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ノルンの足枷  作者: Ainia
2/7

ACT.2 諸行無常

どうも♪

再び足を運んで下さって有難う御座います。

 

始めに、一つ忠告としてお知らせ致します。

 

当小説のタイトル

「Neutral」

は、実は仮のタイトルであって今後変更する可能性があるという事です。

 

新しいタイトルに変わった時は、新しい作品だなと足を運んで「何だタイトル変えただけか」と見事に騙されて下さい(笑

 

とまぁ、こんな調子でこれからも書き続けていきますので、よろしくお願いします。

 深淵の闇に潜った

 他に行く道がなくて

 それしか出来なくて


 深淵の闇を潜った

 喜びが薄れるほどに

 息苦しくなるほどに


 深淵の闇を潜った

 その先に光を望んだ

 新たなる道を望んだ


    Milshelc Ainia



 崩れた日常。それを望んでいたのかもしれない。

 移ろい行く世界に、何を求めていたのだろう。などと複雑に絡み合う思念に耽る。

「三日後……」

 藤崎の見せた人知を越えた"力"。

 掌に緑炎をほとばしらせ、向日葵を焼き払った。

 現代科学に於いてあれほど純粋で濃淡の深い緑を帯びた炎は存在しない。仮に存在したとして、それを人の身だけで発生させるなど不可能だった。

「あっちの世界……」

 藤崎が言った。此処じゃない何処かで、恐らく凪咲の非凡な願いが溢れた世界。

 藤崎の繰り出した緑炎のような俗に魔法と呼ばれるに値する"力"が飛び交うであろう世界。

「本当にそんな世界が……」

 実際に見せつけられて尚、その現実離れした世界を不信に思う。

 人間は、身に降り懸かった異常の粛正を無理にでも行い、社会の秩序に則ろうとする。今の凪咲は正にそれだった。

「藤崎くんと一緒じゃないと行けないのかな……?」

 考えてみればそう。藤崎はどうやってあの力を手に入れたのか、どうやって異次元の世界に行ったのか、どうして藤崎が手に入れられたのか。

 考えれば考える程に不可解な部分が増えていく。

(そろそろ寝よう)

 三日。あと三日しかない平凡な日常で見つけなければいけない異世界への足掛かり。何か手掛かりがあれば着いていく必要などない。

 しかし

《お前じゃない誰かが不幸な目に遭う》

 この言葉が胸に刺さって凪咲の身体を拘束し、いざ動かんとする時に限って身近な人々の顔が過ぎって足止めを食らわしていた。

 誰しもが自由で自らの選んだ道を行く為に、自分自身が犠牲になればいいのかもしれないなどと消極的な構えで藤崎の脅迫に応じようとまで考えていた。


 真っ直ぐな光が闇を引き裂いた瞬間、そこに景色が開かれた。

 横一閃に薙ぎ払われた一筋の光を境に真逆の風景が映し出された。

 真っ黒な木々。真っ黒な沼。真っ黒な地面。

 真っ白な木々。真っ白な沼。真っ白な地面。

 対象的な景色の背景に色彩が色付き始めた時、パッと満面の光が景色を埋めて次の瞬間にはぼやけた自分の部屋が映し出された。

(夢……?)

 ベッドから身体を起こして薄地の布団を手に取って畳む少女。

「夢か」

 寝間着のまま階段を下り洗面所に入り、窓から外を眺める。ぼんやりとした光がゆっくりと確かな輪郭で街中を照らし出していた。

 家には誰もいない。凪咲の両親は仕事で外出している。

「後二日」

 昨日の衝撃を一身に受け、今でもその余韻がギシギシと身体中を震わせる。

 両手に掬った水道水を思いきり顔にぶちまけて、ぼやっとした感覚を吹き飛ばした。

 タオルで顔を拭き、部屋に戻ってジャージに着替える。

(公園に行ってみよう)

 昨日の傷跡。公園のソレを見れば現実味が湧き、藤崎や異世界への手掛かりも見つけられる可能性があった。

 道路を歩く凪咲の傍を小鳥の囀りが行進曲となって響いてくる。

 静かであって弱々しい包容力がささやかな陽気を運ぶ。

(どうしてこんなに平穏なんだろう)

 昨日目にした景色とのギャップが、昨日の異様さを物語る。

 まだ完全に明けきっていない為か、人通りはない。車が数台通り過ぎるだけでごく自然な早朝を楽しんでいた。

 少し走ればすぐに御上公園に着いた。凪咲の家と御上公園は最短距離を結べば大した距離はない。

 燃えかすとなった向日葵、黒炭の絨毯。それを期待して公園に広がる眺望へと目を移した。

「えっ」

 そこに存在する筈の灰は、太陽に向かう向日葵と、砂地や煉瓦敷きの地面に置き換えられている。

 向日葵に触れて触感を確かめる。青い香りとざらついた感触がその存在を主張した。

「どうして?」

 昨日の出来事が否定される。そんな感覚が凪咲を襲った。

 何もかもが修繕され、何もかもが昨日という時間をなかったものにしようとする。

 それで良かったのかもしれなかった。やっと掴んだマンネリ化した世界からの"脱出路"は、凪咲の希望を水泡に帰させるように現実をしらしめる。

(藤崎くんに会おう)

 昨日の出来事が嘘であるかのような景色を前に、凪咲は緑炎を点した少年の姿を目に浮かべた。


 早足で帰路を辿り、家に着いた途端に荷物を鞄に詰める。

 風呂場で衣服を脱ぎ、蛇口を全開にして叩きつけるようなシャワーを浴びた。それから自分の髪を掌で弄ぶ。

 水道水と変わらない水温で身体中に浴び、冷たさに快感を覚える。

(こんなのじゃない)

 目を瞑って顔全面に雨を降らせる。

 真っ黒の世界に映るのは不気味なまでにはっきりとした緑炎。濃淡までもが輪郭を強調する。

(私の夢がそこにあるのなら)

 流れ落ちる水を掌に溜め、そのまま両手を閉じて指の隙間から零れる水を見つめた。

 蛇口を捻る。シャワーを止めて扉を開く。

 タオルを手に取って手早く水を拭き取った。

(確かめないといけない)

 藤崎悠志の事。異世界の事。不可思議な力の事……。

 私が理性のままに生きるチャンスはこれっきりかもしれない。ただそう思い込んで、否定された時の絶望感など微塵も感じていなかった。

 必ずソレは存在すると思い込む。いつの間にかそう信じて止まない凪咲がそこにいた。

(始まるのかもしれない)

 今まで生きてきた移り変わりの緩い日常ではなく、全てが新鮮で激動が走る日常。

(いや、既に始まっているのかもしれない)

 どうしても素直に生きられなかった自分を戒めて、両の拳を握り締める。

(昨日の出来事を境に私は変わる。変わったんだ)

 周りばかりを気にして自分の事は二の次。他人の幸せばかりを見つめていた凪咲。

 それは凪咲の好意であったのだが、それでもそこに自分を見出だしていなかった。

(分かってた。自分の想いが偽善であった事なんて)

 ホームルーム時の教室前で罵声を浴びせた景色が鮮明に映し出される。綺麗ごとばかりを()かす教師に自分を重ねていた。

 偽善に満ちた自分を鏡映しに見るように、それは凪咲自身への叱責だった。

 腐ってなんかいられない。その想いが凪咲の意志を固くして、自らの道を見出ださせた。

(私は"生きたい"んだ)

 遥か高みに希望を抱き、胸に手をあてて決心した。


 封の開いていない袋から食パンを取り出して電子レンジに入れる。少し焦げ目がつくようにいつもより長めに設定した。

 温まったフライパンに油を引き、溶いた卵を零し入れる。ジューという音と共に卵は凝固し始めた。

 調味料を適量振りかけ、ある程度固まったのを確認し、フライで返したところでレンジが焼き上がりの声を上げ、香ばしい香りを漂わせた。

 綺麗な格子状の焦げ目のついた食パンを取り出して、同じく焼き上がった卵と予め水洗いしていたレタスを乗せて食パンを半分に畳み、即席のサンドイッチが完成する。

 牛乳をコップに注ぎ、テレビの前にある小さなガラス机に置いた。

 小皿に乗せたサンドイッチも同様に小さな机に置き、リモコンを手に取ってテレビをつけた。

 いつものチャンネルでいつものニュース番組が流れる。

 また今日も殺人事件やら頼りない政治家たちの報道が流れている。

「幸い火事になったのは空き家で」

 火事という言葉に反応するのは緑炎の所為か、それとも単なる好奇心か、考えるまでもなく思考を遮る。画面を眺めながらサンドイッチに思い切り噛り付いた。

 液晶画面には燃え尽きた廃家が映り、その周囲の景色を映していった。

 最後の一口を口に放り込む、飲み干して空になったコップと皿を手に取って流し台に運んだ。

 自分の部屋に戻る。女の子らしいと言えば女の子らしい整頓の行き届いた部屋。

 ハンガーにかけたブレザーを手に取って身を包み、支度の終えた鞄を背負った。

 鏡で容姿の最終チェックを済ませて階段を降りる。トントントンッと軽快な音を立てて弾んだ。

《凪咲は自分だけの道を行きなさい》

 靴を履いてドアノブに手をかけた瞬間、不意に母親の言葉が甦った。

「向かう先が幻でも良いよね」

 想いを込めた言葉を微かに音にしてノブを回した。

 光が隙間から溢れる。

 その先が夢見た世界であるかのような錯覚と微かな風が流れ込んだ。

 ぼんやりと、しかし直ぐにはっきりとした視界に男性が浮かんだ。

「よっ」

 左右の手を制服のポケットに突っ込み、右肩から腰の左側にかけて提げた鞄。

 コンクリートの壁にもたれ掛かって凪咲を見ていた。鋭い視線が凪咲を刺す。

「藤崎くん……」

 瞬間、全ての思いが吹っ切れていた。現実という名の檻に悩み、迷い、惑わされていた。

 その檻が崩れ去った事に気付いていた。

「愛はいいの?」

「言ったろ? あいつはただの布石」

 もたれ掛けていた壁から離れ、ゆっくりとにじり寄る悠志。

「まあしかしだ、俺も鬼じゃない。この世界とおさらばするまでは愛とも仲良くするさ」

 嘘なのか本気で言っているのかと、相手の目を見て詮索をかけるかどうか悩む。ただそこに真意があるのか、それだけが気掛かりになっていた。

「ただ、愛は今日体調を崩してるみたいでおばさんから凪咲によろしくだって」

 頷いて藤崎の横顔を見る凪咲。前に向き直って再び横の顔を見た。

「何だ?」

 そわそわとする様子を見兼ねてか、藤崎から言葉をかける。

「あっと、その……」

 俯いて考える。率直か回り道か、本題への道を探る。

「お前そんなだったか?」

 しばしの沈黙。相手の出方を見て応じるか、それとも自ら切り出すか。その境を右往左往していた。

「俺は何でもてきぱきとそつなく熟すお前が好きなんだがな」

「五月蝿いわね、あっちの世界だとか藤崎くんの力だとか、そういう事についてどうやって聞こうか考えてたのに」

 声が喉をついて出た。

 大きな溜め息を吐くと同時に、何でもない焦燥感が消えていく。悩んでいた事が阿呆らしくなって途端に回りくどさが邪魔になった。

 藤崎が笑う。プッと吹き出すように。

「それならそうと言えよ」

 昨日の事を考えて、藤崎が口にする前に釘をさす。

「取引はしないわよ」

「はいはい」

 簡単に流される。周りを歩く通行人はおらず、我が物顔で前を歩く藤崎に追い付くように早足で歩いた。


「あっちの世界とかそんな名前が正式名称じゃない事ぐらい分かるよな」

 凪咲の肯定を前提に話を進める。ゆっくりと語調を整え、言葉を整理しながら喋っていく。

「まずは庭園(エデン)だな」

 "まず"という言葉に疑いをかけるが、構わずに耳を傾ける凪咲。恐らく後に続く内容を考慮し、簡易的な図柄をイメージとして浮かべた。

「"力"を持つ者、これを宝礼(ジニア)と呼ぶが、このジニアを初めに誘う世界とでも言えばいいか」

 横文字を浮かべ、新たな構図が頭に浮かぶ。

「この力を"JIN"と言って、星霊と呼ばれる守護霊的な存在だと思えばいい」

 漫画や小説、アニメ等でよく目にする主人公や主要人物の傍らに付く精霊の姿を浮かべて、ソレに高揚感を抱いた。

「そしてジニアは完全中立の立場から、二つの勢力に別れる。暫くはそのまま中立でいる事も出来るらしいがな」

 二つの勢力。興味を抱く世界が現実味を増して押し寄せる。言葉に出来ない嬉しさのような歓喜が、じわじわと凪咲の頭の中で蔓延し始めた。

「その勢力の内の一つを聖界(ユートピア)。今いるこの世界でいう天国がそのまま形を成した世界」

 白翼をはためかせた天使が脳内を駆け巡る。一面を色取り取りの華々が埋め尽くした。

「もう一つを魔界(ディストピア)。言わずとも予想は出来るだろうが、地獄のような風貌を持つらしい」

 荒廃した大地に暗雲の敷き詰められた暗黒の世界。血の沼なんかも想像した。

 架空の世界として挙げられていた世界が、身近に感じられる事を不思議に感じていた。

 有り得ない事が形を成して、少しずつ形成されていく。

 描いていた世界よりも更に仮想的な世界が、凪咲を取り巻いていく。

 いつの間にかマンネリからの脱出路ばかりが目の前に広がり、自分から歩み出している事にも気付かないまま仮想へと足を踏み出していた。

 くるりと身体を横に返すと、道に沿って歩き始める。

「俺はユートピア、神々の下で相棒(パートナー)を探してる途中だ」

「パートナー?」

 足並みを揃えて藤崎に並ぶ。ゆったりと歩いているにも関わらずやはり男性、身長が高いのもあるが少しの歩幅の違いが、少しずつの遅れを作る。

「ああ。三つの世界を総称して"鏡界(アニマ=アニムス)"って呼ぶんだが、そのアニマでは二人一組を基本として動くんだ」

 競歩気味に歩いて、言葉を聞き漏らさないようにピッタリ歩いた。

「理由は簡単。一人が武器、もう一人が使い手となって戦うためと互いに作業を分担するため」

 その双方を分類する為、武器となる者を従臣(クォーツ)、使い手を主帝(マスター)と呼ぶ。

「そのパートナーに私を?」

「そういう事だ」

 間髪いれない即答。それ以外に答えはないとでも言うように、言葉を口にした瞬間返していた。

「でもさ、それって私じゃないといけない訳? 愛の方があっさり着いていきそうな気がするんだけど」

 溜め息を吐く。この藤崎の呆れ顔を見るのは何度目だろうかと自らも呆れる。少し考えを広くもてば直ぐに辿り着く答えがあるのにも関わらず、目先だけの新鮮で刺激的な何かが凪咲の思考能力を低下させていた。

「お前基礎的な事には頭回るのに、こういうのには疎いのな」

 もう一度溜め息。自分との会話での癖になっているのか、それとも自分の言葉が溜め息を吐かせているのか、と思い悩む。

「確かにパートナーは愛でも誰でもいい、が、そういう問題じゃない」

 頭の上にクエスチョンマークを掲げるように首を傾けて疑問の表情を浮かべた。

「言ったろ? 俺はお前が好きなんだ」

「私は嫌いよ」

「手痛いな」

 ハハッと余裕を見せる笑いには次の言葉を探す表情が表れる。

「ただ、単純に好意だけで凪咲を選んでる訳じゃない」

 藤崎が並べる言葉は核心の手前で遮られ、次に紡がれるであろうキーワードを前に相手の興味を引き付ける。

「そう、愛じゃ器が足りないんだ」

「器?」

 一問一答が繰り返され、徐々に疑問が消えていくのを実感する凪咲。

 偽善で出来ていた自分の器などただの飾り。それならば、愛のおおらかな器の方が大きいなどと思慮を巡らせる。

「そう器だ。人間的な器の大きさとは違う、潜在的な"力"を容れる器」

 既に数分と歩いているにも関わらず、人ひとり見かけない。

「そして、ある程度の質、大きさをもった器でなければアニマへの進行は認められない」

 器は通行証代わり。そういう意味合いでもとれる。

「そして凪咲はその適性をもっている……俺以上にな」

 胸の高鳴りを感じた。

 心の臓の奥から、手足の末端まで熱くなってくるのを感じる。

 凪咲には世界を渡る術がある。その術は緑炎を操る藤崎よりも適性では上。私を誘うための話術だとしても疑わなかった。

「だから俺は凪咲を選んだ。本能がそうさせたのかもしれない」

「だから着いて来いと?」

 抑え切れない感情が、夕闇に狂気の景色に空を見た時と彷彿する。

 禍々しかった恐怖が、歓喜を帯びて凪咲を取り巻く。

 夕闇に紛れた空の影はは、既に鏡界に誘われていたのだと、直感のような何かが凪咲にそう思わせていた。

 自らに宿る"器"が藤崎のそれよりも優れているという話ににやける。

 藤崎が凪咲の顔を覗き込んで何かを口にしようとした瞬間、慌てるように周りを見渡して叫ぶように凪咲の名前を呼んだ。

「凪咲っ」

 しなやかで華奢な腕を掴まれ、ギュッと強く引っ張られる。

「な……」

 ひたすら引っ張って走る藤崎に着いて足を運び、事の次第に思慮を配る。

「何?」

「もう来やがった」

「えっ、何?」

 ボンと音を立てて火花が散る。見ている凪咲を不思議な気分にさせる深緑の炎。藤崎の胸元で燈された炎は、微かな孤を描いて数メートル飛んだ所で弾けた。

「魔界の使者だ。お前を狙ってる」

「何で?」

 急展開の出来事に頭が混乱する。見えない何かから逃げ、ただひたすらに走っている。

「お前が聖界へと連れて行かれると踏んだんだろう」

 とんでもない誤解だと訂正を求めようとするが、その相手がいない。

「私が藤崎くんに着いていくって?」

 確かめるように聞き返すと、藤崎は間髪いれずに返事する。

「そういう事だ」

 さっきまでの鼓動とは違う恐れによる緊張感が凪咲の胸を打つ。

 走って走って走って、血の脈動と恐怖に胸が鳴った。

「私は聖界になんか……」

 恐れから逃げるように言葉が喉を突いて飛び出した。

「じゃあ、魔界側に付くのか?」

 言葉を遮って話す言葉は、少しばかり怒気を帯びている。ゆらゆら揺られ走る中で荒くなっていく呼吸を感じる。

「こんなのが聖界とか魔界ならどっちにも……」

「魔界は甘くないぞ。即断即決が奴らのやり方だ」

 唇を噛み締めて真っ直ぐに前を向く藤崎の顔を見つめて考える。聖界と魔界。どちらも畏怖を帯びて凪咲を恐怖の淵へと追いやり、次第に逃げ道を狭めていった。

「奴らは今此処で凪咲を殺すか、魔界側に引き込むかしか考えていない」

 恐怖心が波となって押し寄せる。俯いていた顔を上げると視線の先に校門が見えた。

「過度な期待はするなよ」

(学校に逃げ込めば……)

 思うより先に藤崎の言葉が希望を蔑ろにする。儚く抱いた光も脆く、瞬く間にその明かりを消失させる。

「魔界の使者だ、公施設程度で足を止めるとは思えん」

 藤崎の言葉を耳にして尚、逃げ切れる気がしていた。それだけ自分が地球(にちじょう)という環境に慣れて、平和で閑散とした感覚に埋もれてしまっている事に凪咲は気付いていない。

「例え奴がJINを使って暴れたとしても、庭園(エデン)の奴らが修復に来て直ぐに元通りだ」

 途端、公園の景色を思い出した。燃え尽きた向日葵が元通りに修復され、黒ずんだ地面は綺麗さっぱり元の姿を取り戻していた。

「一か八かだ……」

 身体が上へと押し上げられる感覚。腕を引かれて体勢を崩すと、スッと掬い上げるように膝裏に腕が回った。

「なっ、な……」

 顔に熱が帯びる。俗にお姫様抱っこと呼ばれる姿勢で抱き上げられると、凪咲は何が何か分からぬまま心の底で小さいながらも安堵していた。

「しがみつけっ」

 景色が流れる。木々が、家が、標識が形を崩して線になる。

 猛烈な加速の中、爆発するようにさえ感じる心臓が、それこそ大太鼓を思いきり弾いた時のように大きく鼓動する。

 魔界の使者としか分からない何かが凪咲を追って来ている。その不安や恐怖を抱いたまま、藤崎は勢いを殺さず全力で校内に走り込んだ。



御一読有難う御座いました。

今回初めて一人称で描写したのですが、難しいですね(汗

私にはどうやら三人称の方が合っているようです。

これからも一人称と三人称を使い分けながら掲載していきますが、視点の移り変わりに注意して頂けるようお願いします。

では「ACT.3 四苦八苦」でお会いしましょう。

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