまに来ることがある慣れた場所――へ暁彦を誘ったのだ。

 暁彦はその間、少女に対して矢継ぎ早に疑問を口にしたのだが、少女はそれに答えることはなく、「まぁまぁ」とはぐらかしながら、暁彦の前をただ歩き続けた。

 この少女が何者かは、暁彦には当然、見当もつかない。

 こうして付いていくべきだったかどうかもわからない。

 それはクロカゲに問うても同様であり、彼もまたわからないことであった。

 とにかく、今はとにかく情報が欲しい。

 目の前の少女はそのきっかけになることだけが、暁彦が現時点で理解できている唯一つの事実であった。


「――そろそろ、話して欲しい」

 

 向かいに座る少女から視線を反らさぬようにして、暁彦は自分の要求を告げる。

 対する少女は――


「どうも、十束(とつか)つばめです」


 そう告げてぺこりと頭を下げ、その後で二つ結びの髪を揺らしながら顔を上げ、にっこりと笑って見せた。


「お兄さんのお名前は?」


 つばめと名乗った少女の笑顔は、暁彦から警戒心を奪うような朗らかさが存在していた。

 暁彦は、一度目を伏せて心を落ち着かせるようにして、彼女にもう一度視線を向ける。


「阿形、暁彦」

「暁彦お兄さん。かっこいい名前ですね」


 暁彦は思う。

 つい先刻の異常事態がなければ――

 何かの偶然で日常の場でこうして目の前の少女と話せることになっていれば、こうも複雑な心境で彼女のことを覗わなくて済んだのに、と。

 十束つばめは、暁彦から見ても「外見に気を使っている女学生」であることがはっきりわかった。

 コートを脱いで濃紺のセーラー服姿を露わにしたつばめは、薄く化粧をして、髪も綺麗に梳かしてあり、にこにこと明るさを基調とした表情は、どうしたって悪い印象を抱きにくい。

 その上、冬服である厚手のセーラー服の上からでもわずかに覗えてしまう曲線は、男性には強烈であることは言うまでもない。

 こんな子を彼女にしている男がいたら、さぞ周りから羨ましがられるだろう、なんて下らないことを暁彦が抱いてしまうぐらいには、つばめは印象的な見た目をした存在であった。

 だからこそ。

 暁彦は冷静になろうと努めた。

 見た目に騙されてはいけない。

 彼女がどういう存在であるのかまだ自分は何も知らない。

 今はまだ――決して、心を許してはいけないのだ。

 クロカゲは、テーブルの上で鎮座して、静かにつばめの方を向いている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは暁彦にもわかっていた。


「……十束さん」

「あ、『つばめ』でいいですよ。お兄さんの方が年上ですからね。私、花も恥じらう17歳のJKなので」

「……じゃあ、つばめ」

「はい」

「君は、何者だ?」

「わかりやすく言うと、能力者ですかね」


 つばめがあっさりと返答したので、暁彦は呆気に取られた。


「本当は色々あるんですけど、お兄さんにわかりやすくするためにとりあえずそう言ってます。ずばり、お兄さんが()()()()()()()()()()()()()()()()には存在していなかった力が使えます」

「――嘘は、言ってなさそうだな」


 クロカゲがそう言うと、つばめがようやくクロカゲのいる方を向く。


「お兄さんの()()、ぼんやりとはわかりますよ」

「見えるのか?」

「ちょっとだけ。声らしきものもなんとなく」

(――これも聞こえていると思うか?)


 暁彦がクロカゲに頭の中で語りかける。


「あ、今何か話そうとしました?」


 つばめがそう言ってきたので暁彦はぎょっとした。


「内容はわからないけど、そこのぼんやりとした何かと、やりとりをしようとしてるのは何となくわかりますよ」

「暁彦、内密に話すのはやめておこう。本当は全部筒抜けの可能性もある」

「……そうだな」


 暁彦のクロカゲに対しての返答に、つばめが微笑む。


「多分なんですけど、今内緒話はやめようって話になったんですよね? 賢明ですよー、それ。先に言っておくと、お兄さんが力で私を無理矢理どうこうするのは、絶対不可能です」


 だって私、めちゃんこ強いんで。とつばめは笑顔で付け足す。

 暁彦にはその言葉を疑う余地がなかった。


「君は、俺をどうしたいんだ」

「最初に言ったとおりです。お話を聞きたいんですよ、お兄さんの。そしてあわよくば……私に協力をしてほしいなって」

「協力?」

「ええ。この街、雨鉾(うぼう)で最近起きている変な騒ぎの原因調査に。まぁ、協力してもらえるかどうかは、ここからのお話次第だと思うんですけどね」

「原因調査って、君は一体何なんだ。能力者の警察か何かか?」

「まぁそんなもんだと思ってもらえれば今は良いですよ。この街の健全化を図る者です。」


 さて、とつばめは一つ区切りを置く。

 どうも話をはぐらかされてしまったようだが、暁彦はそれ以上深追いできなかった。


「お兄さん、多分つい最近こうなっちゃった感じじゃないですか? ちょっと、今日に至るまでのお話を聞きたいなって」

「……話さなかったら?」

「多分お兄さんが死んじゃいますね。私以外の誰か――さっきの襲ってきた人に狙われるとかして」


 暁彦の脳裏に、黒い、殺意の塊の線が襲いかかってきた光景が甦る。


「まだ信じるのは難しいと思いますけど、私はお兄さんに危害加える気はないです。それと、無理して話してもらおうっていう気もないです。そこはお兄さんの自由かなって。もし話してくれたら、お兄さんの安全をある程度は保証しますよ。だけど、今言ったことを証明しろとかは言われてもそれはできないので、あくまでお兄さんの判断次第です。私に話すべきでないと思うのなら、それはご自由に。まぁ私としては話して欲しい感バリバリ出してるつもりですけどね! マジで!」


 ふんとそこで何故か胸を張るつばめ。

 そのせいで揺れたものに暁彦は動揺しないように努める。


「俺は暁彦の判断に従うぜ」


 クロカゲが尾を振りながら呟く。


「話すべきだと思うか?」


 暁彦は臆面も無くクロカゲにそう問う。

 つばめには内容がバレている前提での問いだ。


「この状況はどう考えても俺達が圧倒的に無知で不利だ。生殺与奪の権が取られてるに等しい。だったら大人しく要求に従う方が、まだ目があるだろうよ。仮にここで俺が攻撃したとして、このつばめという女をどうにかできるとは俺には思えない。こいつにはブレがなさ過ぎる。はっきり言って不気味だ」

「……そうか」

「お友達はなんて?」

「……話すよ、全部。従うべきだとこいつもそう言ってる」

「お二人とも賢い! 私としても助かるってもんですよ」

「ただ一つだけ先に教えて欲しい」

「む?」

「どうして、俺なんだ?」

「なるほどそこですか。まぁ理由は色々あるしこれから説明するんですが、今言えることを端的に述べますと――」

 

 お兄さんがいい人っぽいからです。

 そう言ってつばめは笑って見せた。



  * * *



 暁彦はそこから、数日前にクロカゲに初めて邂逅したことから始まり、今日先ほど襲われて死にかけたところまでを、包み隠さず話した。

 その内容には、これまでクロカゲにも話していなかった、暁彦のクロカゲへの印象の変化も含まれている。

 クロカゲの秘めている危険性を自分なりに言葉にし、最初は警戒をしていたが、今は命を守ってもらったことで多少信を置いていることを、つばめの前で口にした。

 そうして全てを晒すことが、クロカゲとつばめの両方に対しアプローチできると暁彦は考えていた。


「――で、君が出てきて、至る現在だ」

「ふーむ、なるほど」


 話の途中でつばめの前に配膳されていた料理は、いつの間にか綺麗さっぱり平らげられていた。

 暁彦の目の前には、熱を失いつつあるミートドリアがまだ一口もつけられていない状態で置かれている。


「俺が話せることは、これで全部だ」

「ありがとうございます。あ、お兄さん、さっきから全然食べてないですよね? お腹減ってるはずなんでどうぞ食べてください。ここからは私が話すんで」


 暁彦は促されるままミートドリアを口にして、そこで一気に自分の空腹を自覚し、かつかつと食べ始める。それを見てつばめは良い食べっぷりですねぇと嬉しそうにする。


「まず、お兄さんが気になってるだろうなーって思うこと、前提として知っておいた方が良いことをいくつか話ますね。食べながら聞いてください。頑張ってついてきてくださいねー」


 そう言ってつばめが右手の人差し指を立てる。


「まず一つ。ずばり、お兄さんや私、お兄さんを襲ってきた人以外にも、()()()()()()()()は、この世界に結構な数いっぱいいます」


 それは、暁彦にとって一瞬、朗報に思えた。

 これまで漠然と抱いていた孤独が解消されたような気持ちが生じたのだ。

 こうしてつばめ以外にも自分やクロカゲのことを話せる人間が存在する。

 つまりは異常な世界があることに安心してしまったのだ。

 そして同時に暁彦は、その世界に意図せずして入門した事実についても把握した。

 その点については朗報とは言いがたかった。

 つばめが次に中指を立てる。


「二つ。そうした割といっぱいいる『力を持っている人』、『能力者』たちの中でも、お兄さんのクロカゲは恐らくちょっと特殊な部類になります」

「特殊?」

「後でそこは説明します。先に、三つ目。()()()()()()()()()()()()


 三つ目に登場したキーワードは、暁彦にとって全く想定外のものであり、彼の食べる手をすっかり止めてしまう。


「ここはですね、通称『(いびつ)の街』と呼ばれていまして、ぶっちゃけ()()()()()()()()()()()()()()なんですよ」

「えっ」


 間の抜けた声が暁彦の口から漏れた。


「いつからか、どういうわけか、そういう風になっていたんです。この街は、お兄さんが想像も付かないレベルの力、ないしは存在に満ち溢れているんですよ」


 暁彦には、突飛すぎる話であった。


「……マジか?」

「マジです」


 理解に苦しんだ。

 雨鉾は大きい街では確かにある。人も多い。観光客だって沢山だ。

 でもそれだけだ。

 太古からの曰く付きという話は聞いたことがないし、大それた事件が起きたこともない。

 戦場とかでも当然無いし、宗教都市でもない。

 ただそれなりに大きいだけの街が、どうして世界で一番異常が集うと聞かされて素直に受け止められるだろうか。

 例えばヴァチカンとか、ニューヨークとか、わからないけどそういう場所の方が、まだ暁彦にとっては理解ができた。


「何で――」

「何でかは、さっきも言ったとおり私もわからないです。いつの間にかそうなっていただけ。お兄さんにはとりあえず、この街がそうとだけ理解してもらえればオッケーですよ」

「実感、できないよ」

「いずれわかるんで大丈夫ですよ」


 わかりたくはないと言える空気ではなかった。


「大体、そんな異常が集まっていて何でこの街はなんともないんだ?」

「『異常』って言い方は適切ではないですね。それは個人から見た話でしかないんで。私からすれば、お兄さんの言う異常が普通になっちゃうんですよ。あと、何も起きていないっていうのも、それはお兄さんから見た話になっちゃうんです。結構色々この街ではあるんですよ。まぁそういう意味では、お兄さんがこの間まで生きていた『()()()()()()()()()()()』には影響がないように感じただけです。でも着眼点自体は良いですよ。お兄さんの疑問には、ちゃんとした回答があります」


 それがちょうど四つ目になるんですよね。と、つばめは間に挟んだ。


「この街には一つだけ、暗黙のルールが存在します。それは、『力を無闇に振るわないこと』です。このルールによってお兄さんにとっての普通の世界は守られていた感じになりますね」


 ふわりとしたルールであった。

 だから暁彦はその後つばめが詳細を話すものだと思ったのだが、そうはならず、二人の間に妙な沈黙が生じた。


「……それだけか?」


 しびれを切らして暁彦が問う。


「それだけです。だけどそれが全てなんですよ。じゃないと、とっくに世界は終わっちゃってますよ。大事な、とっても大事なルールです」


 急にスケールの大きい言葉が飛び出てきたせいで、暁彦の頭は再び混乱を来す。そ

 れでも彼は頭を動かして、次に問うべきを口にする。


「そのルールを破ると、どうなる?」

「消されちゃいます」


 シンプルが故に、その言葉は強く暁彦に刺さった。


「……誰に?」

「不可侵にして理不尽、そして、傍若無()の執行者です。この街で一番やばい奴だと思ってもらえれば良いですかね」

「それは、さっきの俺を襲った男や、つばめよりも、何というか……強いのか?」

「強い弱いの世界じゃないですね。そういう類いの存在じゃないんで。もし私が抗おうもんなら一瞬でこの世とおさらばです」

「そいつはこの街の支配者か何かなのか?」

「いいえ。別に街は支配はされてないです。ただ、治めていると言える存在はいくつかいます。執行者と呼ばれたりもするのは、その内の一つですね。この街はめちゃくちゃな存在が多数いることで、バランスを保ってる感じなんですよ。そして今回の問題はそこにちょっと絡んできます」


 つばめが暁彦とクロカゲを交互に見る。


「本来なら、お兄さんとさっきの男みたいな諍いは起きないはずなんですよ。正確には、起こせるけど起こしちゃいけないんです。何でだかわかりますか?」

「……ルールを破っているから?」

「正解です。お兄さんとあの男は、派手に暴れ回って周辺に影響を及ぼした。あの規模はこれまでで言えば十分に執行者に目を付けられる規模です。なのに、今お兄さんは無事。そして恐らく加害者であるその男も無事。これが、私が調査したいことなんです」


 つばめの言葉を暁彦は頭の中で反芻する。

 まだ暁彦には彼女の言わんとしていることがぴんとこない。


「……実はですね。これ、初めてじゃないんです。今、雨鉾ではこうしたケースが多発しまくっているんですよ。そして、その現場には必ず、お兄さんやその男のような力の痕跡が残っていたんです」


 そこまで聞いて、少しずつ暁彦の中でことが整理できてきた。


「えっと、つまり……執行者が働かない、力を持つ存在同士のいざこざが何故か多発していて、つばめはそれの調査をしたくて、その当事者である俺に話を聞いているってことか」

「お! ばっちぐーですね。その通りです」

「色々とわからないんだけど、そんなに多発していてるってのは……ヤバいことなのか?」

「結構ヤバいです。何せ関係ない人が結構な数巻き込まれているわけですからね」

「関係ない人?」

「ずばり、力を持たない人です。ここでは仮に無能力者とでも呼びましょうか」


 ふいに、暁彦の脳裏にかつてのクロカゲのある言葉がよぎる。


「まさか、殺されたりしているのか」

「もっとひどい場合もありますよ。とにかく私はそれを止めたいんです」

「でも、本来は執行者がそれを止めるんじゃ――」

「いえ、執行者は別に正義の味方とかでは無いんです。何というか、本当にただのシステムのような存在で、人が無闇に死ぬことは執行者にとって防ぐべきものではなく、無闇に力を振るうことが駄目なんです。ただしその基準はどこにも明文化されていない。故に暗黙ってわけなんです。どうも雨鉾にとっては、人の生き死により力が振るわれるか否かが重要みたいなんですよね。でも今までは、その暗黙のルールのおかげで、この街は歪であっても穏やかな場所だった。でも今は違う。平然と、力を振るうことのできる存在がまかり通っている」

「……俺が特殊っていうのはそういう意味か。俺は執行者にマークされてもおかしくないわけだ」

「大体そんな感じです。まぁ、お兄さんは話を聞く限り今のところは被害者で正当防衛っぽいし、クロカゲを濫用しているわけではないので、元より基準外かなとは思いますけど。ただ、お兄さんや例の男のような力を持つ人がこの街の至る所で諍いを起こしているのは事実です」


 つばめが、窓のある方を向いて外に視線を向ける。


「本来であればこの街を治めている存在が、この件について調査しそうなはずなんですが、何故か誰も動いていない。だから私一人でこの件について調査をしていたんですが、今日まで尻尾がつかめずにいました。でも今日、初めてお兄さんとあの男の諍いの場に遭遇することができた。それでようやく一つわかったことがあるんです」


 と、つばめが暁彦の方を向いて両の人差し指を立てて見せる。


「お兄さんとあの男がいたあの場所は、一時的に()()になっていたんですよ」


 どうやら人差し指は暁彦と男を表現したものだったらしい。ただ暁彦はそれよりも聞き慣れない新しい単語――異界――が気になっていた。

 つばめはそれを察したのか続ける。


「異界は文字通り異なる世界。あの場は、見た目は同じでも薄皮一枚違う世界が重なっているような感じでした。お兄さんもそれを感じたりしませんでした?」


 心当たりが確かにあった。

 暁彦は、あの時自分のよく知る道がまるで違うもののように感じられていたことを思い出す。


「どうやらあるみたいですね。派手に道路や電線が壊されていても、あの場を包んでいた異界の観測者である私たちが遠ざかったせいで、今頃は急激に剥離しているんじゃないですかね。あの場所、後で戻ってみるとお兄さんの見慣れた形に戻ってると思いますよ」

「何でもありかよ……」


 それは暁彦の心の底から発せられた素直な感想だった。


「何でもありなんですよ、この街は。とはいえ、異界を()()()()()なんてのは、本来そんな頻繁にやっていい芸当じゃないです。私の予想では、執行者が働かないのもこの異界によるカモフラージュみたいなのが働いているんじゃ無いかなって。私が尻尾をつかめなかったのもこれが原因かなぁとは思ってます」

「それで、俺がその異界とか、ことを調べる手がかりになると考えて話しかけてきたってことか」

「悪い話ではないと思いますよ? お兄さんは自分がクロカゲを得た理由を知りたい。でも今日襲われた。その理由が何故かわからない。私はお兄さん達のような特殊な存在を調べたい。どれも、原因は一つなんじゃないかなぁと思うんですよね。と、いうわけで改めての提案です」

「提案?」

「お兄さんの安全は私が保証しましょう。今後命の危険が及ぶ場合には、私が守ります。代わりにお兄さんは、今後私に全力で協力してください」

「協力って言ったって……話せることは全部話したから、助けにはそんなになれないんじゃないか」

「一緒にいてくれるだけで良いですよ。言い方悪いですが、お兄さんは囮になります。お兄さんといれば向こうから事がやってきそうなんで」

「……そういうことか」


 暁彦は「どうです?」と笑みを浮かべ聞いてくるつばめから、クロカゲに視線を移す。


「お前はどう思う?」

「俺からすれば、さっきと変わらんな。最初から選択肢がないと思うが、まぁこれで良いんじゃないか。つばめの話は俺としても興味深い。どうせ飛び込むなら、視界が良い方に飛び込んだ方がマシだろう」

「じゃあ……決まりだな」

「お、話はついたんですか?」

「ああ。大人しく君の提案に従うことにした」

「やったー! よろしくです!」


 そう言ってつばめが暁彦の手を取って握手をするかのように振った。

 想像以上に華奢な手だったために、少し暁彦は驚く。


 直後――



「ところで()()()()()()()?」



 つばめのその一言が、妙に店内に響いたような気がした。


「何が――」

()()()()()()()()()()()()()()()()?」



 はっとして、暁彦は周りを覗った。

 そして、気づく。

 果たしていつの間にそうなっていたのか。

 店内は誰もいない。客どころか店員一人おらず、物音もない。

 先ほどまで外を映し出していた窓の外は漆黒。闇しかない。

 それだけではない。

 どういうわけか、気づけば店内の照明も暁彦達がいるテーブル席付近しかついておらず、一瞬前まで端を見通すことができたはずの店が、闇に埋もれていた。

 暁彦はこの感覚を、現象を知っている。

 今日二度目だ。


「まさか、また――」



「――動かないで」



 辺りを見回していた暁彦が、つばめに視線を戻す。

 そして、息を飲んだ。

 そこにあのつばめの朗らかな表情はない。

 否、隠されていた。

 つばめは果たしてどこから取り出したのか、いつの間にか仮面のようなものをつけていた。

 それは、鬼を連想させるような禍々しい青黒い形状であり、両眼にあたる部分にはぼんやりとした蒼い炎のような輝きが宿っている。

 彼女の瞳はそこからは見ることができない。

 炎の輝きがまるで瞳と言わんばかりに揺らめいている。

 そのような仮面をつけていても、首から下の格好はセーラー服のまま変わっていないため、恐ろしくミスマッチな光景であった。


「暁彦、ここはつばめに任せよう」


 暁彦の右肩に既に身を移していたクロカゲが言う。

 訳もわからない暁彦からすれば、言われずとも大人しくすることしかできなかった。

 視線だけを目まぐるしく動かし、闇の中に何者かいないかを探ろうとするが、まるでわからない。


「つばめ! これはまた異界なのか!?」

「その通り。どうやら暁彦お兄さんと一緒にいると私も巻き込まれるみたいですね。こりゃラッキーですよ」

「ラッキーってお前、これは一体どういう状況なんだよ!」

「さっきと同じでしょうね。誰かがお兄さんを殺そうとしている。だから異界が出現した。お兄さんは私に守られる。私は手掛かりを得られる。Wラッキーですね。よーし」


 脳天気な語気のままつばめが身体を一回転させてぐるりと周りを覗う。

 そして、ある一点。暁彦の右斜め後ろを指差し――


「――見つけた」


 暁彦が思わず振り向くと――

 ()

 ()

 ()

 紛う事なき、捕食の気配。

 暁彦は、眼前の闇から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を認識し、目を恐怖で見開く。


 刹那――


 その口に向けて、無数の蒼い光が閃く。

 それは、槍。

 否。

 槍を持つ手。

 否。

 槍を持つ、蒼い炎を全身に纏った、鎧の戦士達。

 日本の甲冑を思わせるような鎧と、つばめと似た仮面をそれぞれつけた戦士――武者達は、大口に槍を突き入れ、そのまま四方八方に振るい、大口をずたずたに斬り裂く。その軌跡が蒼い炎に彩られ、奇しくも暁彦は幻想的な美しさをそこに垣間見た。

 ばらばらになった大口は直後、霧散する。だが鎧武者達は闇の向こうに向けて次々と、弾丸のように槍を投擲する。肉を裂くような嫌な音と共に、蒼い炎が迸り、金切り声が響いた。

 

 そして、闇にそれは磔にされた。


「――なんだ、これ」


 そこにいたのは、人間の胴体に、四肢の先が巨大な黒い唇そのものとをなって肥大化したような、頭部が黒い海胆のような形状をした、異形の存在だった。


「――それ、()()()()()()()()()ですね」


 それはつばめの声だった。

 暁彦が振り返ると、つばめの顔には既にあの仮面が無かった。

 ただし表情は真面目で、先ほどまでの雰囲気が嘘のように引き締まっている。

 そして、あの蒼炎の武者達も幻のように消えてしまった。


「クロカゲと、同じ? この化け物が?」

「感じるものは、かなり似ています。多分、力の本質としては同じです。ただ――」




 これ、人と交ざってますね。




 そのつばめの言葉が、暁彦の両足を、世界を、ぐらりと揺らしたかのような錯覚があった。

 何の人間だなんて、言う必要は、ない。

 暁彦は――揺れる視界の中、へたり込みそうになるのを、つばめに支えられる。


「お兄さん、大丈夫ですか?」

「クロカゲ――」


 暁彦は、つばめを意に介さず、クロカゲに言葉をかける。

 クロカゲは暁彦の右肩には既にいない。

 クロカゲは、磔にされた異形を、見上げるようにして座っている。


「――――お前、()()()()()のか?」


 クロカゲの頭部が、暁彦の方を向く。



「いいや、知らなかったよ」



 その言葉は、暁彦に確かに届いてから、異界の闇に溶けていった。

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