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ノルンの足枷  作者: Ainia
5/7

ACT.5 奇想天外

毎度読んで頂いている方から、初読の方まで、大変長らくお待たせしました。

約二ヶ月ぶりの更新です(汗


当章はファンタジーとしての世界観が広がるものではありますが、まだ、皆様が期待するようなハラハラドキドキの戦闘シーンはありません(ぁ

ですが、これを読んで今後の展開にご期待ください♪


また、当小説のタイトルが正式に決定した旨もお知らせします。

これから記載されるタイトルは

「Neutral」ではなく

「ノルンの足枷あしかせ」となります。


タイトル、冒頭、章タイトル。

全てを頭の片隅において、小説を読んでいただけると大変有り難いです。


長くなりましたが、これから第五章「奇想天外」が始まります。

携帯の方は次ページへ、PCの方はそのままスライドしてお読みください♪

それでは、後書きでお待ちしています。

空に引いた一本の線と

海に引いた一本の線と

山に引いた一本の線は

みんなおんなじ色の線でも

みんな違った表情を浮かべて

みんな違った想いを寄せて

それでも自分を信じてそこに

凛と強く映えて立つ


    Milshelc Ainia



 魔法。

 誰しもが一度は使いたいと願う物理法則を無視した超上の力。

 未来予知、飛翔、透明人間などなど、目的は違えどその力に憧れを抱くのは人間の人間たる理性に則ったもの。

 故に人は古来より黒魔術や占術のような俗にオカルトと呼ばれる分野に属する幾何学的な力を追究し、現在に至っている。

 黄金の夜明け団から独立したアレイスター・クロウリーもソレを求めた一人である。

 また、現在に至ってもその情熱を捨てきれず、人知れぬ場所で実験を繰り返している輩も多からず少なくない。

 魔法。

 神秘の力、奇跡の力、古代の力。その魔法が形を成して現代に現れた。

 その名を『ジン』。鏡界(アニマ=アニムス)に由来する不可思議な現象を魔法と類似するものとしてそう呼んでいる。

 また、ジンを宿した人間及びその他の物質を宝礼(ジニア)と呼び、その内の使者となる者を主帝(ロード)、武器となりて使われる者を従臣(クォーツ)と呼ぶ。

 ロードとクォーツは対となりて互いの力を掛け合わせ、大いなる力を使役する。

 その力は地球(アース)と呼ばれる、人間が本来生まれ落ちる世界にまで及び、やがてそれを鎮圧する部隊が現れた。

 当初、神々が組織した防衛部隊と呼ばれた三つの部隊。

 一つは守護部隊。鏡界に於ける異常な力のぶつかり合い及び独断による使役を監査し、地球に影響を及ぼす可能性が認められれば直ちにそれを停止させる。

 次に星霊部隊。鏡界で起こった何かしらの事象が地球に影響を及ぼした際に、崩れた地球の均衡を修繕する。

 最後は精鋭部隊。いわば守護部隊の上級組織。守護部隊に於いて拘束できない宝礼(ジニア)を停止させ、刑罰を与える組織。

 当時の少なかったジニアの中で世界秩序に力を奮った英雄たち。故に自らに抱くプライドは高く、精鋭部隊の中では階位を定めていた。

 より強く、より大きな業績を経て、全ての頂を統べる者へ……。そして、頂点への憧れが禍を呼び起こす。

 鏡界を統べていた神たちの厳重なる防衛部隊の管理の下、ジンの使役を制限された精鋭部に属したジニアたちが、神々に謀反を起こした。

 神とジニアたちは7日に渡る互いに大きな損害を齎した聖戦を終え、神はジニアたちの手が及ばない清浄なる聖界(ユートピア)へ、ジニアたちは神々が忌み嫌う魔界(ディストピア)へと退いた。

 やがてユートピアへと逃れた神々は、幾度と天兵をジニアたちの元へ送り出し、ディストピアを窮地に追いやるが、ディストピアの頭首であり、悪魔たちの王でもある"ルシフェル"によって多大なる被害を被った。

 後に"伊弉諾(いざなぎ)""伊弉弥(いざなみ)"の二柱によってこの戦が鎮められるまで、二つの相対する勢力は交戦を続け、互いの勢力は確実に衰退していった。

 聖戦によって壊滅の危機に追いやられた庭園(エデン)。残された星霊部隊と守護部隊は各地の修繕に尽力していたが、無差別に力を奮うジニアたちが現れる度に出動する守護部隊は実質的な修繕は適わず、星霊部隊も本来の修繕対象とは異なるエデンを対象にするため、勝手の違う環境に難を極めていた。

 だが、立場的に中立を通すエデンの住人は、二つの勢力からの圧力を受けながらも、独自の文化を確立した。

 ハートシステム。地球に在中するジニアの種たちを鏡界へと勧誘し、能力を開花させることで、新たな人員補強による修繕活動の促進、ジンの研究などに利用した。

 ユートピア、ディストピアの住人もハートシステムをそのまま利用し、新たな兵力を生み出し、蓄えることでいつ起こっても不思議ではない二次聖戦に備えていた。

 そこでハートシステムの対象となったのが他でもない地球に住まう人間である。

 手段を問わずに人間を自らの配下に置いたディストピアとは裏腹に、平和的に契約を結んだユートピアは、いつの日かディストピア(悪魔)からジニア(人間)を助けてくれるユートピア(天使)として定着し、神の御遣いとして讃えられていった。

 人々は神を讃え、悪魔に怯え、やがてやってくる何かに恐怖しながらも、代わり映えのないマンネリ化した社会に愛想を尽かして、それでも平和に過ごすことの出来る地球(せかい)に慣れ親しんでいた。

 ICTが常識となりつつある現代社会においてもそれは変わらず、一人ひとりが、地球で起こり得る些細な刺激を求めて生きている。

 また、そこに介入する鏡界の行動も慎重になり、仮に地球の均衡を崩したとなればジニアの増員によって完全な復活を果たした星霊部隊によって修繕される。

 今、全ての事象が並行して進み、歯車がカッチリとはまったぜんまい時計のようにゆっくりと、それでも確かに時を刻みながら、巻き戻ることのないように回っていた。


 すっかり日も落ち、黄昏に揺れていた影も姿を隠した。

「いよいよ明日」

 窓の外に覗く景色の天井には星空が広がり、それを支えるように高い柱が数本聳え立っている。

 産まれて今まで過ごして来た世界とおさらばし、新しい世界へと旅立つ時がすぐ間近に迫っていた。

「短かった筈なのに、とても長く感じられた二日間」

 何年も付き合って来た仲間たちの本心を受け、いくつもの覚悟を背負う。

「ごちゃごちゃといろんな事があったけど、二人の気持ちが分かってよかった」

 言葉を胸に仕舞って窓を閉めた。

 同時にカラッとした空気がじわじわと熱気を帯び、閉まりきった部屋に蔓延した。

「後の問題は藤崎くんだけ……」

 エアコンの電源を入れて、肌身に心地よい風で空気を回す。

 次第に温度は下がり、あっという間に、らしいと言えばらしい夏の空間が完成した。

「藤崎くんをお守り下さい」

 浮かんでくる藤崎のビジョンを掻き消すように言って、倒れ込んでベッドに沈み瞼をそっと閉じた。

 睡蓮を模した虫避けの機器から漂う花の香りが、エアコンの風に乗って部屋中に広がった。

 目を閉じればそこには闇が広がる。

 凪咲もその闇に誘われて一夜を過ごし、運命(さだめ)の日を静かに迎えた。

 何の前触れもなく瞼を開いた凪咲は、何かを掴むように腕を伸ばし、そこで空気を握りしめる。

「あなたは……」

 そう言ったかと思うとそっと目を閉じ、(はだ)けた寝間着から覗く艶かしい肌を布団で被った。

 蝉がどこと無く鳴き始め、それに合わせてハッと目を覚ます。

 腰を起こして何かを探すように辺りを見回し、いつもと変わらない部屋を確認して溜め息を吐いた。

 ただ、一つ違うのはそこにいる少女の表情。

 悲しげにも見える顔の裏に潜む微かな希望。幼い頃に忘れて来た素直な想い。

 凪咲は「よしっ」と声を上げてベッドから起き上がり、丁度全身が映る大きさの飾り気のない銀縁の鏡の前に立ち、沸き起こる高揚の気持ちを抑えられないでいた。

 この世の理を知ったばかりの純粋無垢な望みを抱き、整然と立ち尽くす。

「今日が始まる」

 見つめる先に広がる世界を思い描きながら、静かにそう呟いた。

 マンネリ化した日常とそうでない世界の境界に立ち、そこから一歩を踏み出すか否かは既に決まっていた。

 静か過ぎるようにさえ思える廊下を渡り、トントンッと軽快に跳ねて階段を降りる。

 例によって出張している父親や、いつも優しい笑顔で家事炊事洗濯を熟す母親ともしばらく会えなくなる事を考えて少し憂鬱になりもするが、それ以上に待ち受ける未来に希望を抱いて台所に足を踏み入れた。

「お母さん、ちょっと聞いて欲しい事あるんだけど……とても大切な話」

「何? 進路でも決まった?」

 まな板を叩く音が小さく響く中で千代の声が凪咲の耳にはっきり届いた。

「ううん、違うの……? 違わないのかな?」

 あやふやな言葉の意味に迷わされながら、困った末に適当な言葉が喉をついた。

「何おかしなこと言ってるのよ」

 依然優しい微笑みを浮かべている母親が、作業を中断することなく吐息を漏らす。

「でも……いいわ。後でちゃんと聞いてあげる。だから先に顔でも洗ってらっしゃい」

 一度も振り向かずにそういうと、切り刻んだ人参や大根など小鍋に放り込んだ。

「……」

 洗面所に向かう凪咲の姿が見えなくなると同時に千代の口が小刻みに震えた。


 同刻、藤崎悠志宅に光が瞬く。

「行くぞ、祝炎(プラム)

「我が主君の命のままに……」

 淡く光る浅葱色の指輪が藤崎の左手中指におさまる。

 普段立てている髪を後ろで纏めて黒いゴムで留め、掌でちらつく緑色の炎を握り潰した。

 煌めいて落ちる火の粉は次第に光を失って、床に落ちる頃には消えていた。

「夢を夢で終わらせない」

 ぼんやりと浮かぶ儚い希望を抱いて呟いた。

 凪咲の姿だけを追い求めて、それを阻害するもの全てを切り捨てる覚悟を決めた。

 他の全てを失っても、凪咲だけは必ず手に入れる。そんなエゴイズムが藤崎をつき動かしていた。

「凪咲だけは……」

 いつだって受け入れる覚悟で凪咲を待つ。

 凪咲が求めなくても自らの意志を突き通す。

 そういった一方通行の想いが周囲に強く干渉した。

「主君が身元に仕え、幾時も主君が御身を守衛せん事を……」

 ゆっくりとした口調で女性の声が響く。低く響く声は、どこか一点から聞こえてくるのではなく、周囲から藤崎の左中指にはめられた指輪に向けて響いて来た。

 "浅葱なる火焔―祝炎―\"。過去の防衛部隊の一つである星霊部隊の由来、星霊(サーヴァント)である。

「お前にも迷惑をかける……」

「いえ、私は貴方と誓ったのです」

 ブラムは響き渡る声を抑えて、微かに聞こえる程度でいった。

 窓の外はまだ少し暗がりが残り、徐に昇ってくる太陽に合わせて建物の影が深くなる。

 蝉を中心に虫たちの合唱も大きく鳴り響き、この一日を讃えているようにさえ思わせた。

 清淀祭。御上市で開かれる祭の中では一番の大きさを誇り、太古から続く伝統的なものとして催されている。

 参加者は問わず、幅広い年齢層から愛され、次の日の新聞を大体的に飾る。

 その祭に紛れて藤崎は凪咲を暮羽から奪還し、そのまま鏡界に逃げ延びる。

「ありがとう」

「いえ……」

 清楚とも上品とも取れるプラムの静かな声が、語らずに続かない会話の終わりを告げた。

 藤崎が窓から外を覗く。

 建物の隙間から覗く太陽が完全に顔を出し、御上市を淡い茜色に染めていた。

 かつて生き別れた双神の一柱が黄泉から帰り、初めに訪れた土地が、ここ御上市。古くは大御上神宮と呼ばれた御上神社で祭礼の儀を取り計らい、この地に繁栄を齎した。

 今日ではその繁栄を知る者も少なくなり、影響も薄れつつある。

 そして、今日がその運命の日、清淀祭。又の名を黄泉帰(よもつがえ)り。

 藤崎は住み慣れた家から出て、賑わう町並みに向かう。

 商店街の北方に広がる農地の中央道に沿って人の列が出来、更に北に向かうと御上神社がある。

 その道中は人込みで身動きが取りづらいほどに人で溢れていた。

「まったく気楽でいいよな、こっちの人間(やつら)は」

 人込みを眺めたかと思うと人の集まった御上大橋からそっぽを向いて、90度向きを変えた。

「プラム、設置型か時間差を利用した魔術(マギ)を使えたか?」

「……リビアはいかがでしょう?」

「ああ、散花(リビア)か……。気付かれずに扱うには丁度いいな」

 そう口にすると公園に向けて足を運び始めた。

「しかし、主君。リビアを制御したまま守護魔術(ディフェンシア)を保つのには限界があります」

「それなら守護魔術を外せばいい、そういう事だろ?」

「確かに。しかし……」

 心配する星霊(サーヴァント)を軽くあしらうように左手を肩より少し高い位置に上げて制した。

「そう心配すんな、俺だって馬鹿じゃねえよ。策の一つや二つ考えてある」

 自らの主の対応を聞いて、プラムは心配を胸の底に置いて押し黙った。

 藤崎の無茶を知りながら、それすらも承諾していた。


 祭で活気が溢れる御上市。隣接する市町村からも来客が訪れた。

 東西に一本ずつ伸びる主要道路がそれぞれ商店街と住宅街を通る。更に商店街と住宅街を御上大橋が繋げて見事なH文字を象っている。

 御上神社とそれに続く道路は完全に人込みに呑まれ、商店街から南に伸びる神楽通りと御上大橋にさえ無数の人間が蔓延っていた。

「あっ、如月さーん」

 いつもは殺風景な農地もこの時ばかりは屋台と御上高校の催し事によって盛り上がっている。

「あれ? 気付いてない?」

 子どもから大人までが着物に身を包み、カタカタと下駄を鳴らしている。

 日は高く、支度が早過ぎるようにさえ感じられるこの日頃に、人込みを掻き分けて歩いていた。

「お、気付いた気付いた。おーい」

 暑い日中に水槽に放り込まれ、多大な迷惑を被る金魚たち。行く先々が壁に囲まれているからか、妥協して一心不乱に泳ぎ回った。

「良かった、まだ発ってなかったんだね」

 的確に的の中心を撃ち抜くも、びくともしない商品に憤りを感じながら、これでもかと引き金を引く。

「そっちの方が昨日言ってた?」

 半球の凹みが無数に列なる鉄板に刷毛で油を引き、小麦粉と卵をだし汁で溶いた生地を凹みに流し込んだ。

 生地で満たされた凹みに、カットされた具材を手際よく放り込み、しばらくして生地をひっくり返した。

「そう、よろしくお願いします……って言っても直ぐに此処から離れちゃうんだっけ」

 鬼やひょっとこ、キャラクター等のお面がぞろぞろと飾られ、一目にも見知った顔がそこに浮かぶ。

「そっか。今日の六時に……もし、もし良かったらだけど」

 着物を着て、腰に団扇を挿した少年が紙切れに書かれた数字と賞品の番号を見て喜んだ。

「それまで一緒に居させてもらえないですか?」

 神主が身体の禊ぎを終えて、浄衣を身に纏う。

「ホントですかっ? ありがとうございます。四時ですね、必ず守りますから」

 横笛の高い音色と調緒で縛られた小鼓の打音が響き、そのリズムにのって二人一組の獅子舞が鼓舞を演じる。

「行こっ、如月さん。もうすぐ始祭の儀が始まるよ」

 空に散った雲はどんどんと高く昇る。

 陽射しは強く、風は緩やか。例年に見ない猛暑が、気怠さを跳ね返して皆のテンションを上げ、清淀祭の開催を祝うかのように雲を消した。

 ジリジリと照り付ける太陽の下、少年少女は歓喜に泳がされ、無我夢中で住み慣れた街を跋扈する。

 熱気に包まれた街中の人々が誰一人気付かないまま、運命の歯車は悲鳴を上げた。


 御上神社本堂の目先に凪咲の手を引き、人の群れを掻き分けて歩く少女。

「朝比奈さん、ありがと」

「ううん全然。暮羽さんがいい人で良かったよ」

 進めば進む程に人の密集度が高くなる。ただ歩くだけだというのに、平凡な日常とは打って変わって難を極めた。

「そう、暮羽さんはいい人なんだけどね、ちょっと非常識な存在なんだ」

 語尾を聞こえないように小さく呟く。

 依然、凪咲の手を引いて人込みを進む朝比奈(あさひな)優美(ゆみ)は、聞こえなかった語尾について問い掛けるが軽くあしらわれた。

「気にしないで、こっちの話だから」

 そうとだけ言うと、奥から出てきた老けた神主を指差して意識を反らし、つかず離れずで後をつける暮羽に視線を送った。


 契刀と呼ばれる陣太刀を腰に挿して、燃え盛る炎の前に立つ神主。

 炎の糧となっているのは、布団や木製の家具、タオルや畳といった使い古して使わなくなった物である。

 神主は血管の浮かび上がった手で腰に挿した刀の柄を握り、じわりじわりと炎に近寄ると、威勢のいい掛け声と同時に鞘から刀身を抜き、横一文字に炎を両断した。

 渾身の一撃は炎を掻き消し、そこには熱を帯びた燃え残りが山となっていた。

 かつて神によって行われた祭礼の儀を模した儀式。その一つが始祭の儀である。

「ほう、あの爺大した使い手だな……しかし、もう長くはないか」

 暮羽が横目に神主を見つめる。

「ふん、結局は力だ。ジンを宿していても、力がなければ存在の意味はない」

 重く低い声が暮羽の頭にだけ響いた。

 雷獣シュバイン。暮羽のジンが意志を持ち形を成した存在。藤崎悠志の祝炎(プラム)もそれと同等である。

 俗に精霊や聖獣という認識で取り上げられるそれらの存在は、ジンと呼ばれる力が意志を有し、無形体と装飾品(アタッチメント)の形態変化を可能にした者。

 暮羽の右耳に付いている青いピアスがシュバインの装飾品としての形態。同じくプラムの装飾品形態は指輪で藤崎の左手中指に嵌まっている。

「人は脆い、致し方ないというものだ」

 そう言って老いぼれたかつての宝礼(ジニア)を見遣ると、視線を凪咲に戻して見守った。

「……」

 二人はそれ以上会話を繋げず、それっきり黙り込んだ。

 感嘆と拍手が御上神社本堂を取り囲む中、凪咲だけは静かにその様を見守っていた。

 そこに宿る力を、神主の発した力の波長と似た力の波長を知っていたからこそ、刀身を納めた神主の瞳を睨み付けた。


 額に汗を滲ませ、顔一面に皺を寄せた神主は、真っ直ぐに自分へと注ぐ鋭い視線に気付くと、それに向かってにこやかに微笑んだ。

「迷っておるようじゃな」

 急に響く老人の声。凪咲は周りの人々がその声を気にしない様子で騒いでいるのを窺い、何らかの手段で直接自分に声を送っている事に気付く。

「来んさい。求めるものがあればじゃがの……」

 そもそもこの騒音の中で老人の声が鮮明に響く訳もない。響いたとしてもそれだけの音量で叫べば誰しもが気付いているはずだった。

 凪咲は人の波に揉まれながら、自然と本堂に足を運ぶ。

「ごめん、ちょっと待ってて」

 優美に一声かけて人込みに呑まれた。

 押し寄せる波は荒く、右往左往としている。

 必死に堪えながらも、本殿の脇にある小さな隙間に逃れた。

「朝比奈優美という友達と一緒にいるのではなかったのか?」

 不意に後ろからかかる声に驚いて振り返ると、煙草を口にくわえて左手で覆い、右掌で火花を散らした。

「暮羽さん、ちょっとの間だけ席を外してもらうってのは出来ない相談かな?」

 煙草の先端が赤い光を点した先から灰になって崩れていく。

「藤崎悠志……という訳でもなさそうだな。ここの神主の爺か」

 藤崎の名前が出た瞬間違うと叫びかけた凪咲だが、続いて暮羽の口が開いたのを確認すると押し黙って耳を傾けた。

 その内容は図星をついており、凪咲は焦りを感じて言葉を探した。

「えっと……」

「構わない」

「えっ?」

 間を埋めるために挟んだ言葉を制して、突発的に返した。

「会いたい、会って話をしたいのだろう? 俺はその許可を出しただけだ」

 ふんっと鼻を鳴らしたかと思うと、先程くわえた煙草は殆ど灰になっており、その灰ごと残った煙草を握り潰した。

 粉塵が舞う。煙草から漏れる煙の臭いが目に見える形となって広がったようにさえ感じられる。

「行くのだろう? 時間は制限させてもらう。そうだな……十分だ。友達も待たせているのだろうしな」

 壁にもたれ掛かって煙草に更けていた暮羽は、誰にも気付かれないように細心の注意を払って跳躍した。

「ありがとうございます」

 既にほとんど見えなくなった暮羽の姿を見つめながら、一際大きく声を上げた。

 十分という短い猶予の中でどれだけの事が出来るか。それだけを胸に本堂の正面に立った。

「やはり来おったか」

 柔らかい微笑を浮かべて一段高い敷板に座っていた。

「上がりんしゃい」

 入口の横に立った見張りの二人の巫女も同じように微笑むと、どうぞといった風に手を差し出して凪咲の本堂入りを促した。

 そっと敷居を跨ぐと、どっと違和感が押し寄せた。

 ビクッと一瞬のけ反りはしたが、直ぐに体勢を立て直すと、二人の巫女にお辞儀をして歩を進める。

「その反応からすると、まだアニマには行っとらんようじゃの」

 綺麗に磨かれた木板の廊下を歩きながら、神主の老人が言った。

 凪咲は「はい」とだけ言って、老人の言葉を片言隻句も聞き漏らさないように注意深く耳を傾けた。

「人はの……」

 四畳半の小部屋に入り、二枚の座布団が敷かれているのを確認すると、神主は徐に座り込み、凪咲にも座るように促した。

「自由であり、平等なのじゃよ」

 相槌をうって頷く。

「じゃがの、それらは究極な所までくると矛盾になってしもうての、ややこしい話になってしまうんじゃわ」

「はい、分かります。自由でありながら、他人との平等を観点におくと必ずしも矛盾が生じてきますから」

 適当に組んだ足を直して、胡座をかくと納得のいった表情で首を縦に二度振った。

「お主は利口な娘じゃの。名は?」

「如月、凪咲です」

 腕を組んで眉間に皺を寄せる。ハッと何かに気付いたように口を開いた。

「元さんの所の娘さんかいの?」

 威勢のいい声が畳敷きの小部屋に響いた。今までの静かな口調とは違い、生き生きした躍動感のある声が凪咲の返事を遅らせた。

 成程、といった風に首を縦に軽く振り、直ぐに前に向き直って姿勢を正した。

「申し遅れた。儂は御上神社現頭首、北条(ほうじょう)日奈(ひな)。かつて元さんと旅を重ねた古き仲間じゃ」

 度肝を抜かれた凪咲は、あまりの驚きに声さえ出ない。目を丸くして大きく見開いた。

「なんじゃ? 元さんはそないな事も伝えとらんのか……まあ良いわ」

 訛った口調で話す日奈は、凪咲の了解を得ずに次々と話を進めていく。

 一目に埃一つ見当たらない畳や襖などの隙間、磨かれて独特な光沢を見せる柱からは清潔感が漂っていた。

 障子と襖で区切られ、木板と畳が敷かれた風貌とそこから漂う香りは、緊迫が続いていた凪咲の心を少しずつ落ち着かせていった。

 数秒続いた沈黙を打ち切って、日奈が口を開く。

「さて、諸々はまたの機会にして、お主の用件は何かの?」

 日奈の瞳が鋭い光を点し、話を飛ばしていきなり本題に入った。

「あっ……と、少しややこしい話になるんですが」

 満面の笑みで優しく話し掛けてくる日奈に心を預けて、鏡界を知った経緯や暮羽の襲来、対立関係にある現状など今までの顛末を簡潔に伝える。

 宝礼(ジニア)の発する独特な波長を感じとる索囲(シート)。それを完全に遮断する孤立した空間で、二人は短い時間を思索に費やした。


 日が昇って、また次の日が昇るまで。御上市のその四六時中は熱気に包まれて止まない。

 夜の(とばり)が降りた後も、深夜を通して一晩中がありふれた日常と摩擦して輝く。

 単に祭を楽しむ者から、この一日に運命を預けた者まで多種多様の面持ちで賑やかな清淀祭に耽っていた。

 緩やかに射す太陽の光が人々の影を集めて深めていく。人であるが故に何も知らず、知らされず、平々凡々の疲弊した世界を生きていた。

 鶏群一鶴だけがその世界を外れて、自らの足で歩いていく。

 誰かに指図される訳でなく、自らの意志で。

 全て我が為。理性のままに前へ前へと足を運ぶ。

「リビア設置完了。これよりリビア制御状態に移行します」

 木の上、遊具の陰、砂場。それぞれに点った浅葱色の光が、少しずつ姿を隠す。

「よし、次だ」

 藤崎が息を荒くして言った。

「やはりリビアの多重設置は今の貴方には負担が大き過ぎます。それに……」

「プラムッ」

 人としての形を持たない星霊の言葉を遮って藤崎が声を荒げる。

 心底からの怒りではなく叱咤の怒り。その心情が声となって発せられた。

「承知しています。あの方が主君の光なのだと……」

 寂しそうに、何かを求めるように語尾を小さくしながら呟いた。

 空には閑散とした太陽が眩しく輝いていた。

 雲一つない澄んだ晴天。街並みに降り注ぐ日差し。風に揺れる草木花。

 何もかもが"現在(いま)"という景色を作り出して、各々に影響しながら広がっていく。

 それは連鎖。一つの波が波紋となって広がり、新しい波紋と合致して広がる。

 日差しが風を生み、風が草木を薙ぎ、揺れた草木が互いに触れ合って音を奏でる。その音すらもが景色に同調して、生き物それぞれに接触した。

 それは負の連鎖も然別。何かしらの悪事が働けば、それに呼応して広がる。

 正は負を、負は正を、或いは同じもの同士を飲み込みながら、大きく広がり世界を造っていく。

「お前たちは、星霊(サーヴァント)か……」

 本堂の前に並んだ二人の巫女に話し掛ける。

 顔立ち、服装、身の丈、それぞれがうり二つ。髪型と装飾品の位置が相対し、二人の間を割ると丁度左右対称になる。

 シンメトリーな二人は、微笑んでそれぞれ左右に首を傾けた。

「お入りになられますか?」

 二人の声が重なって響いた。暮羽の問いに答える訳でなく、目の前のジニアに対して素直な反応を遣す。

「いや、構わない。しかし稀有な存在だな、君たちは」

 簡単に言葉に意味深な言葉を付け加えて返し、身を翻して人の群れに視線を移した。

 微笑んだまま「ふふふ」と笑う二人の巫女は、そのままの表情で去り行く暮羽の背中を見つめた。

 暮羽は人込みの少し外れた所に朝比奈優美を見つけると、滑るようにして人と人の間を掻き分けて進んだ。

「朝比奈といったか?」

 不意に飛んだ言葉に驚いて顔を上げ、視界に飛び込んで来た顔を見て更に驚く。

「あ、はい。朝比奈優美です」

 肩に少し被る程度に伸びた髪。着物姿に合わせて髪を結い、花型のピンで止めている。

 額と首筋にじわりと汗を滲ませて、うなじの辺りからはうっすらと香水の香りが漂った。

「如月凪咲は……」

「如月さんは……」

 声を重ね、引け目を感じて口を止める優美。暮羽は一瞬戸惑いはしたものの、優美が口を閉じたのを確認すると続けて言葉を紡いだ。

「この神社の神主の所に用があると言って出掛けた。何でも奉物を供えに行くとか……」

「成程。あ、でも供え物なんて持ってたかな?」

 疑問に浮かべた思いを「まあいいか」と簡単に打ち消すと、困った風を装っていた暮羽を見つめた。

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないさ」

 実際との矛盾を流してくれた事に安堵を感じながら、優しく微笑んで優美の手をとった。

 優美の手を重ねたまま本堂の手前まで引っ張っていく。後ろの優美を顧みず、多少空いた人込みをすり抜けてそっと立ち止まった。

「ど、どうしたんです?」

 あまりの急な誘いを受け、戸惑いを隠せずにいる優美。

 間もなくして凪咲が本堂から現れるとその疑問も晴れ、直ぐさま凪咲に意識を向けた。

「如月さーんっ」

 大きく手を振って、満面の笑みで迎える。凪咲もまた容貌端麗な笑顔で応じながら小さく手を振った。

「ごめん、待たせた? あれ暮羽さんまで……」

 腕を組んで厳つく立ち尽くす暮羽の背中を数秒眺めると、階段状になった小さな段差をぴょんと飛び降りた。

「うん、暮羽さんが私に教えてくれたの。如月さんが神主様に奉物を渡しに行ってるって……」

 刹那、思考を巡らし暮羽の配慮を確認する。

「ちょっとね……お父さんと古い仲で、次の清淀祭の際に渡しておいて欲しいって言われてたから」

 話の流れを汲み取った凪咲の様子を確認すると、暮羽は静かにその場を去っていく。

 それに気付いた優美は、御礼の言葉と一緒に腰を曲げて一礼した。

「さ、行こっか。綾たちもあっちにいるんだよ」

 優美が凪咲の手を引く。ほんのりと温かい掌に体を預けて、優美が進むがままに凪咲もそれに従った。

「本当に行っちゃうんだよね……」

「……うん」

 周りの人間とは明らかな温度差を感じさせる。さっきまでの元気とは裏腹に一瞬にして声のトーンが落ちた。

「藤崎くんも、笠音さんも……」

 凪咲は何も答えずに小さく頷き、そのまま俯いた。

「ごめん」

 本堂周辺の人影は少なくなり、代わりに背高く育った楠の影が細長く落ちていた。

「いいよ、今は……」

 全てを語ろうとしない凪咲への想いを封じ込めて、優美は微かに滲む涙を拭った。

「でも、いつかは絶対に話してもらうから。どうして行っちゃうのかも、行った先で何があったのかも……」

 俯いたまま大きく首を縦に振って、今にも漏れ出しそうな想いを押し込めた。

「絶対の絶対に……」

 そうとだけ口にして、他の全てを飲み込んだ。

 まだ日も高く、影が薄く短い。鎮守の(もり)である楠の影だけが長く濃く、地面に線を引いた。

 風の音だけが寂しく響き、ざわざわと草木を揺すった。


 如月凪咲はクラスメートと賑やかに清淀祭を過ごし、藤崎悠志は祝炎(プラム)と御上市を回る。暮羽薮名はといえば、凪咲を十数メートル離れた所からずっと監視を続けていた。

「私には何が出来るんだろう……?」

 浅葱色のネックレス"弔い花冠(ルーフローラ)"を首から提げて、先が見えない未来への苦難を重ねる。

 求める物がすぐ目の前にあって、それでも腕を伸ばし切れない。向こうから向かって来る事は叶わず、自分がひたすらにそれを追い求める。

 そこに少年を一人置いて、願う事しか出来ないでいた。

「藤崎くん……」

 その後の言葉を口にするかしないかで悩み、口にした時の恐怖の事を考えて、言葉と一緒に飲み込んだ。

 言ったら退けない。そうなったら進むしかない。その想いが、足枷となって少女の行動を妨げた。

「ずっと一緒にいたい。ただそれだけなのに、それだけがどうしてこんなに難しいんだろう……」

 視界に広がる天井の点々とした模様を眺めて、理想を追いかける自分を想像する。

 走って走って躓いて、それでもずっと走り続けていた。

「理性のままに、か……」

 悠志が凪咲に投げた言葉を拾って、理想の自分に重ねた。

 ルーフローラを握り締めて、金属特有の冷たさを感じながらそこに潜むほのかな温かみをも感じる取る。

 花びらの角がチクッ刺さり、軟らかな痛みを掌に広げる。

 それでも尚ルーフローラを離そうとはせず、更に強く握り締めた。

(どうしてこんなになっちゃったのか分からない……)

 瞳を潤ませて涙を溜めた。

(でも、どうしても胸が張り裂けそうなの)

 憧れの彼の表情を浮かべて。

(大好きなの……)

「藤崎くんっ」

 深みから這い上がろうとする想いが喉をつき、溜まりに溜まった涙が頬を伝って布団に零れた。

 淡い桃色のシーツに滴る涙は、果てぬ想いと共に染み込んだ。

「ねえ……苦しいんだよね」

 天井に広がる模様を掴み取るように腕を伸ばして、柔らかく拳を作る。

 左手に握り締めたルーフローラを隆起した胸の上に乗せ、そこに右手の拳を重ねた。

 孤独と嫉妬に胸を締め付けられ、心が壊れそうになる。その痛みを和らげるかのように、そのままそっと瞼を閉じた。

 天壌に映える太陽が西向に傾きかけた頃、ゆっくりと御上市に影が伸びる。

 時計は少しずつ歯車を狂わせ、ゆっくりと時を刻み始めた。


いかがでしたでしょうか?

とは言ってもまだまだ序の序、やっぱり燃えれませんよね(汗


自分でも回りくどく感じ始めました(自重

ということで次章が正真正銘のファンタジー感溢れるストーリーとなります。

是非、次回もいらっしゃってください♪

末長くよろしくお願いします☆

どうぞ、ご贔屓ください。

それでは次章「ACT.6 堅忍不抜」でお会いしましょう〜♪

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