ACT.6 堅忍不抜
お久しぶりです♪
ノルンの足枷の作者アイニャです☆
最近一層と寒くなって参りましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?
私は、毎日時間が空くたびに凍えた手で携帯にメモ代わりとして文章を打つ日々が続いております^^;
さて、前置きはこの程度にして、ようこそ皆様!
今回初めていらっしゃった方も、今までの作品を見てきてくださった皆様もご来場ありがとう御座います♪
さてさて、もっとお礼を申し上げたいのですが皆様は長いスピーチを読みに来たのではなく、本文を読みに来てくださったのですからこんなところで足止めを食わしてはいけませんね^^;
ということで「ACT.6 堅忍不抜」をご覧ください♪
過去の私が消えたとしても、今の私は消えやしない。
未来の私が消えたとしても、何も変わりはしない。
ましてや今の私が消えた所で、世界の理に触れたりしない。
移ろい行くのは時の流れと、ただそこにいる私だけ。
Milshelc Ainia
御上市全体がほのかな茜色に染まる。
時計の秒針はカチカチと確かに時を刻む。短針はぴったりと数字の六を指し、長針は真っすぐ縦に伸びる。
その頃になっても人影が少なくなる所か、御上神社から商店街を抜け、神楽通りまで伸びる一本の道路にさえ街中の人々が蔓延っていた。
賑やかな清淀祭の余波を漂わせながら、個々が自らの理性を崩壊させる。
「ハァ、ハアッ」
その中に一点、希望と野望をその胸に抱く少年がいた。
浅葱色を点す星霊が一柱。藤崎悠志を主君とし、それに忠実の限りを尽くす祝炎もそこに居た。
ただ、プラムは実際的にそこに居るだけで、物理的な姿形を模している訳ではない。装飾品の指輪として存在する特殊な道具に、己が意思と力の一部を転移させた契約具として地球に存在していた。
「此処で終わりですね?」
透き通るような凛とした声が、主君の身を気遣って心配そうに言った。
中距離走をスタートからゴールまで全力で走り抜けたかのように荒々しい呼吸が響く。
「ありがとう。しばらく休憩した後、作戦に臨む。お前も休んでおくといい」
プラムは相槌をうって悠志の言葉に応えると、御上市の至る所に設置した散花の数を数えて哀しみに耽った。
ジリジリと照り付ける太陽の光が真横から射す。全ての影は横に長く伸び、茜の世界を飲み込んでいく。
「やっと……だな」
生い茂った草花も今ばかりは息を殺している。
藤崎悠志を中心に北側にやや広がった楕円形の公園。そこに二つの影が落ちた。
「待っていた……というよりは待ち侘びたといった感じか?」
横に並ぶ女性を後ろに隠して、口を開いた暮羽は右耳に青いピアスを煌めかせ、公園の仕切りで立ち止まった。狂気にも似た血に飢えた獣の形相がそこにある。
悠志は夕日を正面に構え、赤橙色の光を瞳に点している。
「準備はいいのか?」
低く重くのしかかるような声で挑発すると、右手の人差し指と中指を揃えて悠志に向けた。
ピタッと音が沈む。草木は確かに揺れ、心臓が鼓動する感覚も手に取るように悠志を包む。
刹那、悠志は右に跳ぶと、体から漏れる熱気を掠め取るようにして一筋の稲光が走る。火花が散るようなバチッと甲高い音が響いて、今そこに悠志がいた空間を貫いた。
「初突の紫電を避けるとはな……。ここで朽ちねば中々の猛将になれるやも知れぬ」
戦の口火を切った暮羽の一撃。両者体勢を立て直すと、再び向かい合うようにして静止した。
「もう一度試してみるか?」
暮羽の眼をじっと睨みつけての挑発。一対一の真剣な眼差しがぶつかり合った。
「良かろう」
右手を前に出して先程と全く同じ姿勢をとる。
「雷鳴駆けるは刹那の刻よ、大気を裂いて突き抜くは瞬雷。雷槍の一"紫電"」
言葉を紡ぎ終えると同時。真横に跳躍した悠志の左手をまるごと焼いて、一瞬の内に突き抜けた。
悲痛の声が音にもならない。瞬間的な痛みが走り、肘から下を殺す。
一秒程遅れて弾けるように地響きが重く鳴り響くと、それに釣られるように藤崎の左腕が悲鳴を上げた。
「ぐっ……」
初めの一撃のように不意な攻撃ではなかった。それどころか攻撃のタイミングを完全に見切ってさえいた悠志は、今の自分の置かれている状況を信じられないでいた。
神経が焼き払われた左腕には違和感だけが残る。
「油断したな」
左腕を押さえながら立ち上がる。
「違うな。油断していなかったとて避けれはしない」
皮の剥げた暮羽の右手には緑鱗が光っていた。紫電の衝撃が人としての暮羽の擬体を弾け飛ばしたのだ。
「貴様のソレは油断ではない。ただの"過信"だ」
口を動かしながら公園に踏み入る。凪咲は胸の前で両手を組んで、祈るような形で目を瞑っていた。
「そう喚くなよ、まだ始まったばかりだ」
左腕を支えながら崩れた体勢を徐に直していく。いかにも致命的な一撃をその身に受け、それでも尚挑発する。
「第一関門通過」
俯いたままの悠志がそう呟いたか否かといったタイミングで、凪咲の姿が茜に染まった煙に包まれる。
「続いて散花――」
凪咲を包んだ煙が風で吹き飛ばされるようにサッと流れる。やがて煙は細々と散って凪咲の姿と共に消失した。
「流石に一筋縄ではイカンな。シュバイン、網を張れ」
霧と消えた凪咲の姿を確認する訳でもなく、自らの星霊に命令する。当の星霊は頷きとも聞こえなくない低くのしかかるような音で唸った。
「雷槍の三"鎖縛"」
悠志に向かって走り出す暮羽の頭上で光が弾けると、棒状に伸びた無数の光が公園周りを囲った。
バチバチッと火花が散るような音を立てながら、距離を詰める暮羽。後数歩にまで近付いた所で急に足を止めて周りを見渡した。
「過信していたのは俺の方か。しかし……」
そう言って立ち止まる暮羽の前で、悠志の姿をした煙が、凪咲の時と同じく雲散霧消した。
轟々と低く擦り合うような音が暮羽を包む。暮羽は目を瞑って神経を研ぎ澄まし、展開した砂縛を広げる。
「ああ、最初から芝居だったという事だ」
返事のない相手に言葉を飛ばす。
「何、心配はいらん。何より如月凪咲には細工しておいたからな」
依然鳴り響く轟音を気にする事なく、目の前で合わせた掌を少しずつ開いて、目一杯に左右へと腕を伸ばした。
ヒトの目には見えない鎖縛は暮羽の動きに同調して、次第に広がっていく。
それは宝礼の力を以って初めて見ることの出来る力。
「違う、違う……こいつも違う」
網に掛かった宝礼を一人ひとり識別し、探索の張本人を探し出す。
「この街は何だ? 異様にジニアの数が多い……」
横では轟と鳴く雷獣の声が幾重にも重なって響く。
それがヒトに見聞き出来るものであれば、騒音に外ならない。
「ん? さっきから同じ奴ばかり……っ」
暮羽は閉じていた瞼をギンと見開き、空を見上げた。
「よう、探し物は見つかったか?」
宙に浮いた悠志の影が暮羽を蔑むと、スッと音もなく消え去った。
人の形をした暮羽の頬を汗が伝った。
藤崎悠志の形をした幻影がふわりと景色に溶け込んでいく。
暮羽はそれを目の当たりにし、それでいて慎重に事の次第を読み取っていた。
「設置型の幻術魔法か……。大した術者だな」
御上市一面に広がった無数の宝礼反応。そのほとんどが悠志の存在を誤認させ、凪咲の位置特定を撹乱させていた。
「後の戦、少々楽しめそうだ」
不利な状況下で尚笑っている。天兵である一騎士として手応えのある相手に歓喜していた。
より一層轟く雷獣シュバインの呻き。落雷の如く響き渡った。
「天兵、暮羽薮名、推して参る……」
その声が響くより速く、暮羽の姿は幻影を追った。
一つひとつ、着実に宝礼の反応を消滅させて紫電一閃の如く御上市を駆け巡る。
その姿は最早人に非ず、緑鱗を身に纏った人型の蜥蜴がヒトの肉眼では捉えられない速度で疾走していた。
「――雷槍のニ"走雷"」
真横から射す太陽の日差しが普段そこにある筈の景色を一変させ、幻想的な世界をそこに気付いている。
その幻想に応えるように、それこそ幻としか言いようのない現には信じ難いソレが一瞬の内に街中を駆け抜けた。
悠志たちは軒並み高いビルの路地裏に身を潜め、現状把握と次に行うべき行動を詮索する。
「よし、思ったより計画通り。凪咲には申し訳ないが、このままお前を庭園に送る」
悠志の目の前で、腰まで垂らした長髪の女性が息を荒くして壁に身体を預けている。
「どうして? 構わないでって言ったのに……」
絶え絶えに漏らす言葉に返事はなく、我勝手にと次の行動へと移行する。
御上市を跋扈し、一面に撒き散らされた散花を一つひとつ潰して回っている暮羽。
その時間稼ぎを都合に入れて、新しい段階へと突入する。
「リビアの残数は?」
「既発動が20と未発動が30。幾分制御が容易になりました」
二人しかいないその空間に第三者の綺麗な声色が響いた。
「これって……?」
星霊"祝炎"。浅葱炎を司る戦女にして藤崎悠志のサーヴァント。
「俺の力の根源、プラムだ。この作戦が成功したらちゃんと紹介してやる」
凪咲から振り掛けた問いにやっと返って来た言葉に安堵しながら、今ある状況に微笑んだ。
「リビア全発動」
御上公園をほぼ中心とした円形で、悠志がいる位置と丁度同じ半径の位置に三十もの散花が出現した。
残っていた散花と新たに発動した散花が、御上公園を目指して集中する。
それに紛れて悠志もまた目的地である公園に歩を進めた。
「折角逃げて来たのにまた公園に戻るの?」
不安を仰ぐ凪咲の問いに答えるべく悠志も口を開く。
「ここら周辺じゃ、鏡界への突破口が公園にしかない上に時間が限られてる。一か八かの賭けだ」
もちろん暮羽もそれを計算した上で鎖縛を展開し、新たな戦術を組み立てている。
新たに出現した散花を確認すると、付近の散花を消滅させつつ公園へと向かっていた。
また、悠志もそれを理解した上でこれ以上ない危険に自分の身を曝している。ただの邪魔者でしかない自分は、何の躊躇もなく殺されるという大きなリスクを侵して。
「我が御霊の抱擁――」
普段なら人の蔓延る道路にはその影すらない。悠志の胸元が淡く光り、弔いの花冠が首から下がった。
清淀祭。人々は歓喜に呑まれ、その一日を特別に過ごす。その中で二人の宝礼は人ならざる力を行使していた。
「手を……」
そう言って差し出す悠志の手を凪咲の手が掴んだ。
ひたむきに走る悠志の背を温かく見つめた。
「中々……この街の構造を理解した上でのこの戦略。やはり、ここで散らすには惜しいな」
先より出現していた散花を放り出して、新たに出現した散花へと矛先を向ける。
藤崎悠志の形をしたソレを一つひとつ貫いて、標的よりも速く戦場の原点、御上公園へと赴いた。
「他の門を探すでもなく、ここに執着した事は間違いではない。しかし時期尚早であったな」
ドスッと鈍い音を立てての着地。同時に地面を蹴って垂直に跳び上がった。
「流石にFクラスの兵号か。あれだけ周到に準備を重ねても、あっという間に潰しやがる」
最後の作戦に全てを賭けて、散花と共に公園へと集中する。
一つ、また一つと遠距離から潰される散花。その緊張感と焦燥感に身を包まれながら、後ろ手に繋ぐ凪咲の鼓動を受け取った。
刹那、迫り来る雷光を紙一重で避ける。その様子に気付いた暮羽は一瞬の内に距離を詰め、そこに凪咲の姿を認めると、それが"本物"であるという事を確信して、暮羽の掌が悠志の胸を打った。
大きくのけ反る。完全に姿勢を崩した悠志の胸をもう一度打ち抜いた。
煙のようにフワッと暮羽の腕が悠志の胸を貫く。紫電後の散花の時と同じく、悠志と"凪咲"の姿までが霧と消えた。
「何っ?」
一撃目の掌打には確かな衝撃があった。しかし、二度目の掌打の時は他の散花と同じく空気の層を貫くだけで、実体の手応えがまるでなかった。
暮羽が"本物"の悠志を貫いた瞬間、遠く離れた散花に凪咲の姿が移動する。
一瞬にして移動した二人に向けて暮羽の紫電が放たれ、悠志の肩を貫いた。
「設置型幻術魔法に転移を付与した超高等……?」
再び散花に移動した二人の影を認め、眉間に皺を寄せる。
一撃目に感じた右手の確かな感触。その感触が違和感にさえ感じ始めていた。
パッと全ての散花と悠志の視線がブランコの数歩手前に集中する。暮羽も周りの景色を無視して"そこ"を凝視した。
「時は満ちた」
ぽっかりと開いた正円形の門。周りを何色とも似つかわしくない靄が包み込んでいた。地球と鏡界(アニマ=アニムス)を繋ぐ門、醜悪なソレの名を"天廟"という。
ニヤリと余裕の表情を浮かべた悠志が、暮羽を取り囲みながら天廟へと一気に迫った。
先程までの一つひとつ潰すといった丁寧な一撃とは程遠い出鱈目な攻撃が、手当たり次第に散花と"本物"を破壊し始める。
暮羽の雷撃と素手による掌打は、残りの"一つ"になるまで徹底的に力を奮った。
確実に数を減らす散花。暮羽の的確な一撃一撃は焦りによって外す事なく、かえって精密になった攻撃が正確に的を射抜いていた。
「残り五つ」
時折手応えのある衝撃音が響き、実体がのけ反る様が暮羽の目に映る。
バチッと炭の火花が散るような音を立てて、二度三度と本物のソレを貫くと瞬く間に煙となって景色と同化した。
「転移しない……?」
そう言って最後の二つの内の一つを消し去ると、残った一つに向けて突進した。
悠志は今まで大事に握っていた凪咲の手を放すと、暮羽の攻撃を迎え撃つ形で祝炎の浅葱炎をその身に纏う。
「手は尽きたか? ならば……」
纏わり付く炎などお構いなしで悠志の腹部を狙っての掌打。
悠志がそれを難無く防ぐと、顎を正確に捉えた肘が迫り来る。
暮羽の肘に両手を重ねるも、それを突破して顎先を掠めた。
(危ねぇ――)
静寂が包み込むつかの間の安堵。
それを崩すようにして双掌打が悠志の腹を打った。
悠志の身体が地面を転がる。グラグラと揺れ動く景色に目眩を起こしながら徐に立ち上がった。
暮羽はすかさず凪咲へと詰め寄り、その主導権を握ると、深く一息吐いて悠志を見つめた。
「振り出しに戻ったな、藤崎悠志。もっとも、貴様の方は振り出しとも言えぬか?」
ふらふらと立ち尽くす悠志をよそ目にじわじわと凪咲を天廟へと近付ける。
「そうでもないさ――」
微かな吐息混じりの声が響く。ハッハッと小刻みな呼吸。公園を取り巻く草木花が風に揺れる。
遠くで鳴り響く祭囃子が、幾度の雷撃によって焦げ付いたコンクリートや燃えた木々の香ばしい香りと共に流れてくる。
「まだまだこれからだよ……暮羽、薮名っ」
首に掛けた弔いの花冠の片割れを右手に掴むと、勢いよく薙ぐようにして振り出した。
悠志の右手から淡い浅葱色の光が発し、腕の延長へと光が細長く伸びた。
やがて光は次第に武器としての形を取り始める。
形質が特定される頃には光の中から剥き出しになった刀身が現れ、走り込んだ勢いに任せてそのまま袈裟斬りを放った。
紙一重。殆ど動く事なく悠志の斬撃を体の捻りだけでかわした暮羽は、寸分の狂いもなく浅葱色を点したブロードソード(刀身70〜80cmの幅広の剣)を持った右腕に紫電を放った。
その衝撃に剣は宙を舞う。悠志の右腕に体も釣られて大きく吹き飛んだ。
「ぐうっ……」
焼け焦げた腕を押さえながら、徐に立ち上がる。
「どうやら今度のは本物のようだ」
体勢も立て直していない悠志の左足を再度紫電が貫く。バチンと弾ける音が鳴り、悠志はやむを得なく地面に転げた。
砂地に這いつくばる体は起き上がろうとしない。ピクリとも動かないままで吹き抜ける風に曝される。
「決したか? ぬっ」
悠志が上空から踵落としを放つ。間一髪防ぎはしたものの反応に遅れ、右腕を強打する。
先程まで倒れていた悠志の方へと視線をやると、そこには浅葱炎を纏った剣が横たわっている。
「ふんっ」
右腕で悠志の足を弾き飛ばすと、左手で守るようにしていた凪咲を後ろに突き飛ばした。
「雷槍の二"走雷"」
刹那の時を駆け、悠志が生成したブロードソードを手にとる。
逆手に持ち替えた剣を走雷の速度を活かして、悠志の"いた"空間を切り裂いた。
甲高い金属音が響く。悠志のいた場所にはもう一本のブロードソードが現れ、暮羽の一撃によって弾き飛ばされた。
「何が起こってる――?」
あちらこちらへと瞬間的に移動する悠志を前に困惑する。
(この公園には既に幻術魔法の反応はない。あるのは藤崎悠志と、それが作り出した剣の反応のみ……)
辺りを見回す。そこにいた筈の"如月凪咲"の姿がどこにもなかった。
(いない……? いや、そもそもいたのか?)
状況と現状が入り交じって混沌する。辺りを探っても悠志の反応が一つとそれに似た反応が二つあるだけ。
更には暮羽の目の前に、無傷の藤崎悠志が立ち尽くして笑みを浮かべていた。
「面白い事をするな」
フンと鼻を鳴らして手にした剣を振りかざす。悠志はそれを後ろに跳ねてかわし、宙に浮いていたもう一本の剣を手に取った。
再度切り掛かる暮羽。互いの剣は共に浅葱の炎を上げて交わる。悠志は力任せにそれを弾き飛ばすと、更に追い討ち重ねた。
「妙だな……」
崩した体勢を即座に修正し、大振りになった悠志の胴体を刹那の如く切り裂いた――が、鋭い金属音を響かせて剣だけが吹き飛ぶ。
(どうして初めから真っ向に闘わん?)
悠志は瞬時に移動した空中からの回し蹴りを放つ。
(宙での急な加速……)
逆手に握った剣を両手に持ち直して悠志の身体を思い切り切り上げた。当然のように再び金属音が響き渡り、悠志と地に横たわっていた剣の位置が入れ代わった。
(これの繰り返しばかり――)
悠志が"いた"場所にあった剣は天高く舞い上がり、代わりに悠志が地面に這いつくばる。
宙を舞った剣も終いには地面へと到達し、刀身の半分程を地面に埋めた。
凪咲の所在を気にしながらも暮羽は手にした剣を、地面に刺さった剣と今まさに立ち上がろうとしている悠志を一直線に繋いだ一本のラインに力の限り投げ飛ばした。
轟々と鳴り響く雷が伴い、さながら電磁投射砲の如く打ち出される。
悠志は目の前に刺さった剣を抜き取って、即座に空気を縦に割る。投げ出された剣は悠志の縦切りに丁度重なって地面に叩き落とされ、悠志の手に握られていた剣は鈍い音を立てて無造作に吹き飛んだ。
「……」
久しい沈黙。風音だけが静かに鳴り響き、揺られるもの全てを左右に揺する。木々の葉一枚一枚が擦れてカサカサと掠れた音を奏でる。
一拍遅れてもう一本の剣も地面に落ちた。
「あまりの速さにお得意の転移も使えなかったか?」
笑みを浮かべて悠志を見つめる。今の一撃に何かを見出だして、胸の奥に留まっていた困惑と焦りを消し去った。
「次は移転せよ」
暮羽は右掌を天に向け、脇を絞めたままで体の前に沿える。空気がピリピリと弾け出し、音の響きが鈍くなった。
悠志の周囲を無数の鳥の声が取り巻く。チチチッと小さな音が重なり合い、次第に地鳴りとなって襲撃する。
「雷槍の五"千鳥"」
コンクリートの地面を砕いて進行し、足取りの覚束ない悠志の足を捕らえた。
「くっ」
酔ったようにぐらぐらする違和感が悠志の脳を襲った。
「頭がぼんやりするか?」
ニヤリと不気味な笑みの顔が悠志の目前に浮かぶ。悠志の視界には、至近の暮羽の表情すらぼやけて見えた。
「何をした……?」
虚ろな瞳に暮羽の輪郭だけが微かに映る。
「大した事はない。貴様ら人間の構造を利用したまでだ」
「俺たちの?」
地面に拘束された悠志に聞こえるように、大きく、それでいて静かに言った。
ふわふわと頭に浮かんだ言葉と景色が入り交じっては砕け、混濁しては消滅する。
千鳥による無数の振動が悠志の半規管を狂わせ、真っ直ぐに立つ事すら困難にしていた。
しかし、それ以前に悠志の手足は千鳥によって地面に貼付けられている。
「手の拘束は外してやろう。それでも避けられはしないがな……」
暮羽は右手を思い切り引いて、左手は鞘に納まった刀を抜くように腰に沿える。
「天翔ける八雷の沼鉾。剛を以って柔を殺し、弔詞を謳う参度の天災。雷槍の六"三叉槍"――」
構えた左腕を力一杯に薙ぎ、左手のあった場所に生じた磁場を、下げてあった右掌で握り潰してそのまま千鳥によって捕らえられている悠志に向かって解き放った。
解放された両手に二本の剣を持ち、左手の剣を暮羽に向かって投げる。
しかし、傍を通り過ぎた三叉槍の衝撃に速度を殺され、到達するまでもなく地面に墜落する。
「避けられないなら……っ」
「ダメです主君」
祝炎の言葉に止まらず、右手の剣の形状が変化する。
腕に纏わり付くようにして上半分に比重の高い六角形の盾が形成される。が、強大な雷撃の前に為す術なく弾き飛ばされ、一陣の閃光が悠志を貫く。
断末魔が高らかに響き、轟音と共に静まる。悠志は両の腕を広げたままで立ち尽くし、意気を失っていた。
「藤崎くん」
戦場に似合わない優しく震えた声が少年の名前を呼ぶ。
浅葱炎を点した六角の盾が瞬く間に人型へと変形し、やがて愛の姿が浮かび上がった。
「ば……」
もはや「馬鹿っ」と叫ぶ意気さえ失せ、無意識の内に視線を愛へと移していく。
「やはりな」
そう言いながら、悠志が投げ、三叉槍によって墜落した剣を手に取り、剣先を地面に刺して更に言葉を繋ぐ。
「なれば、コレがあの"娘"ということか」
右手に握った剣を伝うように小さな電流が流れ、ひび割れたガラスが一枚一枚剥がれ落ちるようにして剣の表面が欠け、やがて凪咲の姿がそこに現れた。
時は遡る。
藤崎悠志が全ての散花を発動し、御上公園へと向かう最中の事。
「手を……」
後ろ手に差し延べた悠志の手を凪咲が握り締めた瞬間、凪咲の体は光に包まれ、愛の首に掛かっている弔いの花冠の模倣物へと姿を変える。
「何?」
左手に握ったルーフローラとは別の、既に悠志の首に掛かっているルーフローラから声が響いた。
「えっ?」
答えが返る前に自らのおかれている状態に驚き、思わず声を上げてしまう。
「愛、落ち着け」
悠志がそう言うと、今度は凪咲が驚きの声を上げた。
「愛?」
「この声は凪ちゃん?」
互いの声を聴く事でお互いを認識する。そして、自分たちが"ヒト"でない何かになっている事に気付き、改めて驚いた。
「どうなって……」
「順を追って話す。だから、まずは落ち着け」
愛の言葉を制して悠志が口を開くと、二つのルーフローラは相槌を打ち、悠志が話し始めるのを静かに待つ。
「今、俺という主帝を元に、お前たちは従臣として存在している」
緊張感が焦りを煽り、一人は恐怖、一人は歓喜を抱いていた。日常からの離別、日常の放棄、非日常の歓迎、非日常への跳躍。見方と言い方さえ違えばいくらでも言葉は生まれよう。
思考のベクトルさえ異なれど、不安の渦巻く明日への進行は二人に"希望"を浮かべさせていた。
「二人は何もしないでいい。ただ目を瞑って、事の次第が済むまで静かにしていろ」
二人が何もしなければ、それだけで散花の真価を隠し通す事が出来る。そう考えて言った。
「不正とはいえ、仮にも愛は俺の従臣だ。魔術に対する耐性を備えているし、魔力によって鍛えた造物は並大抵の事では壊れわせん」
急展開を迎える話の行く末に、二度目の交戦の予兆が漂っていた。
「ただし、凪咲は愛の存在を真似ているだけで、大した性能を付与出来るわけでもなく、故に脆い」
全身が凍り付くような錯覚が凪咲を包み、ゆっくりとルーフローラの灯を弱くした。
「だからこそ、守ってみせる」
首にかけた愛のルーフローラと、左手に握った凪咲のルーフローラを交換し、手にしたルーフローラを腕に巻き付ける。
ぐっと締め付けるようにして腕に巻かれたルーフローラは、浅葱の炎に包まれて腕輪へと変化した。
「お前には傷一つ付けさせはしない」
堅い意志に語調が高揚し、声は低くともその強さを感じさせる。
「その為の術もある」
安心感を抱かせる悠志の断言に安堵を吐き、弱々しくなった祝炎の象徴ある浅葱炎がふわっと膨らんだ。愛はといえば、複雑な想いに萎縮しつつも凪咲に講じられた安全策に期待し、一時の安らぎをつかみ取る。
「だから安心して欲しい」
相手が自分より遥かに高みの者だと分かっていても敢えて口にはしない。見え隠れする不安を肥大化させる意味もなかった。
「はい」
「うん」
二人の従臣は真っ直ぐな声を並べて悠志の意志を胸に刻んだ。
定まらない未来への不安。
かつて、自らの身に代えても愛し人を守り抜くと誓った少年は、二人の掛け替えのない命を背に、その不安を拭おうとした。
だが、そう上手く話が進む訳もなく悠志の術は全て破られ、今に至る。
一時的なものでありはしたが、F級の暮羽を欺き、万が一にも作戦は成功するというところまで持ち込んだ。
本来であれば、実質的な戦力へと数えられない見習いのZ級からすれば、これ以上ないほどの称賛にあたり、実際に暮羽は悠志の実力を認めていた。
だが、悠志の求める先にはそれも称賛には到底及ばず、ただ悔やみだけが悠志の意志を崩壊させる。
"散花"。悠志の繰った術にして祝炎が祝炎である証明とも言える高等な魔術。
全ての命運を懸けて発した術も、暮羽を前に無惨に散った。
第一に幻影としての視覚的幻術。これはヒトやその他地球生物に対してならまだしも、宝礼に対しての効果はないに等しい。
第二に術者の分身を生み出し、それぞれの存在を術者と近似させ、対象の誤認を誘うデコイとしての性能。暮羽が予め細工していた凪咲を検知するための術式もこれによって破棄され、鎖縛の検索機能を麻痺させる。
最後の切り札としての性能である自在転移はそれぞれに設定した存在を、近似したものから術者そのものと同等にし、また、従臣の存在をも術者と同じにする。
また、存在を同等にした散花の間を自由に移動し、従臣の位置さえも好きなタイミングで転移させる事ができる。
一目には素晴らしい性能であるが、全ての幻影を消滅させてしまえば残るは本人となってしまうことは勿論、本人含む全ての同一的存在を一カ所に集めて攻撃すれば一網打尽にすることもできる。
しかし、それらよりも一番重大な問題は存在の分配であり、これは本人の存在を身代わりにするもので、つまりは幻影としての散花が一つ消滅させられる毎に術者の"力"を削ぎ取り、全ての幻影を消滅させられた時には丸裸同然の状態に陥る。
悠志は持てる力の全てを散花に注ぎ込んだ為、全てを消滅させられた際には手にしたルーフローラを直ぐさま剣へと変貌させ、容易に消滅させられないようにした。
それでも暮羽の猛攻によって弱点を見破られ、千鳥から三叉槍へと繋いだ攻撃によって撃沈した。
その際に、凪咲の存在を転移させた剣を投げ飛ばし、魔力によって鍛えられた愛の剣を盾へと変形させ、攻撃を防ごうと企てるが、三叉槍の威力に負けて弾き飛ばされた。
全くの無防備になった悠志の体を三叉槍が突き抜け、勝敗は決した。
「大方そういった小細工だろうとは感じていた」
最早、凪咲を隠す必要さえなくなった暮羽は、横で膝を折って力無く崩れた少女に視線を移し、静かに言葉を紡いだ。
悠志は依然硬直したままで動こうとせず、ただ視線だけを泳がせて形の定まらない景色を眺めていた。
「藤崎悠志、見事であった」
腕を伸ばして掌に"力"を集める。
バチバチと響く音にハッと目を覚ました凪咲は、暮羽の腕にしがみついて叫ぶ。
「駄目だって、これ以上やったら……」
凪咲の言葉を遮るように暮羽の掌からは紫電が放たれ、悠志を襲う。
「死ん……じゃ」
定めた目標へと一直線に進む紫電は、躊躇うことなく当たって弾けた。
バチンと空気を裂いて音が鳴り響く。
凪咲は音に反応し、一テンポ遅れて振り返り、そこに映る景色に絶望する。
言葉にならない声が喉をつくが、思わず口を両手で覆う。
顔面から噴き出した血が地面に流れていく。鮮明で濁りのない赤い液体は、悠志の足元まで流れていった。
凪咲はあまりの残酷な眺望に言葉を失い、地面に四つん這いになった状態でひたすら目の前に広がる景色を否定した。
しなやかな髪を蹂躙し、衣服を鮮血に染めていく。弱々しく倒れている姿には誰もが声を失い、その刹那に息を呑む。
――少女の体を包み込むようにしてそれは広がる。次第に広がっていく真っ赤な液体は、愛の額から流れていた。
「見てなさい」
横たわった少女は瞼を閉じ、涙を流しながらゆっくりと吐息混じりに口を開いた。
「きっと藤崎くんは復活して、きっと私たちは貴方たちに追い付いて、そしてきっと貴方たちに勝って見せるんだから」
震える声で小さく呟いた。
そう口にしてしまってからは一言も言葉を紡がず、襲い来る恐怖を必死に堪えながら涙を流し続けた。
「愛……」
凪咲の口から漏れる言葉に力はない。ただ悲しみだけが込み上げて、目の前に広がる現実を否定したがっていた。
「ふん、興ざめだな」
ハアッと溜め息を一つ吐いて完全に露になった蜥蜴のような鱗で包まれた右手を携帯電話でも持っているかのように右耳に沿える。
「こちら聖界所属熾天使管轄下特別審査官、兵号F216C暮羽薮名」
地面に力無く這いつくばる二人をそのままにして、だらんと腕を垂らして座り込む凪咲を肩に背負うと、そのまま禍々しい靄を発生させている天廟へと歩を進めた。
「第一任務ならびに第二任務完了。只今より聖界に帰還する」
辺りは風と木々の揺れ擦る音だけが静かに響き、清淀祭の余韻さえ感じさせないでいた。
天廟の一歩手前で振り返り、二人の負傷者を一望する。一人は立ち尽くしていた体を無理に動かして倒れ込み、もう一人は紫電の的となって気を失う。
戦場となった御上公園はあちらこちらに焦げや煤を作り、草木は燃えて原型を留めないでいた。
最後にもう一息溜め息を吐いて、視界に広がる公園内の惨状を悔いた。
「少しやり過ぎたな」
そう言って天廟に足を踏み入れた。
スッと暮羽の体が天廟に飲み込まれ、時間の経過と共に開いた天廟は閉じ、最後には元の空間へと戻った。
祭囃子が次第に大きくなり、やがて二人は祭に参加していた子どもたちによって発見される。
親類、友人など知人が周りを囲み、修繕された御上公園を当然のように何とも思わず、ただそこに倒れている"だけ"の二人を病院へと送った。
御上公園には暮羽と悠志によって齎された傷跡一つ残っていない。
二人は、祭りに紛れ、何者かの引き起こした何らかの事件に巻き込まれたものと処理され、二人が目を覚ました後も深くは詮索されなかった。
「ごめんな……」
病院のベットに横になって窓の外を眺める愛に声をかける悠志。瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。
「どうしたのよ、別に藤崎くんが悪いんじゃないでしょ」
視線は依然窓の外に広がる悠久の空に注がれる。
「全部あの暮羽って化け物が悪いのよ」
震えた語調でいつか見た景色、眺望、風景を思い出す。最後に目にした凪咲の姿が彼女の瞼の裏に焼き付いていた。
「俺にもう少し、もう少しだけ力があれば……」
「そう私を想ってくれるなら、私の願い事一つだけ聞いて」
愛は悠志のいる方向へと顔を向ける。悠志も顔を上げて愛の表情を悲痛の瞳で見つめた。
「いつもの藤崎くんに戻って、すぐに凪ちゃん追いかけよ」
ニッと口に横に広げてにやける。
「そんでもっていつも笑顔でいて欲しいの。世界を見て欲しい。そして私に教えて」
声が小さくなるに連れて感情が高まって甲高い声になる。両手で顔を押さえて顔を隠すように覆う。
「いつでもあなたのいる世界を感じていたいのっ」
盲目の少女はぽろぽろと零れ落ちる涙を布団で拭い、顔を布団に埋めて思いきり泣き叫んだ。
いかがでしたでしょうか?
初めての戦闘シーン。同じ語が何度も出てきたり、聞きなれない言葉がいくつも出てきたりで困惑したかもしれませんね^^;
同じ語が何度も出てくるのは私個人の語彙量のなさが原因なので、以後も精進していきたいと思います♪
さて、ここで一応報告という形で皆様にお伝えしたいことがあります。
それは、前回までの間に一人称と三人称がありましたが、それら全てを三人称に統一し、全体の構成をまとめたいということです。
つきましては、ACT.2やACT.3の内容が変更されるということで皆様にもご迷惑をおかけしますがご了承ください。
また、そちらの編集に時間を割かなければならないので、次の「ACT.7 獅子奮迅」の更新は今回の如く遅くなる可能性があります。
そちらの方もご了承頂けると幸いです。
また、皆様からの応援メッセージや、間違い報告、質問などを頂ければ、より一層モチベーションが上がるので更新する意欲が沸くかもしれませんw
一言でいいです。もしよければご連絡ください♪
では、長くなりましたがこの辺でACT.6 堅忍不抜を終わりたいと思います。
次回またお会いしましょう♪