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True-end  作者: 秀田ごんぞう
第四章   ――はじまりの大樹――
29/30

ルーフの夢


 背中に鈍い痛みを感じながら、ルーフは目を開ける。

 どうやら、樹洞の中を落ちてくるときに気絶していたらしい。

「ここは……」

 辺りは不気味なほどの静けさに支配されている。ルーフの息遣い以外には何も音がしない。

 ルーフは星核に到達していた。

 思っていたよりもずいぶん狭い、ちっぽけな小部屋だ。周囲の壁面には世界樹の根と思われしものが、そこかしらに張り巡らされている。頭上の天井はぽっかりと開いている。ルーフは樹洞を通ってここから落ちてきたのだ。おそらく、その際に頭を打って気絶してしまったのかもしれない。

 ここは世界のはじまりとなった場所。世界樹グランミリエルはこの場所で芽吹き、世界中へ、その根を広げていったのだ。すなわち、あらゆる生命はこの小部屋から始まったことになる。

 部屋の中央には大空に飛び立つ竜を象った石像がある。竜の手には暗褐色の水晶玉が握られている。

 ルーフはおもむろに水晶玉を手に取った。

 途端、様々な情景が頭に流れ込んできた。

 これは……世界樹の外だ。オーディーンが複数の人間を相手に戦っている。あの紋章は帝国騎士だ。きっと、エンジュと一緒にやって来た人達に違いない。両者必死の戦いで、一歩も譲らない。




 ――暗転。




 次に見えた場面は……ザダーク城。妖精王デインが天に手をかざして黙祷している。

 やがて、黙祷を終えたデインが天に向けてつぶやいた。


「世界に……幸あれ」




 ――再び暗転。




 見えてきたのは、エンジュの姿だ。目を覚ましたエンジュはルーフの姿を探す。エンジュは、若木をじっと見つめているシルフィーに話しかける。

「……ルーフは?」

『そこの樹洞に飛び込んでいったわ』

 それを聞いて、エンジュも若木に駆け寄る。しかし、樹洞などどこにも見当たらない。

『ミリエライトが言ってたの。誰もルーフの後を追いかけることは出来ないって。彼はこれから一人で困難に立ち向かわなきゃいけないの』

「知るか、そんなの!」

『あなたって……本当に頑固ね! 少しはじっとしたら?』

「じっとなんてしてられるか!」

『だってしょうがないじゃない。もう星の脱皮は始まってる。終末の刻はもうすぐそこに迫ってる。私たちには何もできないの』

 エンジュはしばし虚空を見上げてからつぶやく。

「俺はさ……心配なんだ、あいつのこと」

『…………』

「あいつは俺にとっては弟みたいなもんだからさ。こう……心配でたまらなくなるんだよ。だから――」

『ルーフは大丈夫よ』

 エンジュの言葉を遮ってシルフィーが言った。

『あの子は強い。肉体的な強さとかじゃない。根っこが強い子。……ずっと傍で見てきたから分かるの』

 シルフィーは短く息を吐いて続ける。

『きっと大丈夫。あの子はとっても素直で優しいもの。きっと……正しい判断をするはずよ』

「ルーフの母ちゃんみたいだな」

 エンジュがにわかに微笑みながら首を動かす。

 その時。突然、大きな地鳴りが二人を襲う。

「な、なんだ!?」




 ――三度の暗転。




 その次の瞬間、鋭い光が小部屋を満たしていく。

 ルーフは思わず目を瞑った。


 何秒かたって、ルーフが目を開けると、そこはさっきまでいた小部屋ではなかった。

 豪奢な宮殿のようだ。柱が幾重にも立っており、壁には荘厳な印象の模様が描かれている。ルーフはわけもわからぬまま、宮殿の扉口に呆けた顔で立っていた。

 見ると、宮殿の奥に豪華な作りの玉座がある。玉座の上には言葉で言い表せないような見目麗しい少女が鎮座していた。少女は真っ白な羽衣を一枚羽織っただけの姿で目を閉じ、ピクリとも動かない。どうやら眠っているらしく、少女の息遣いだけが辺りに響いている。

 玉座の向こう側には見上げるほどの大きな扉があり、物々しい雰囲気を放っていた。

 ルーフは玉座の上の眠り姫の元へ歩み寄り、額にそっと口づけをする。

 少女は目を覚まし、眼前のルーフを見上げてつぶやく。

「お帰りなさい」

 ルーフは少女の頭に手を置いてつぶやく。


「……それが君の本当の姿なんだね、ミリエライト」


 すると、少女はそっと玉座から立ち上がり、ふっと微笑する。

「よく私だと分かりましたね」

「当たり前だろ。君は僕で、僕は君なんだから」

「それもそうですね」

 少女――ミリエライトは小さく笑いながら話す。

「ここは星核。この星の全てが眠っている、神聖な場所。世界はここから始まったのよ」

 ルーフは宮殿の天井を見上げる。この場所からすべてが始まった。すべての生命はこの場所より生まれ、そしてこの場所へと還ってくる。

 ミリエライトは扉を見つめてつぶやく。

「ルーフ。今一度聞かせて欲しい。あなたはこの世界に何を視たのですか……?」

 彼女の問いにルーフはしばし沈黙した後、奥歯を噛み締めながら答える。


「……世界は腐りきっていたよ。これ以上どうしようもない程にね」


「いかにもあなたくらいの子供が考えそうなことですね」

「けど現実はそうじゃないか。欲深い人間が、己の欲のままあらゆるものを貪っている。世界はそれに疲弊している」

「だが全てがそうとは言いきれません」

「それはそうだよ。心の綺麗な人だっているんだ。でも……圧倒的に、汚い人間が多すぎる。心無い人間たちが、世界の八割を占めていると言っても過言じゃない」

「それで……ルーフ。あなたは世界をどうするつもりなのですか?」

「言ったでしょ。僕はこのゴミみたいな世界を壊す。そのためにここまで来たんだから」

「壊してどうするの? まるで子供みたい。あなたの気のすむように世界を壊して……それで終わりですか?」

「…………」

「そんな理由では、あなたを星の脱皮に干渉させるわけにはいきませんね……」

 すると、ルーフはミリエライトと目を合わせてきっぱりと言った。


「違う」


「何が違うのです? あなたが言ってるのは、甘ったれた子供の戯言に過ぎないのでは?」

「僕は世界を壊すって言った。それは変わらないよ。けど……それだけじゃない」

「……?」

「壊すっていうのは無かったことにするわけじゃない。新しく創り変えるって意味だ。星は脱皮によって、これまでの世界は抜け落ちた皮となって消え去り、また新たな世界が生まれる。そこに僕が干渉して、あるべき世界へと創り変える」

「しかし……もし成功したとしても、あなたはその世界にはいないのですよ? それでもいいのですか?」

 星の脱皮のエネルギーを利用するとは、膨大なエネルギーを一手に引き受けるということ。言うまでもなく体が耐え切れず、ルーフは消し飛んでしまうだろう。

 それだけでは無い。星の脱皮によって新たな世界が生まれた時、それまであった世界は無かったことになる。つまり、新たな世界でルーフのことを覚えている者は誰一人としていないのだ。

 しかし、ルーフは胸を張って言い放った。

「僕は大丈夫。もう、ずっと前から決めていたことだから。それに……」

「それに?」


「先陣者(ヴァンガード)っていうのは、皆の先陣に立って戦う者。今こそ、僕はその役目を果たさなきゃいけない。星は脱皮して大きく羽ばたく。僕が羽ばたかせてみせる」


 ミリエライトはルーフを見つめて、柔らかに微笑する。

「あなたの意志は変わらないのですね?」

 彼女の言葉に、ルーフはこくりと頷く。

「……わかりました。私も出来る限り協力します。その手に持っている宝玉を、胸にかざしてください」

 言われるままにルーフは、暗褐色の宝玉を胸の前に掲げた。

 ミリエライトが宝玉に手を伸ばす。途端、彼女の体が淡い光の玉に包まれ始めた。

「扉の向こうではすでに星が脱皮し始めています。暴走する破滅のエネルギーで、何が起きているのか想像もつきません」

 ルーフはミリエライトの手をとってつぶやく。

「大丈夫。僕と君の力が合わされば、きっと……。僕達は世界樹の……創世の大樹の使いなんだから」

 ルーフの言葉に、ミリエライトの表情が柔らかくなる。淡い光りに包まれながら彼女はそっとつぶやいた。

「あなたは私。そして私はあなた。私とあなたは二人で一人。後のことは頼みましたよ、ルーフ」

「……わかってる」

 ミリエライトは最後にもう一度微笑むと、光の玉となってルーフと一体化した。


 ルーフは眼前の大扉を見定め、胸に手を置いて息を吐いた。

 扉の前に災いの杖(レーヴァテイン)を置く。そして、杖の先に煌々と輝く宝玉を置いた。

巨大な扉がゆっくりと開き始める。扉の奥では破滅のエネルギーが荒れ狂い、ただならぬ瘴気を放っている。ルーフはごくりと唾を飲んで、扉をくぐっていった。




   ◆ ◆ ◆




 扉の先は混沌に支配された空間が広がっていた。破滅のエネルギーはめちゃくちゃに暴れまわり、何もかもをごちゃまぜにしていく。あちこちで昼と夜が混在し、時間感覚がおかしくなる。どっちが上か下か、自分が立っているのか、宙に浮いているのかさえ分からない。

 星の脱皮に伴って暴走するエネルギーの渦。暴走する破滅の力は全てを巻き込み、留まるそぶりを見せない。

 思考が混乱し、体が張り裂けそうになる。何度も強い吐き気が襲ってきた。それでも、ルーフは意識を保ち続けた。彼の意志の強さはそれだけ強靭だった。

 ルーフは目を瞑り、両手を広げた。その姿はまるで、神に祈る天使のようだった。

 星が生み出した、制御しきれないほどの膨大なエネルギー。行き場を失ったエネルギーは、入れ器を見つけたように、一気にルーフのもとへ流れ込む。

「ぐぅ……ッ!」

 星でさえ制御できないエネルギー。途方もなく大きな力を、ルーフはその小さな体で懸命に受け止める。

「堪えろ……ここで引いたら、ナナシは……エンジュは……皆が笑えなくなる!」

 体が熱を帯びる。熔けてしまいそうなほどの熱で周りの景色がぼんやりと霞んでいく。

 熱い。痛い。腕が、足が、全身がちぎれてしまいそうだ……。

 しかし、それらに屈せずルーフは目をこじ開け叫ぶ。




「うるるおおおおおおおおぁああああああああッ!!!」




 激痛に身をよじらせながらもルーフは叫び続ける。そうすることで、まだ自分が生きていることを実感できる。


 ふと、ルーフの脳裏に走馬灯のごとくあらゆる記憶が蘇る。


 おばあちゃんと過ごした日々。エンジュと野山を駆け回った思い出。ナナシと出会った日の事。豪快な盗賊ギルドの皆。レイモンド村長。妖精王の厳しくも優しい言葉。シルフィー。崩れ落ちる巨人。忘れられないあの日の事件。ナナシの笑顔。オーディーンの大きな背中。エンジュのすまし顔。乾いた銃声。帝国騎士との戦い。ナナシに追いかけられるエンジュ。妖精王との修行の日々。ひび割れたゴーグル。ザダークの皆。逃げ惑う王都の人達。大神官フォズの邪悪な笑み。ナナシの作ってくれたおいしいご飯。村長の鉄拳。ゴーレム、アスカとの対話。おばあちゃんが作ってくれたマフラー。初めて釣り上げた魚の味。そして……シルベ山での三人の友情の契り。

 ありとあらゆる思い出が駆け巡り、いつしかルーフの目からは自然と涙が零れていた。だが、それでも彼は笑っていた。穏やかな気持ちで、春の川のせせらぎのように。

 破滅のエネルギーは止むことなく膨らみ続け、やがて世界を圧迫しようとしていた。

 しかし、ルーフはありとあらゆる力を駆使して、エネルギーを収束させようとする。

 エネルギーは収束しながら加速し続ける。とめどない破滅の力はやがて、途方もない程の大きな爆発を引き起こす。


 星は完全に脱皮し、遂に星の再構築が始まった。

 爆発はこの星すべてを飲み込み、あらゆる物質を消滅させていく。


 超巨大爆発の中心で、ルーフは目を閉じ、祈りを捧げていた。それが神に対する祈りなのか、はたまた別の何かに対してなのか。それはわからない。

 しかし、事実としてその瞬間、言葉では表現できない『何か』が変わった。



 ――世界は真っ白になった。



 いつの頃か、誰かが言った。

 白は何でも染まる色。そして、なんでも受け入れてくれる色、と。


読んでいただきありがとうございます。

ここまで長かったですが、次回でいよいよ最終回です。

ぜひ、最後までお付き合いいただければ。

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