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無能同心  作者: 葉弦
第五章 過去〜奇縁〜
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其ノ捌

 そこまで言うと、いきなり次郎丸の頬に激しい痛みが走った。痛いというよりは熱い。そして身体が不安定に傾いていると思ったら、地面に叩きつけられていたのである。口の中では血の味も広がった。勢いで舌を噛んだのだ。


「次郎丸さまっ!」


 女中が悲鳴を上げた。次郎丸は庭に俯せに倒れ込んで、ぱちくりと瞬く。自分が母に頬をぶたれ、庭に落ちたのだと気づいたのは、女中に抱き起こされたときになってだ。


「ああ、次郎丸さまっ。奥方様、なぜこのようなことをっ?」


 初めて聞いた女中の怒声が庭に響く。

 叩かれて真っ赤になった次郎丸の頬に、女中が手を当てる。ひんやりとして気持ちがいい。それに安堵したのか、抱き締めてくれる女中の腕の中に安心したのか。


「うわあああああんっ!」


 ぼろぼろと、次郎丸は大声を上げて泣きじゃくった。頬が痛くて堪らない。でもそれ以上に、叩かれるなんて初めてで、それがとても悲しかった。今まで母にも父にも、もちろん伯父にも叩かれたことはない。

 どうして母が叩いたのだろう。自分はなにか悪いことをしてしまったのだろうか。いつまでも涙が溢れてくる瞳で、次郎丸は母を見た。


「ひ……っ」


 すると母の目は、血のように真っ赤になっているではないか。顔付きが、とてつもなく険しい。それこそまさに絵巻に描かれた鬼のように。

 次郎丸の心を読んだわけではないのだろうが、


「嘘をつくなっ。あやかしなどおらぬっ!」


 と、母は怒鳴り散らした。普段の母の声とは似ても似つかない野太い声。


「ひっ、ううう………っ」


 あの人は本当に母なのだろうか。次郎丸は信じられなかった。

 母はあんな真っ赤な目ではないし、もっと綺麗な声だ。きっと母に似た別のものが化けている。そうに決まっている。では母はどこに行ってしまったのか。

 はっと、次郎丸は喉をひきつらせた。


(母上は、きっと鬼に連れていかれちゃったんだ……)


 鬼は地獄というとこにいる。お寺の御坊が言っていた。そこで悪いことをした人間を苛めているのだと。


(母上は悪いことをしちゃったの?)


 母がどのような悪事をしたのかは分からない。


(ううん、母上は、悪いことなんかしていないっ)


 きっと他の人と間違われたのだ。母上を返して、そう言いたいが、あまりの恐ろしさに次郎丸は、女中の腕の中でがたがたと震えることしかできなかった。






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