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ある男の独白
男は引き戸の前で、大きく息をはいた。
この戸を開いたら、きっと己は変われるだろう、と。
それは、願望だ。
切実なる願い。すぐには変われないのはわかっている。だけど、変わるのだと、決めたのだ。
これが何度目かは、忘れた。
一回、二回……と、一桁台の時は数えていた。でもそれが十を越え、二十手前になると、止めてしまった。数えるたびに、酷く自分が汚らわしく、ろくでもない人間だと思い知らされるから。
実際、己はとんでもない愚か者だ。弱虫で嘘つきで。何も取り柄がない。……いや、あると言えば、ある。たったひとつだけ。でも生きていくには大して重要ではない取り柄。
第一、それが己よりも上手い人間はたくさんいる。だから、もはやそれが取り柄とはいわない。
──私には、何も無い。
能無しの己が、一人でちゃんと生きていくために、変わらなければ。
胸の奥で、高鳴る鼓動と言い知れぬ不安を抱えつつ、男は引き戸に手をかけた。
──今度こそは。
亡き父にも誓ったのだから。