三人の出会い――ACT.3 くそガキ達の夜戦
「――ようやく見つけたぜ、ノロマ野郎」
不意に声がして、ルーフとジャンは振り返る。
そこには空色髪の少年、エンジュが壁面の上に威風堂々と立っていた。いつもの半袖短パン姿だが背中にはそこから調達したのやら、身の丈ほどもある大剣を背負っている。
「え、エンジュ!」
「が、ガキぃ!? てめえ一体何用でこんなところに?」
「あ? おっさんの質問に答える義理はないね。ブラボーな姉ちゃんなら別だけどな」
ぽかんと口を開けて驚くルーフを見て、エンジュは大きな溜息をつく。
「……ったくよ~どこほっつき歩いてると思えば……ルーフ、お前ほどの迷子は見たことねえぜ。お前を探すのも大変だったんだからな。町の人に銀髪アホ見かけませんでしたか、って片っ端から聞き込みしてさ」
「ぼ、ぼくは迷子じゃないよ! これには深い理由が……ってそんな場合じゃない! エンジュ、ナナシを止めないとまずいんだよ!」
「は? ナナシ? 誰だそいつ?」
「ぼくの友達で命の恩人の女の子!」
「ふ~ん女ねぇ。何やらわけわからんが……ま、話は後で聞くとしよう。そういうことだから、どけよなおっさん。俺とルーフは今から、その、ナナシ? ってやつを助けに行かなきゃいけない」
「待て待て待て……! お前らなぁ、俺らには俺らのルールってもんがあってだな……ガキが入り込んでいいものじゃな――」
「御託は結構! 歯ぁ食いしばれっ!」
ルーフがとっさに目を閉じる。エンジュは壁から飛び降りて、背中に背負った大剣を大口開けているジャンに向けて振り下ろす――
◇ ◇ ◇
ナナシは家々の屋根を飛び越え、埠頭に向かっていた。手配書の情報によれば、目当ての人物は今日の夜に埠頭で密会があるらしい。
張り詰めた表情で、ナナシはぎゅっと唇を結ぶ。
間もなく埠頭が見えてきた。夜の海はどこまでも暗い色をしており、埠頭には言い様のない不気味さが漂っている。見上げると、漆黒の空に月が輝いていた。
ナナシは神経を張り詰めてあたりを見回す。しかし、埠頭には波の音が響くだけで、不穏な物音や気配は無い。
そんな時、ふと、足音が聞こえてきた。ナナシは音がする方へ意識を集中させる。
黒装束の人物が一人、埠頭に向かって歩いてくる。顔はフードで隠されているので、手配書の人物と同一人物かどうかは分からない。だが、指定の場所に現れる時刻は怖いくらいに正確だった。
いずれにしろ怪しい人物には違いない。ナナシは気配を消しながら、注意深く黒装束の動向を見守った。
すると突然、黒装束の人物が銃を取り出し、ナナシの方へと銃口を向けた。
まさか……気づかれた!?
ナナシはとっさに建物の影に身を隠す。直後、銃声がして、先程までナナシがいた場所を銃弾が縫った。
どうやら相手は相当な使い手らしい。このまま隠れていたところで、いずれ発見され蜂の巣にされてしまうだろう。
そう考えたナナシは、コートから銀色の銃を取り出し、埠頭に踊り出た。
「ようやくお出ましか……待ちくたびれたぜェ……」
「それはこっちの台詞よ。せいぜい最後の月夜を楽しむことね」
「はっ……ほざけ!」
言うなり黒装束が発砲する。弾の軌道は正確にナナシの心臓を射抜いていた。ナナシが弾道を予知しなければ。
ナナシはすんでのところで弾をかわし、横っ飛びしながら撃つ。乾いた音がして、銃弾が黒装束の手に握られていた拳銃をはじき飛ばした。
「これで丸腰ね。降参したらどうかしら?」
「ふん……なかなかやるな。だが甘い。得物はまだある!」
手にしたロングブレードの刃を指でなぞる。鈍く光る刀身。嫌な沈黙が辺りを支配する。二人共閉口したまま何も言わない。言葉を発する必要が無いのだ。辺りに立ち込める張り付いた空気が、二人の言葉を代弁していた。
やがて、沈黙が破れる。
黒装束の男はナナシに刃を向け、地面を蹴った。それとほぼ同時にナナシも地面を蹴り、かろうじて刺突をかわす。
その隙にナナシは跳躍。綺麗な孤を描いて、相手の背後に着地して背中にぴたりと銃口を突きつけた。
「ジ・エンドのようね」
観念したのか、黒装束は手にした長刀をがらりと落とす。両手を上にあげて、降参の意思表示する。
「ふっ……さすがだな。血染めの異名は伊達じゃねぇってことか……」
「黙って。あなたは――ね。顔を見せなさい!」
黒装束は黙ってナナシの言葉に従う。フードから現れた素顔は手配書のそれと一致していた。
だが、絶体絶命の状況にかかわらず、彼は笑っていた。どこか余裕があるような……そんな不敵な笑み。
「満足かな? さて、お遊びもこれまでとしようかッ!」
黒装束がつぶやいた瞬間、彼のブーツの先から、無数の針が発射される。とっさにナナシはかわしたが、完全には避けきれない。針が刺さった肩や足から、どくどくと血が流れはじめていた。
その隙に、黒装束はロングブレードを手に取り、剣先をナナシの眼前に突きつける。
「くッ……」
「……形勢逆転だ」
勝利を確信してニヤリと笑う男。しかし、ナナシはそんな状況でも少しも動揺していなかった。
「……どうかしらね」
ナナシはそうつぶやくと、手に持っていた銃を黒装束に向かって投げつける。まさか銃を投げるとは思はなかった黒装束は一瞬のけぞる。その隙を利用して、ナナシはコートの中に隠していたもう一つの銃を取り出し、銃口を向ける。
それは見事に相手の虚を突いた行動だった。しかし、彼女は引き金を引くことが出来なかった。指がぷるぷると震えて、制御が効かない。
彼女の銃に装填されているのは実弾だった。団長が彼女に託した、極めて殺傷性の高い一発。これまで打っていた牽制用の弾とは威力も桁違いだ。
短剣で脅しをかけることはしょっちゅうある。しばらく起きれないくらいに相手をタコ殴りにしたこともある。けれど、ナナシはこれまでの一度だって、実弾を使ったことは無い。撃つのはいつも決まって麻酔弾のような、殺傷性の弱いものだ。
――これを撃てば、あの人は死ぬ。必ず、希望の欠片もなく死んでしまうだろう。それほどの威力がこの銃弾には込められているのだ。
彼女は心の内で自問自答を繰り返す。
――人を殺す。やったらもう二度とと後戻りはできない。……何を恐れている? 自分は盗賊として、汚い仕事もいくつも請け負ってきたではないか。今更、人一人を殺すことに何を躊躇する必要があるというのか。
人を傷つけるのと、殺すのとでは、重みがまるで違う。大小の差はあれど、傷はやがて時と共に回復する。死はそうではない。人は死に抗うことは出来ない。死んだ人間が復活するなんていうのは、物語とか幻想世界の中だけの話だ。つまり、殺した人にはもう会うことが出来ないのだ。自分がそのことについて後悔しても、謝ることさえできない。そのことがナナシの心を痛く締め付けていた。
「……ぼーっとしてる暇あんのか?」
「ッ……!」
危なかった。後一瞬でも気づくのが遅れたら、敵の刃は自分の胸を貫いていただろう。
今は目の前の敵に集中しなければ。
ひとまず、ナナシは黒装束と距離を取った。
「ちょろちょろ逃げやがって。……もういい、これで終わりにしてくれる!」
黒装束の男は隠し持っていた大量のナイフを一斉に空に投げ放った。
降りしきる雨のごとく大量のナイフがナナシに降りそそぐ。
ナナシは驚異の集中力で小刻みに跳躍し、その全てをかわしきった。
しかし、彼女がナイフを避けきるのも、黒装束の計算の内だった。
「遅い!」
ナナシがナイフを交わしている隙に、黒装束の男は彼女の背後に回り込んでいた。
空中にいるナナシは身動きが取れない。
ロングブレードの切っ先がナナシに迫る。
ナナシはこの時、自らの死を覚悟した。
つまんない人生だった。私はなんのために生まれ、何のために生きたのか。それすら、わからない。自分の本当の名前だって知らない。もしかしたら本当に名前なんかないのかも……。
不意に頭がぼーっとしてくる。黒装束の男のすさまじい刺突が、ゆっくりとした緩慢な動きに見える。死ぬ直前、人間は辺りの物がこんなふうに見えるのだろうか……?
薄れゆく意識。そのさなか、ナナシはとある情景を思い出していた。
淡い銀髪の少年は、満面の笑顔で言った。
「ぼくはきみのこと、ナナシって呼ぶからね!」
ナナシ。初めての、自分の名前。名前が無いからナナシなんて、安直なネーミングだが、なんだか不思議な雰囲気がしてこそばゆい。本当の名前ではにけれど、それでもナナシには嬉しかった。生まれて初めて名前を呼んでもらえたことが言い様も無く嬉しかったのだ。
あの銀髪の少年、ルーフはどうしてるだろう……。
ナナシは思わず目を瞑った。
ジリ、という靴底が地面をこする音。
次の瞬間、ナナシは脇腹に強い衝撃を感じて横っ飛びになった。一瞬宙に浮いてから、壁にぶち当たる。
はぁはぁ……という荒れた息遣いが聞こえる。
目を開くと、そこにいたのは、アッシュブロンドの髪をした少年――ルーフ・ノートだった。
脇腹の衝撃はルーフの突進だ。彼がぶつかってくれたおかげで、あわやのところで刺突をかわすことが出来た。
「ルーフ!? あなた、どうして!?」
ルーフはナナシの手を取って言う。
「いいから、早く! 逃げるんだ!」
見ると、にやついた口元をひきらかせ、黒装束が再び長刀を構えるところだった。
この小さな手のどこにそんな力があるのか、ルーフはナナシを力ずくで立ち上がらせ、手を引っ張って走り出す。
「待て、クソガキィっ!」
黒装束が声を上げて走ってくる。
ナナシは前を走るルーフを見た。彼の顔は自信に満ち、全く不安を感じさせない。どうしてそんな顔をしていられるの……?
その疑問はすぐに解けた。
小路を抜けてすぐのところでルーフが叫ぶ。
「今だ!」
待ってましたとばかりに、上空から複数の果物が投げられる。
不測の攻撃に動揺した黒装束の足がピタと止まる。
それを狙い澄ましたかのように、放たれたのはクナイだ。暗殺用のクナイ。
投げた人物は相当の技量の持ち主なのだろう。クナイは正確な軌道で黒装束へ向かっていき、見事に彼の目元をかすめた。
「ぐぅ……ッ!」
黒装束は目に手を当てて悶え苦しんでいた。あれは、ただクナイをかすめただけの苦しみ方ではない。おそらく目元をかすめたクナイに、即効性の麻痺毒かなにかが塗られていたのだろう。
「やった!」
ルーフは小さくガッツポーズ。そんな彼をたしなめるように、民家の屋根から颯爽と飛び降りてきたのは、野性味を感じさせる空色髪の少年だった。身の丈ほどの大きな剣を背負っている。
「ルーフ、喜んでいる暇はないぜ」
年のころはナナシと同じくらいに見える。ルーフのお兄さんだろうか……?
「キミは……?」
「俺はエンジュ。ルーフの友達だ。あんたがこいつを助けてくれたことには感謝してる。だが、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ。……見ろ」
黒装束の男は片目を瞑りながらこちらへ向かってくるところだった。
「てめぇら……ただじゃ済まさねえぞッ!」
「ど、どうするのエンジュ。あの人を気絶させる作戦だったんでしょ!?」
ルーフは焦り顔で言った。
「ああ。とりあえず今は逃げるしかない! 急げルーフ! あんた……ナナシとか言ったな。あんたも早く!」
通り名ではない自分の名前を呼ばれる事に不思議な感慨を覚えながらも、ナナシは立ち上がり走り出した。
夜の港町で追う者と追われる者とによる壮絶な追いかけっこが繰り広げられていた。
エンジュが先導する形で、ルーフたちは黒装束の追手を巻こうと必死になっていた。
だが、敵もそう甘くは無い。夜中だというのに、片目の視界を総動員して、三人に食らい付いてくる。黒装束の男をまくのは不可能に思われた。
走りながらエンジュが作戦を伝える。
「ちっ……あの野郎、バケモンかよ! こうなりゃ、俺たちであいつを倒すっきゃねぇな」
その言葉を聞いてナナシは驚いて口を開け放つ。その腕や技術から察するに、奴は相当の手練だ。子供が勝てるような相手では決して無い。エンジュの作戦は馬鹿げてる。
「無理よ」
ナナシが言うと、エンジュはむっとした顔になる。
「あんだと?」
「あの黒装束の男は相当の腕前よ。さっき、あなた達の攻撃が成功したのは奇跡。本当に運が良かったとしか言えないわ」
「だったら――」
すると、エンジュは語気を強めて言った。
「ここで諦めんのか? 死ぬのかよ?」
「それは……」
ナナシは返す言葉が見つからず口ごもる。そんな彼女を見て、エンジュは叫ぶように言った。
「あんたがどう思おうが勝手だが、俺の考えは変わらねぇ。あんな奴に、友達が殺されるなんて、俺は嫌だ!」
エンジュは立ち止まった。背中の剣に手を掛け、黒装束の男を待ち受ける格好だ。彼を見て、にっと笑いながらルーフも立ち止まる。ナナシには彼らの行動が理解できなかった。
「ルーフ! エンジュ! あなた達何突っ立ってんの! 早く逃げないと――」
ナナシの言葉を遮ってエンジュが言う。
「行けよ」
ルーフもエンジュに続いた。
「走ってナナシ。ここはぼくとエンジュに任せてよ」
「バカなこと言わないでよ!」
「いいから早く行くんだ。ぼくとエンジュは――きみを助けに来たんだから」
ルーフは黒装束の男に向かって駆け出した。
エンジュは身の丈程の大きさもある剣を抜いて、黒装束の男に向かっていった。
まずはエンジュが剣をふるう。しかし、黒装束の方が早く動いた。刀身が相手の体に届く寸前、腹を蹴られて壁に激突してしまう。
その隙を狙うようにルーフが掌底を繰り出すも、黒装束はこれを最小の動きでかわした。攻撃が外れたルーフには大きな隙が出来てしまった。その隙を黒装束が逃すはずもない。即座に体勢を立て直し、ロングブレードを構える。凄まじい威力を誇る刺突の構えだ。
ナナシにはその瞬間、時が止まったかのように思われた。
ゆっくりと流れていく光景の中で、思考だけが急激に加速していく。
彼女の視界の中で世界はゆっくりと、だが着実に動いている。
ロングブレードの剣先が、ルーフに迫る。向こうではエンジュが起き上がって、剣を持って黒装束に斬りかかろうとしていた。だが、きっと間に合わない。このままでは……ルーフは死んでしまうだろう。黒装束の凶刃によって。
――ダメだ。そんなのダメだ。自分のために誰かが死ぬなんて、もう二度と見たくない。
気づくとナナシの体は、彼女の意思とは無関係に勝手に動いていた。銃を手に取り、撃鉄を下ろす。銃口を黒装束に向け、照準を合わせる。そして、引き金を引いた。
乾いた音と共に銃弾が打ち出される。
あわや剣先がルーフの首に到達するところで、まっすぐ飛んだ銃弾がロングブレードの分厚い刀身を貫通した。芯を貫かれた刀身は、柱を失くした家のように瓦解し、ただの鉄塊となってしまった。
「ば、バカな……鉄を貫通しただと!? てめぇ……何しやがった……」
ぎろりとナナシを睨む黒装束の男。
――とうとう、使ってはいけない銃弾を撃ってしまった。
恐怖によって、彼女の唇はすっかり紫色に変化し、がたがたと肩を震わせている。
しかし、その震えも直ぐに治まることになる。
黒装束はナナシに気を取られていたことで、彼のことを忘れてしまっていた。
そう――背後で自分に斬りかかる隙を窺っていたエンジュの存在に。
「ベルセリオストライクっ!」
叫びとともに不意打ちともいうべきエンジュの剣戟が炸裂する。身の丈ほどの大きさもある刀身から振り下ろされた一撃は、確かなダメージを与えたようで、黒装束の男は地面に倒れ、そのまま俯せの状態で動かなくなった。
「はぁはぁ……やった……!」
「はぁ……エンジュ、この人死んじゃったの……?」
「岑打ちだったから死にはしねぇはずだ。だが、当分の間起きることは無いだろうな」
「そっか……にしても、さっきの技名はなんだっったの?」
「? ああ、あれは俺の必殺技だ! どうだルーフ、かっこいいだろ?」
「別に。ただの縦斬りじゃん……」
「うるせぇ……な……はぁ、ちっと疲れたぜ……」
「……ぼく……も……」
ルーフとエンジュは二人して壁にもたれかかった。
ナナシは倒れた黒装束を見て、呆けたように口を開けていた。
本当に倒してしまった……しかも、子供三人で。ルーフはともかく、エンジュの剣技は傍から見ていても見事だった。彼は一体、何者なのだろうか?
そんな折、野太い声とともに大男が姿を現す。
「ほっほぉ! やるじゃねえかガキども!」
現れたのは、他ならぬ盗賊団ヴァラスト団長、ジャン・ローレンツだった。
「お、おっさん!? あんた俺の聖なる一撃を受けたハズじゃ……?」
「くそガキめ……結構痛かったぞこのやろう!」
ぽかりとエンジュの頭を軽く殴ると、ジャンはナナシに向き直る。にんまり笑顔で、口元にぶわっと生えた髭をいじりながら、ジャンはナナシを見つめつぶやいた。
「どうやら……ダメだったらしいな」
「…………」
「だが、よくやった方だぜ。おい、ヒッポ。もう死んだふりはいいだろ」
「へっ、なかなかきついミッションでしたよ、団長」
その言葉と共に黒装束がむっくりと起き上がる。声色が違っていた。くぐもった低い声ではなく、中性的な声だ。
「ば、ばかな! 岑打ちとはいえ、あれを喰らってなんで……っ!?」
動揺しながらエンジュは背中の剣に手を掛ける。
「いやぁ、なかなかやるじゃないか。その太刀筋、どこで身につけた?」
エンジュは不遜な態度で答えた。
「へっ、村の道場で鍛えてるからな、俺は」
「エンジュは道場で一番強いんだよ!」
「そうか。まあ、私のほうが一枚上手だったということで」
黒装束はほっぺをグーッと引っ張った。ぐんぐん伸びたほっぺは途中でぶちんとちぎれ、素顔が露わになる。そこにあったのは、ナナシのよく知る副団長の顔だった。
「副団長? どうして……」
ナナシの問いにジャンが答える。
「言っただろ試練だって。何かの間違いで関係ない人を殺すわけにはいかねえからな。ヒッポには一役買ってもらったのさ」
ヒッポはポキポキと関節を鳴らしながら、ジャンに言う。
「それで、団長。どうするんですか……?」
ヒッポの言葉を聞いて、ジャンは渋面をつくる。何かを深く考え込んでいるような……そんな顔だ。誰も何も話せない。何かを口にしようとすれば、途端に全身が破裂してしまうような。それほどに張り詰めた雰囲気が辺り一帯を支配していた。
やがて、ジャンはナナシに背を向けてつぶやいた。
「――破門だ」




