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無能同心  作者: 葉弦
第二章 初めての事件
15/51

其ノ伍

 「それで、なんでそんなにカリカリしているんだ?」

 「カリカリ?」


 意外とばかりに片岡が首を傾げた。そして憮然と、


 「しておらぬ」


 と、言った。


 「どこがだよ。カリカリカリカリしてるから、佐倉が尻込みしてたぞ」


 どうやら、かなりまえから片岡と鋼之助を観察していたようだ。まったく気づかなかった。


 「そうなのか?」

 「い、いえ、その……」


 こちらを見た片岡の目が弱気そうに揺れたので、鋼之助は返答に困った。山村の言うことは事実だが、面と向かって言えるほど肝は太くはない。

 だがそんな鋼之助の態度が、本当だと裏付けたようで、片岡の肩ががくりと落ちてしまった。


 「……すまん」

 「い、いえ、あの、そのっ」


 慌てふためく鋼之助を遮り、片岡は続ける。


 「おちなの件が進まなくて、いらいらしておったようだ」


 そう言って、深く溜め息をついた。


 「おまえでも手をこまねいているとなると、相当に難しい事件のようだな」


 同情するような顔で山村が言った。

 片岡は南町奉行所三廻りのなかで、一、二を争う腕っこきの同心だと、皆が言っている。そんな片岡が一月以上経つというのに、何も手がかりがないのだ。

 もしかして、それは自分のせいかもしれないと、鋼之助は思っている。足を引っ張るみならいの自分を抱えているから、ろくな探索ができなかったのではないのか。

 探索は初動が大事だと、聞いたことがある。もし、そうだとしたら……。


 (……っ)


 鋼之助は腹を押さえた。きりきりとした痛みが突く。


 「……っすみません、少し席を外します」


 逃げるようにして、同心詰所から出た。

 苦しくて、堪らない。

 足早に開けた場所に出た。沈みかける夕日が、不安にかたどる横顔を照らす。


 (どうしよう……)


 思い込んだことが、頭から離れない。

 胸に苦いものが広がっていく。どろどろとした、濁ったそれ。蓋をしなければ、全身が埋め尽くされそうで。


 「……っ」


 鋼之助は頭を振るった。不安を払い飛ばすように。

 向き合う勇気もなかった。




 ◇◇◇




 「佐倉はどうなんだ?」


 同心詰所を出ていった鋼之助の背中を見送った山村三次郎が訊ねる。指導役ではないが、鋼之助は敬愛する佐倉新八郎の義息子むすこなので、気になっていたのだ。


 「うん? 最初は不安だったが、意外と根性がある。聞き込みも真面目にやってるし」


 ようやく書き終わった報告書を見直しながら片岡が答えた。

 みならいのなかには、聞き込みを嫌がる者もいるのだ。町中を歩き回り、何人もの人間に話を聞いていく。疲労が半端ではない。

 だがそう簡単に有力な話は聞けないものだ。同じことを聞いても、相手によってまったく違う印象を答えることも多い。

 華やかな印象の定町廻りだが、地味できついことも多かった。

 だが鋼之助は、生真面目に聞き込みをしている。正確には、岡っ引きの辰次のうしろに控えているだけだが、今はそれでいいのだ。そのうち覚えていく。


 「ふうん。うまくやっているようで、なりよりだ。でもな、俺は心配だったんだぜ」


 と、山村が、少し意地悪く笑った。片岡は報告書から目を離して、山村に向けた。


 「心配?」

 「だっておまえ、言葉が足りないことがあるからさ。おまえのことを知ってる奴は、おまえが良い奴だって知ってるけど、でも知らない奴は、ぶっきらぼうで取っつきにくいと思ってる」

 「………」


 そう言えば思い当たるふしがある。若い同心から敬遠されているような気がしていた。ただそれは、三十二という若齢(じゃくれい)で筆頭同心になったからだと思っていた。だから近づきにくいと思われているのだ、と。

 片岡は、何だか堪らなく気持ちが沈んでいく気がした。

 それに気づいた山村が、慌て弁解する。


 「いや、だからさ。知らない奴はってことだから。だから、そんなに気にするなよ」

 「……わかっている」


 ぶっきらぼうに片岡が答えた。






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