二人で過ごす雪の聖夜
この短編は、『クリプロ2016』企画の参加作品です。
「じゃあ、お先失礼します」
と私は、職場のMR病院を出た。まだ午後5時。勤務時間中だ。
今日は、朝から体がだるかった。看護師の仕事は重労働。疲れがたまったのだろうと思ってた。通常に業務はこなせた。午後になり寒気がきて、熱を測ったら、38度。薬をもらい早引けさせてもらった。
職場から近いのマンションの自分の部屋目指し、のろのろ歩いた。やっと着いて靴を脱いだまでは覚えてるのだけど、どうもその後、そのまま寝てしまったようだ。
気がつくと、恋人の祐介が台所にいた。
本当なら、今日はクリスマスイヴで、祐介とデートのはずだった。勤務先を出るときに、祐介には”風邪ひいて行けない。ごめん”ってラインで送った。返事はこなかったけど。祐介は医大のインターン1年目、忙しくてスマホを確認するヒマもないだろう。忙しいのはお互いさまだ。
「美香、目が覚めたんなら、おかゆ食べて。レトルトのだけど」
祐介の持ってきた椀には、白かゆと梅干。本当は食欲はないけど、頑張って食べたけど、少し気分が悪くなった。風邪の症状。風邪、祐介にうつったら困る。”大丈夫だから帰って”と言ったつもりが、声が出なかった。そういえばノドがすごく痛い。
「美香にさ、電話したんだ。でも、出ないからさ心配になって来てみると、家の中で倒れてた。
僕、救急車を呼ぼうかと思ったくらいだったよ。熱があるね。38度5分だったよ。脇にアイスノン入れてみたから。」
おぼろげに思い出してきた。祐介が来て私はベッドに連れていってくれたんだ。それにスマホの電源がちょうど切れてた。それで心配かけてしまったんだ。”祐介ごめんね”と言ったつもりが、やっぱり声は出なかった。せっかくのクリスマスなのに。
おかゆを少し食べ、リンゴジュースを飲ませてもらい、体が少し楽になった。熱はまだ下がりきってない。38度だった。そういえばウチには、アイスノンもリンゴジュースもなかった。買いに行ってくれたんだ。
そのあと、私は熟睡したようだ。目を覚ますと、体はフラフラするけど、頭がスッキリしてる。熱が下がったんだ。祐介は、とベッドの上で体をねじってさがすと、ベランダにいる。あの恰好では風邪をひいてしまう。
*** *** *** ***
「美香、起きたんだ。大丈夫?」
祐介は、やさしく笑いかけた。外は雪だった。ホワイトクリスマスになった。本当なら大通りのイルミネーションを見て、時計台の鐘の音を聴き、ドイツ村の屋台で食べ歩きする予定だった。楽しいデートになるはずだったのに。風邪をひいた自分がうらめしい。
彼の薄茶の髪には、花びらのように雪がついている。そう、あなたは、私をいつも春のような気分にさせてくれた。
「雪、止まないね。美香の肩についた雪の結晶が、くっきり見える。宝石のようにキラキラしててよく似合う。とても綺麗。今日はね、僕はイルミネーションの処で告白するつもりだったけど、雪の降る中でもいいね。」
そういって、祐介が、少し震える手で濃紺の小さな小箱を差し出した。
「美香さん、僕と結婚してください。インターン1年目でまだ頼りない僕だけど、こうして二人でいるのが、楽しいし気持ちが安らぐ」
小箱には、ダイヤモンドで飾られた星のチャームが、二つついたリングがあった。雪夜に輝くそれは、とてもかわいいリング。私と祐介、二人が仲良く並んでるようで。
「ごめんね。もっと高いのと思ったのだけど、これなら美香の好みだと思って。どうか受け取ってください」
”もちろんよ”と答えると同時に、祐介が私を抱き寄せた、いや、私が祐介を抱き寄せてる?
ここは住宅街、雪の夜はクリスマスらしく静寂の中。”このまま、雪を眺めながら二人で過ごしたい”が、そうもいかない。道産子の私は現実的なの。
彼の体が熱い。長めの前髪からみえる目が潤んでいる。熱がある。この寒いのに外に長くいたせいかも。
「祐介、あなた、熱発してるわ。はやく部屋の中に入って」
「大丈夫、二人でこのまま、しばらくいたい。」
却下よ。私は彼を即座に部屋のベッドに押しいれた。熱は38度。とりあえず牛乳を温め薬をのませた。レトルトのおかゆは、私の分しか買ってこなかったんだ。祐介。
「美香、僕、ちょっとだけ眠い。少しここで寝ていい?それと、僕、実家から勘当されて来年の1月には今の家を出る事になったから。宿無しだから。ここに住んでいいかな」
”え?なに”と聞く間もなく、祐介は私の手をにぎったまま寝入ってしまった。寝顔が子供のようだ。疲れてるのだ。勘当と宿無しの件は朝にでも聞く事にしよう。
私は彼をおこさないように、祐介の隣にもぐりこんだ。一人用だから狭いけど、それも楽しい。彼の熱い体にくっついて、聖夜をすごした。
次の日は、祐介は、まだ微熱があり仕事を休む事になった。私が夜勤と聞くと、”今日は二人で過ごせる”とご機嫌。この部屋だけ春がきたように暖かいのは、暖房のせいばかりじゃないかもね。