其ノ肆
「あ、片岡さん、この絵を」
懐から鋼之助が、金目の男の似顔絵を取り出す。
「ああ。お多岐、この絵も見てくれるか」
鋼之助から男の似顔絵を受け取った片岡は、その絵をお多岐に渡した。すると、みるみるうちにお多岐の顔色が変わった。
「この男は……っ」
声には、怒りがたっぷりと含まれていた。
「知っているのか?」
「……旦那方がこちらにいらしたということは、私の前の職をご存知でしょう。……私は、夫が病気で亡くなったあと、おしなと私の食い扶持をを稼ぐために、苦界に身を売りました。この男は、そのときの馴染みの客でした」
お多岐は、ぽつぽつと語り始めた。
男の名前は、平太郎。大伝馬町にある木綿問屋田鶴屋の若旦那だ。
平太郎は見世に三日と空けずに通い、お多岐を贔屓にしてくれていた。お多岐以外の妓を買うこともなく、お多岐を身請けしたいとさえ言ったのだ。だが、まだ店の跡目も継いでいない若旦那が、自由にできる金は多くない。何よりも、お多岐は平太郎に囲われるのは嫌だった。平太郎は一見大人しそうだが、稀に見せる目付きは酷く冷たい。
お多岐は心の内を隠し、やんわりと平太郎の申し出を断ったのである。
しかしそれが癪に障ったのか、平太郎はねちねちと付きまとうようになってしまったのだ。
それは異常な執着だった。見世に刃物を持って乗り込んできたこともあったが、そのときは平太郎の父親が金で決着させたのだ。
お多岐は怖くて怖くてしかたがなかった。ふと客で来ていた下駄問屋の主人に相談すると、なんとその主人がお多岐を身請けしたいと申し出てくれたのだ。その主人のことを憎からず思っていたお多岐は、その場で承諾したのだった。
身請けされたお多岐は、下駄問屋の主人の庇護のもと、深川の寮でおしなと仲睦まじく暮らしていた。
しかし……。
「平太郎が、寮の周りに現れるようになったのです」
尖るお多岐の声が続ける。
寮に姿を見せた平太郎は、ふたたびしつこくお多岐につきまとったが、お多岐は無視を決め込んだ。すると平太郎は、今度は罵るようになったのだ。
──どうして他の男に身請けされた!
──この商売女。
──おまえの娘も、いずれ客を取るようになるぞ。
それでもお多岐は沈黙していた。へたに騒動が起きて、自分を苦界から救ってくれた主人に迷惑をかけるわけにはいかなかったのだ。
だから黙って、堪え続けた。いつまでも、こんなことが続くはずがないと。
すると、あろうことか平太郎の矛先が、娘のおしなに向かってしまったのだ。
「………っ」
悲痛に顔を歪めたお多岐の肩が小刻みに揺れる。鋼之助は耳を塞ぎたい衝動にかられたが、同心として、しっかりと聞かなければならない。
「……っ私が、外から帰ってくると、おしなが裸で……っ」




