表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能同心  作者: 葉弦
第三章 拠り所と見えぬ解決
18/51

其ノ壱

 自室に戻った鋼之助は寝間着に着替えた。先ほどは急いでいたので、寝間着を脱ぎっぱなしにしていたが、戻ってくると綺麗にたたみ直されていた。弥彦が直してくれたのだろう。

 布団に潜り込み、瞼を閉じる。だが最前にあった殺しのせいか、なかなか寝つけない。鋼之助は横向きになって、ぼんやりとした。

 今日はいろいろあった。片岡の足を引っ張ってるかもしれないと考え込み、就寝前に飛び込んできた殺しの一報。

 そして、新八郎の本当の性格を垣間見た。

 こうやって眠りに入る前になると、一日の出来事がさまざまと蘇ってくる。

 これは自分だけなのだろうかと、鋼之助は常々気になっている。


 (あ、そうだ)


 鋼之助の頭に、金色の目が浮かび上がった。

 神田川と今宵あった橘町の殺しの現場の両方にいた男。

 その男の目は金色に光っていた。あの不思議な輝きは何なのだろう。

 遠い国の人間は、瞳の色が青や金色だという。


 (ならば、あの男は異人か?)


 いや、そんなふうには見えなかった。見たことはないが、異人は天狗のような顔つきらしい。

 そもそも江戸で異人がうろうろはできないし、していたら噂好きの江戸っ子が放ってはおかないだろう。いたら必ず、瓦版が面白おかしく書き立てて、浮世絵にも描かれている。


 「………」


 ふいに鋼之助の右手が疼いた。


 ──描きたい。


 あの、不思議な金色の目を持つ男を。

 そう思い立ったら、鋼之助は布団から飛び出ていた。

 描きたい描きたい描きたい。

 頭のなかは、それでいっぱいだ。

 部屋の隅に置いてある、実家の瀧澤の家から持ってきた柳行李やなぎごうりから、馴染みの硯箱すずりばこを取り出した。

 このなかには絵を描く道具一式をしまっている。

 養子になることが決まってからというもの、しばらく絵を描く気にもなれず、ずうっと放置したままだったのだ。

 鋼之助は墨を擦った。


 (ああ、この匂いだ)


 久しぶりに、馴染んだ墨の匂いを嗅いだ。それだけで胸がどきどきする。どんなに美しい女の人を前にしても、こんなに胸がときめくことはないだろう。

 墨を擦り終わり、紙を文机に広げた。絵筆にたっぷりと墨を吸い込ませ、余分な墨を切る。

 そして、真っ白な紙に絵筆をのせた。すいすいと、思いのままに筆が走る。


 「はあ………っ」


 鋼之助はあの金目の男の姿を思い出しながら、どんどんと紙に描きなぐっていく。そしてついに、


 「できた……」


 描き上げた絵を見つめ、蕩けたような顔で呟いた。

 真っ白だった紙には、あの金色の目の男の似顔絵が出来上がっている。

 その目の色にばかり気をとられていたから、ちゃんと思い出せるか心配だったが、こうやって見ると特徴をよく掴んでいた。

 くちびるが薄く、少しだけ垂れた目。


 「もう、一枚……」


 それでも、次に描くほうが、もっと似ているかもしれない。自分自身にそんな言い訳をする。その手には、新しい紙。

 鋼之助はふたたび絵筆を握った。


 (わたしは、本当に絵を描くのが好きなのだ)


 なぜか、涙が零れてくる。

 鋼之助は泣きながら筆を動かし続けた。

 夜が明けるまで……。




 ◇◇◇




 翌日。

 朝方まで絵を描いていた鋼之助は、ほとんど寝ていない。それでも、久しぶりに好きな絵を描けて、目元はしょぼつくが妙に気分は晴れていた。

 そんな気分で南町奉行所に出仕すると、すでに片岡真太郎が出仕していた。綱之助は慌ててお茶を入れる。月に兎が片岡の湯飲み。鋼之助は無地の湯飲みだ。

 片岡の前に置いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ