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無能同心  作者: 葉弦
第六章 真相
46/51

其ノ捌

 兄と、和解とまでは言わないまでも、少しだけ心を通じ合わせることができた。それが身体を軽くさせているのかもしれない。


(私は、本当に単純だな)


 苦笑を浮かべた鋼之助が、半蔵御門を通り過ぎた頃。


「旦那、佐倉の旦那」



 後ろから聞き慣れた声に呼びかけられた。見ると、片岡から手札を貰っている岡っ引きの辰次だ。辰次は鋼之助に駆け寄ってきた。


「ああ、よかった。探していたんですよ」


 そう言って、ほっとした顔を見せる。提灯の明かりが、辰次の額に浮かぶ汗を教えた。

 ずいぶん探したようだ。


「私を?」

「はい」


 すると辰次の顔がみるみる引き締まっていった。そして、


「平太郎を見つけやした」

「えっ!」


 思いもよらない発言に、つい提灯を落としてしまった。だが地に着く前に、辰次が素早く掴み取る。おかげで提灯は難を逃れた。

 提灯の明かりに照らされた辰次は続ける。


「まだ平太郎は見つかったことには気づいておりやせん。さっそく捕まえに行きやしょう」


 辰次は意気揚々に言うと、鋼之助の左の手首を掴んだ。そうして、ぐいぐいと引っ張っていく。


「ちょっ、ちょっと待って」


 慌てて引き止める。まさか二人で踏み込む気なのか。信じられない思いで、両足を強く踏ん張るが、辰次の腕力には到底かなわない。


(そんな馬鹿なことをっ?)


 捕物なんて初めてだ。だが辰次は止まってくれない。


「待てません。ぐずぐずしていると、逃げられちまう」


 普段の辰次からは考えられない押しの強さだ。


「わ、わっ、待っててば!」


 更に強く鋼之助を引っ張っていく。もう、引きずられているに等しい。

 鋼之助はどうにかこの難局を乗りきろうと、頭を捻った。


「そ、そうだ! 片岡さんに言わないとっ。あ、ぶ、ぶ、ぶ、奉行所にも……」


 鋼之助の指導役である片岡がいないと話しにならない。これで切り抜けられると思った。

 だが現実は残酷だ。


「片岡の旦那は捕まらなかったんです。奉行所には小者を走らせました」


 冷静な口調できっぱりと言う。


「ええっ、あ、ちょっと……」

「観念してください」


 そう結んだ辰次は、軽々と鋼之助を抱えて、夜の江戸の町を駆けていった。




 ◇◇◇




 辰次と鋼之助は番町から西北にある牛込にやって来た。ここいら一帯は大名の下屋敷が多い。また江戸の町なかに比べ、自然も多かった。

 二人は月桂寺近くの屋敷の前にいた。門や敷地面積からして高録の旗本屋敷だろう。だが、だいぶ寂れている。屋敷を囲む白壁も、所々崩れていた。


「近くの辻番に聞いたところ、ここの元の持ち主の家はお取り潰しになったそうで。今は空き家だそうです」


 建前上、武家地に同心が踏み込むことはできないのだ。だがすでに人の手が離れているのであれば、話は別である。


「入りやしょう」


 小声で言った辰次が脇門を開けて中に入る。道中、辰次によって腹を括らされた鋼之助も続く。


(ここまできたら、どうしようもない……)


 諦めたというか、これから捕物をするという実感が無いのかもしれない。


「こっちです」


 辰次には、どこに平太郎がいるのかわかっているのか。手持ちの提灯の明かりだけで、戸惑うことなく進む。玄関を雪駄を履いたまま通り、奥に向かう。そうして何部屋かを過ぎたあと、ある部屋の襖の前で、


「旦那」


 と、囁いて止まった。思わず鋼之助は唾を飲み込む。この奥に平太郎がいることを、辰次の目が告げた。


(ほ、本当にこの奥に平太郎が?)


 鋼之助は咄嗟に、腰に差していた殺生丸に手を当てていた。この太刀には、あやかしを斬る力があるという。が、実際に目にしたことは無いので、何とも言えない。


(な、なんだか、昨夜からどんどんと状況が流れていくな……)


 こんなときなのに、頭では違うことを考えている。

 昨日の夕方には、今から対峙するであろう男、平太郎に襲われ、昨夜は新八郎から衝撃的な事実を知った。今朝は一連の事件の下手人である平太郎に繋がる証人と証言を得た。そして夜になると、実家に殺生丸を借りたばかりでなく、またもや衝撃を受けることになった。そして、今は捕物だ。

 何かが動くときは、一気に動くのだろうか。しかしそれでも、じつに目まぐるしい二日間である。


「旦那、どうしやした?」


 気づけば、辰次が耳許で囁いていた。いけない。これから捕物だというのに、心が離れていた。


「ごめん、少し、ぼうっとしていた」


 鋼之助は素直に謝った。


「初めての捕物だというのに、余裕がありますね」


 辰次は皮肉を言ったわけではない。なぜならその顔は、感心しているふうだった。違うとは言えず、鋼之助は押し黙る。


「さあ、開けますよ」


 辰次が襖に手をかけた。その瞬間!


「うわああああっ!」

「うわっ!」

「ひっ!」


 獣のような叫びと共に平太郎が突っ込んできた。その手には包丁が握られていた。刃先が赤く濡れている。先頭にいた辰次が刺されたのだ。辰次は平太郎と揉み合いになりながら、部屋のなかに転がり込んだ。提灯は落ちたが、明るい。部屋には行灯がついていた。






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