ツヌグイのお仕事
家に帰ると、大家が訪ねてきた。
一新が住んでいるアパートは、築50年を超えているボロアパートであったが、18年ほど住んでいた。
大家の名前は、富樫 光男で65歳である。
ものすごい人が良く、一新以外の住人は、よく家賃を滞納するが追い出さない上に、野菜や果物などを自分の小さな畑で作っていて無料で配ってくれる。
「山田さん、相談があって来たんだけどね。アパートの老朽化が酷いので役所から建て替えを指導されてしまって、今月中に立ち退きがきているんだよ」
急な話である、違和感を感じた一新は、詳細を聞いた。
「前から立ち退き依頼は来ていたんですか?たしか6か月の期間などの猶予があるはずですか?」
「それが、急に役場の人が来て、これが、その書類だ」
書類を見ると、だいぶ前に立ち退き勧告した内容になっている。
一新は聞いていないので偽造か虚偽の書類と思われる。
追加で大家の小さな畑も取り上げる内容にになっており、土地相場の半額の値段が書かれていた。
一新は、一般常識もない上に世間をよくわかっていないお人好しである。
いままで、お世話になったし助けようと思うが、どうしてよいかわからない。
過去に、こういうトラブルになった際は、いつもビックスの副社長の鈴木に相談すると瞬時に解決してくれるのだが、副社長になった際に言われたことを思い出す。
「一新のおかげで、ビックスが大きくなった。一新は、私の中で本当の親友だ。
だが、お前を利用する悪い奴がいるだろう。陰でまもってやるから、表立って接点はさけよう」
裏ならOKか?一新は、単純だった。
鈴木に電話をかける。
「一新だけど?」
「おおおおおお!久々に声を聴いたよ!天気予報プログラムは納品先が、ものすごい喜んでいたぞ!」
なんで、鈴木が知ってるのか疑問におもったが、大家の事情を話す。
「その程度の事でも、一新には一大事だな!
すぐに対応するから大丈夫だよ。大家に電話を代わってくれ」
大家に電話を渡すと、10分ほど話し込んでいた。
その間に、近所の銭湯に行く準備をしていると、大家が電話を切り返却してくる。
大家には、満面の笑みが浮かんでいた。
「一新さんは、すごい方だったんですね。鈴木さんに説明を受けましたが無事解決のようです。
どうやら私は、世間に疎いんですね。いやぁ、一新さんに相談してよかったよ」
「私も世間に疎いので、私が凄いのではなく、鈴木が凄いんですよ」
「いやいや、その人と知り合いの一新さんが凄いですよ」
大家の褒め言葉が継続して長話になりそうなので、銭湯に行くといって、その場をあとにした。
銭湯から帰ってくるとアパートの前に黒塗りの高級車が3台止まっていて、大家の部屋の前で数人のエリートっぽい人が携帯で電話をしていた。
鈴木の対応は、いつも早いなぁと思い、過去にチンピラに絡まれた事を思い出す。
全財産の10万円ほどを奪われた際に、生活できないので鈴木にお金を借りたら、「返す必要はないよ、すでに対応した」と言われて、10万円が銀行に振り込まれていて夕飯を食べている時に見たニュースで絡んできたチンピラが逮捕されていた。
今後も、大親友の鈴木には迷惑をかけないようと思うが、また迷惑をかけてしまったなと考えながら就寝した。
次の日に、サーバー室の個室に7:00に到着する。
ビックスのフルフレックスの出退勤とは、一カ月の期間に160時間勤務すれば良いというシステムで、出社時間や退社時間もなく、絶対在籍時間も存在しない。
この方式は、日本では2社しか採用していない。
理由はいくらでも嘘が可能だからである。
ビックス社ほどになると、そんな人物は皆無だから採用できる方式と言える。
「今日の出勤は、7:00としておこう。
フルフレックスだと、天国みたいな世界だな。なんで他の会社は採用しないんだろう?」
世間に疎い一新であった。
いろいろ、雑務をやった後に、未来予測プログラムに一新しか結果や処理中の内容が一切見えないようにブラックボックス化してプロテクトを強化した。
8:00と同時に、美奈子がいる執務室のモニターとインターフォンを乗っ取り画面越しで美奈子を見る。
執務室の机の前で美奈子がうろうろしていた。
「おはよう、ございます!」
画面越しだと、挨拶できる自分に少し感動をおぼえる一新だった。
「あ、アンノウン様!おはようございます!」
なぜ、様をつけるか理解できない一新は違和感をかんじる。
「アンノウン様は、おかしいので他の名前にしませんか?」
「お、王子様?」
なぜ?王子?私の常識がおかしいのか?実名は、まずいかと思い、よく使うハンドルネームを教える。
「ツヌグイと呼んでください」
「なら私はイクグイかしら?」
美奈子の頭の良さには、舌を巻く一新だった。ツヌグイからイクグイを連想するってマイナーな神話を覚えている事になる。
さらに、自分には届かない女性だと認識していく。
「早速ですが、どのような仕事のサポートができますか?」
「どこまで、話してよいか....いま、私のプロジェクトで【景】を使っているのですが、リソースの30%を超えるプログラムが存在しません。通信回線で多重のプログラムを起動して負荷をかけても処理より先に通信回線がパンクしてしまうため、ワンモジュールの速度測定が必要ですが、可能ですか?」
「さっき、手持ちのモジュールを改造して作ったので、試していいですか?無限ループにはならないと思いますが、非常時には強制終了可能なように、モジュールの本体は私の方に設置して処理だけを【景】に投げる感じにします。異常事態があれば、そちらから通信を遮断すれば止まるはずです。実行します?」
「え??」
まさか、そんなに早く実験できると思っていなかった美奈子は、驚く
「わ、わかりましたやってみてください」
美奈子が【景】のコンソールに遠隔で接続して、執務室のモニターにコンソール画面がうつる。
使用率が0.0000125%であった。
「行きますよ!あ!【景】のログインIDください」
一新は、自分の未来予測プログラムを実行しようと思ったが、今のログインでは、こちらでは負荷を計算できるが裏モードなので美奈子には見えない事を思い出す。
「え!そういえば伝えていませんでしたね。いまから接続方法をメールします」
5分ほどでメールが来たが、接続方法が特殊であった。
何重にもプロテクトがかかっているが、外に対してではなく内に対してであって、まるで外からの侵入ではなく内部からの外部への侵入を防ぐという珍しいものだった。
「美奈子さん?この【景】のログイン方法が異質なんですが?」
「うああああ!美奈子って呼ばれちゃった!」
美奈子は舞い上がる!顔は真っ赤。
一新は、しまった!なれなれしかった!伊藤さんだった!めちゃくちゃ怒ってると思ってしまった。
真逆の勘違いを生んでいた。
「い、伊藤さん?」
「美奈子でいいですよ!いえ、美奈子って呼んで!」
一新には、理解できないが、言われた通りにしないと又、怒らせてしまうので今後は美奈子と呼ぼうと決めた。
「いま、改良中の【景】は、人工頭脳の取り組みもしているので万が一のセキュリティですよ。外部からの侵入は、ビックスサーバーからでしか物理的に接続されていないので、世界最高峰のビックスシステムセキュリティを突破しないと無理なので、ないんですよ」
美奈子は、ごまかしたが【景】で人工頭脳の研究などしていなかった。
すぐさま突破できるんだが...と一新は内心で思いながら通常ログインで【景】に接続して、使用リソースを30%に設定した後に、未来予測プログラムを実行する。
期間は、1日ではなく1年である。
【景】の使用リソースが30%マックスまで、すぐに上昇して18.2567秒で結果が出る。
「嘘!30パーセント使い切った!通信量もおかしい!ツヌグイさん?何処から操作してるの?あなたに送られたデーターの量は、サーバー間を繋ぐ為の最大のケーブルじゃないと不可能よ」
美奈子は、目を疑っていた。一般回線どころか業務用の最大の転送速度でも不可能な転送速度を受け取ってしまったツヌグイの端末が理解できなかった。
一新は、焦った。
可能な方法を模索されたら自分が何処にいるかバレてしまうからだ。
自分の端末は、ビックスサーバーの中に隠して作った仮想空間にクラウド的に存在していて、目の前のパソコンはただの入力装置であった。
それが、可能な場所はビックスサーバーに物理的に通信回線をつないでいる、この個室だけであった。
「ひ、秘密です....」
「これも秘密なのですね。調べないでおきます」
美奈子は、「知ってはいけない情報で知れば大変な事になるから一新が、私の身を案じて言わないのだわ」と勘違いする。
「モジュールの計算数と処理時間および負荷による分散処理速度のデータと、処理の際の熱量と消費アンペア数およびメモリーの速度と....多いな。全部送るので参考にしてください」
分析結果だけで、受信に1時間かかるほどの量を美奈子の端末に送る。
「なんて細かい分析!」
目を輝かして結果を見ていく。
個室のドアがノックされて大将の大きな声が響く。
「一新さん!荷物届いたよ!個室の壁を開けないと入んねーぞこりゃ」
「今開けます。そんなに大きいですか?」
一新が使っているサーバー室の付属の個室は、大型搬入用にドア以外に、壁を開く事が可能である。
壁のロックを外すと大将が外部から開けてVMGの大型筐体が姿を現わす。
個室は6畳ぐらいあるが、ほとんど場所取られるぐらい大きい。
最新で1番高いものではなく、1番小さな物を選べば良かったと後悔した一新であった。
「じゃあ、ここ置いとくぞ!スゲー機械だな。購入者が会社名じゃなくて山田一新になってたから個人で買ったのか?やっぱり、一新さんは凄い人なんだな?」
「いや、上手く買っただけですよ。」
大将が設置を手伝って警備室に戻った。
「山田 一新さん?」
「はい?すみません、私用でバタバタしてしまいましたね」
美奈子は、興奮していた、とうとう王子様のフルネームを知ってしまったからだ。
一方の一新は、VMGを早くやりたくて仕方がない。
「今日は、この辺でいいですか?」
「ええ!いいですよ!また明日8:00に連絡してください」
美奈子からの連絡を受けれない事に一新は、気がついたので、電話番号をメッセージで送信した。
「今、電話番号を送ったので緊急時はそこに電話ください」
「きゃあああ」
美奈子が昏倒した。
「大丈夫ですか?」
突然、電話番号を送ってくるキモい奴と思われた悲鳴だと思う一新に対して、とうとう電話番号まで手に入れて有頂天になった美奈子の温度差を知る者はいなかった。
「だ、大丈夫よ!じゃあ、また明日!」
美奈子の頭の中は山田一新で一杯であった。
一新は、仕事もそっちのけで去っていく罪悪感を抱えたままVGMのセッティングを始める。
IDが無事に落札されていたのを確認して筐体にIDを入れてテクノVMG本社のゲームサーバーに接続する。
取説を読むとセッティング平均時間が8時間となっていた。
ため息をはいて呟く
「凄いゲームだな」