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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
1章.生きるために必要なもの
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1-1

 アヴァ達は石で整備された道を歩いていた。とはいっても、人の行き来はない。道の外側には草が茂っていたり、木が生えていたりはするものの、地面は荒れており遠くには山が見える。アヴァは、今まで住んでいた村の外に出るのが初めてだったが、気分の上がるようなものではないことを知り余計に憔悴した。

 素敵な建物や美麗なオブジェでもあれば、彼女も少しは疲れを紛らわすことができただろう。


「お母様、まだ目的の場所には着かないの?」

「ええ、とても遠くにあるから。私たちが暮らしていたあの村は、人が住んでいる町からは離れていたの。だからこそ、油断をしていたわ。こんなことになるなんてーー」


 最後の方の声は、ひとりごとのように小さくなっていった。アヴァはとても不安になったが、声をかけることはできなかった。疲れもあって、その余裕がなかったのだ。


「アヴァ、弱音を吐いちゃいけないよ。疲れたならおぶろうか?」


 ブラムには2人を守るという義務感が生じたらしく、落ち着きと活力を取り戻していた。むしろ、そうでもしなければ、彼は今にも崩れ落ちてしまっていただろう。


「ううん。まだ歩けるよ」


 一方でアヴァも、余裕こそないが二人を困らせてはいけないという思いだけで、徐々に重くなっていく足を動かし続ける。


 3人は昨夜から眠らずに歩いていた。正確には、眠れなかった。いつ、追っ手に捕まるかもわからない。その追っ手も村人なのか、あの侵入者なのか、それはどちらでもいいことだった。侵入者なら殺され、村人でもその恨みは晴らされるだろう。

 ただ、アヴァだけは捕まればどうなるのか、まだ理解ができていなかった。死を知らないがために、怖いという感情だけで足を動かしている。殺されるかもしれないと、その恐怖を覚えはしても、その殺されるということの意味を知らないがために、感情と想像力が結びつかないのだ。


 日が高く登り、遮るものもなく、痛いほどの光を浴びていると、3人の体力はみるみる失われていった。足取りが牛のように鈍くなり、肩で息をするようになり始めた頃、クレシダは休むことを提案した。


「水とパンを食べて、それから眠りましょう。日が落ちれば、涼しくなるわ」


 クレシダは自身の袋から水が入ったビンとパンを取り出し、アヴァとブラムがそれを渡される。2人は疲れた様子でゆっくりと食べ飲み切ると、やがて目を閉じた。


 日も沈み始め空が暗くなった頃、2人がそれぞれ目を覚ますと、まずはクレシダが目に入った。 そして、次に顔が褐色に焼けた若い男が目に入る。


「お母様、その人は誰?」

「旅人の方よ。用心棒として、町まで付き添ってくれることになったの」

「俺はディルって名前だ。よろしくな、お嬢ちゃん。それに坊主もな」

「よくわかりませんが、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 アヴァは寝ぼけ眼でお辞儀する。ブラムは、自分の領域を少し奪われたような気がして、ぶっきらぼうになった。兄とはいえど、まだ中学生になりかけの幼い少年だ。


 挨拶も交わしたところで、4人は再び歩き始める。


 ディルは長身ではなかった。日に焼けた肌は健康そうで、服装は身軽だ。荷物も紐がついた袋が一つ。腰には長剣を携えているが、長旅をしているようには見えなかった。だからだろうか、クレシダとディルが兄妹の前で話すのに対し、ブラムはアヴァに囁いてくる。


「アヴァ、あのディルって男、怪しくないか?」

「怪しいの? わたしには、普通の旅人に見えるけど」

「今まで僕らは歩いてきただろ? こんな民家もなにもない場所で、それにあんな少ない荷物で、旅人なんてやってられないさ」

「そうかしら? お兄様、きっと考え過ぎよ。確かに、村では酷い目にはあったけど、人のことは信じないと」


 両親の教育のもと、アヴァはとても純粋な娘に育っていた。ブラムがディルのことを疑えたのは、役割を取られそうに感じた先ほどの苛立ちと、父親との訓練中に受けた話があってのことだった。平和で小さな村で育ったのだ、人を疑うという意識が希薄なのも仕方ない。

 また、話を聞いているアヴァの脳裏には、オッドの憎しみの顔が過ぎっていた。あんなに優しくしてくれたオッドが、村を出る前には、わたしにあんな顔を向けてきた。もう、なにも考えたくない、疑うことで、あんな敵意を向けられたくないと、彼女は思ってしまう。そして、歩くことだけに集中して、全て忘れてしまいたいと。だから、ブラムとの会話も打ち切りたかった。


「お兄様、話していたら疲れてしまうから、静かにしていましょう? 大丈夫よ、お母様がいるもの」


 ブラムは考え込むように俯きながら黙っていたが、やがて溜め息を一つ吐いて「そうだな」と頷いた。ブラム自身も、あまり深く考える余裕はなかった。一眠りしただけでは、心も体も回復はしきれない。


 陽が落ちてしばらくした頃、見晴らしのいい場所で野宿をすることになった。


「アヴァ、ブラム、今夜はここで休みましょう。2人は先に眠っていてね」

「母さんも休みなよ。俺とディルさんで見張りするからさ」

「大人の方が体力はあるのよ。それに、2人が寝てくれないと私も安心して寝られないわ」


 ブラムは渋々といった様子だったが、2人はその言葉に従って眠りに就いた。母を心配する気持ちはあっても、回復しきらない疲労が彼女らをそうさせたのだろう。アヴァはウトウトと落ち掛ける意識の中で、その場を離れるクレシダとディルの姿を見た。


 * * *


 アヴァが目を覚ますと、まだ辺りは暗かった。昼に寝たせいで、こんな中途半端な時間に起きてしまったのだろう。ブラムは彼女の隣で寝息を立てていた。


 ぐるっと周りを見回してみると、母の姿もディルの姿もなかった。しかし、夜風にさざめく葉の音に紛れて、声が聞こえてきた。アヴァはそれを母たちの声だと思い、そちらへ向かっていった。


 明かりが何一つない森の中ではあるが、星と月は静かに輝いていた。その光と闇に慣れた目を頼りに、足元に気をつけて歩いていると、彼女は2人を見つけた。

 しかし、なにをしているのかがわからなかった。その行動自体は、理解できた。しかし、その行動の意味は理解ができない。彼女の知らない知識だった。そして、興奮する獣のような声に紛れて、ディルのハッキリとした声が届く。


「金がないのに守ってやってるんだ。ちゃんと楽しませろよ!」


 ハアハアと乱れた呼吸音と目に見えるその行動に、アヴァは形にできない嫌悪感を覚えた。月明かりに一瞬照らされたクレシダの表情は苦悶であり、アヴァは自分の心に研がれた刃が突き刺さるように感じた。次に頭の中が槌でガンガンと叩かれるような痛みを感じ、足をよろめかせる。


 パキッと小枝の折れる音が鳴った。


「誰!?」


 鋭いクレシダの声とその表情が、アヴァにとっては怒られるときよりも怖く、その場を動くことができなかった。しかし、それが功を奏した。


「野生の動物だろ。気にすんな」


 再開されたその行動を呆然と眺めていると、アヴァはとうとう、喉にヒリヒリとした痛みを感じた。そこでようやく体の感覚が戻る。彼女は気づかれないようゆっくりと踵を返し、歩き出し、そして走り出した。


 向かう先は寝床ではなく、アヴァ自身、どこともわかっていなかった。転びかけ、もつれる足でただ進み、ついには我慢できず、急に彼女はその場にへたり込んだ。木の根元に、黒々とした感情とパンの欠片を吐き出す。


「はぁ……はぁ……」


 深呼吸をすると、夜の風が喉に吸い込まれていった。急な冷たさに、何度かむせる。口元を腕で拭って、辺りに散らばっている、綺麗めの葉っぱで腕を拭いた。

 ひとしきり深呼吸を繰り返すと、ようやく吐き気と荒い呼吸が収まり、フラフラとした足取りでアヴァは寝床に戻っていく。頬を伝う涙が風に撫でられて、顔が冷たくなるのを感じた。早鐘を打つ心臓を止めようと、胸を抑えながら歩き、穏やかな寝顔の兄を見て彼女はようやく安心できた。


 寝転がってブラムの手を握り、その暖かさを感じながらアヴァは再び眠りに就いた。

2018.4.7.製作中だった、PC向けフリーのノベルゲームが公開されました。良かったらプレイしてみてください。

http://novelgame.jp/games/show/773


主人公がいわゆるメンヘラなため、そういうのを好まない方はプレイ非推奨です。

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