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True-end  作者: 秀田ごんぞう
第四章   ――はじまりの大樹――
28/30

友として

「ルーフ。ちょっと待てよ」

「…………」

 ルーフはエンジュを見た。剣を持つ手に力が入ってない。アンバランスに空中で宙ぶらりんになっている感じだ。エンジュはルーフを食い入るように見つめて言った。

「俺は……正直、何が正しいのか分かんなくなってきたよ。だから、ルーフ。お前の気持ちも少しは……分かる」

「エンジュ……」

「……でも。このままお前を放っておいたらいけない気がする。お前が俺にとってかけがえのない存在だからだ。……友達として答えろよ。星の脱皮は起こさなきゃいけないのか? ここで引き返すことは出来ないのかよ?」

 ルーフは真剣なまなざしをエンジュに向け、つぶやいた。

「……僕は行かなきゃいけない。たとえ、何があっても。そう……決めたんだ」

「そうか……」

 ルーフが足を踏み出そうとした時、エンジュの声がそれを止めた。

「……やっぱり、お前をこのまま行かせるわけにはいかない。世界の命運だなんて重すぎるものを、お前一人に背負わせるわけにはいかないよ。どうしても行くって言うなら、俺も一緒に行ってやる」

「ダメだよエンジュ。これは僕が決めた事。誰であっても、巻き込むわけにはいかない。まして君を巻き込むなんてもっての他だ」

 エンジュの剣を握る手に力が籠る。エンジュは身の丈程もある大剣を構えてつぶやく。

「なら! この先へ行くなら、俺を倒していけよ、ルーフ!」


 ルーフの顔が引き攣る。どうしてここでエンジュと争う必要がある。あともう一歩なのに。どうしてエンジュは邪魔をするんだ。もうすぐで……皆が笑える日が来るというのに。


「冗談はよしてよエンジュ」

「冗談なんかじゃねえ。俺は一歩たりともここをどくつもりはない。お前が考えを変えるまではな!」

 ルーフの闘気が高まるにつれて、彼の右手が青く煌めき始めた。

「……この分からず屋!」

「分からず屋はおまえだろッ!」


 二人が同時に地面を蹴る。


 先手を取ったのはルーフ。エンジュの剣の間合いに入る寸前、呪文を唱え、火球を打ち出す。エンジュはそれを呼んでいた。以前に一度、ルーフが火球を放つのを見ていたからだ。撃ち出された火球を大剣でいなして弾き飛ばす。そして、一気にルーフとの間合いを詰めた。

「るああああッ!」

 エンジュが飛び、空中からルーフに斬りかかった。それを見て咄嗟に、ルーフは光る二つの指を剣の前に差し出した。まるで金属と金属がぶつかり合うような音があたりにこだまする。驚くことに、ルーフはたった二本の指でエンジュの剣を受け止めていた。

「……エンジュ。剣では魔術には勝てない。君が僕に勝つことは不可能だ。いい加減諦めてくれよ。君とは戦いたくない」

「っせぇ! 勝負はここからだ!」

 その声を皮切りに、エンジュが身を翻す。そして、四連の斬撃技ベルセリオストライクを放った。目にも止まらぬ四つの斬撃がルーフを襲う。剣を防ぐルーフの指も、エンジュの剣速さには追いつかない。

「く……ッ!」

 ルーフがもんどりをうって地面に倒れる。ルーフに一瞬の隙が生まれた。エンジュはそれを逃すまいと、追い打ちをかける。


 ――ルーフは思わず目を瞑った。


 しかし、襲ってくるはずの痛みが、剣がぶつかる衝撃を感じない。

 恐る恐る目を開けると、エンジュの剣はルーフの寸前で止まっており、剣を持つエンジュの手が震えていた。

 ルーフは咄嗟に後ろへ飛んで、エンジュと距離を取る。

「エンジュ……?」

 エンジュはルーフを倒す機会を逃した。目を瞑り、じっと動かぬルーフを見て、剣を持つ手が動かなかったのだ。戦いになれば、いずれこうなる事は分かっていた。ルーフを止めるために覚悟したはずだ。しかし、目の前で倒れているルーフを見ていると、どうしても剣を進めることが出来なかった。

 すぐに気持ちを切り替え、エンジュはルーフに向き合う。

 エンジュが雄叫びとともに、弾丸のような刺突を放つ!

 ルーフはそれをかわして呪文を詠唱する。


 ――特級魔術。ここぞという時に一度だけ使用することが条件に教えてもらった、妖精王の秘術だ。


《――siel-sandawre-gigas-reidine-marigoldes-end――》


 特級魔術の詠唱は長い。その間、ルーフはエンジュの攻撃の回避に集中する。

 思考が加速していくのが分かる。エンジュの剣の動きが手に取るように予想できる。次の瞬間に剣がどの位置にあるのかが感覚でわかる。考えているのではない。驚異的な集中力でエンジュの一挙手一投足を観察することで、ルーフにはエンジュの次の動きが視えていた。

 その時ルーフの頭にはエンジュの戦い以外には何もなかった。星の脱皮の事や、ナナシの事、これから自分がやるべき使命。そういったものが意識せずとも思考の外へと弾きだされていた。


 長い、長い詠唱がようやく終わろうとしていた。


《――re-zer-tactx-rebnd-arutemistic》


 白い光がルーフが手にした杖の先に収束していく。そして次の瞬間、杖を中心として連鎖的な爆発が巻き起こる。爆発はルーフとエンジュを巻き込んで、マナの森全体へと広がっていく。強い衝撃が襲ってきて、ルーフもエンジュも爆風に吹き飛ばされてしまった。


 爆発の最中、エンジュの顔が垣間見えた。

 それは誰かがルーフに見せた幻だったのかもしれない。

 エンジュの顔ははにかんでいた。途方もない爆発に包まれていく中で、はにかんだエンジュの顔がひどくルーフの頭の隅に焼き付いていた。





「ハァハァ……」


 最後まで立っていたのはルーフだった。


「エンジュ……」

 ルーフは地面に倒れ、気絶しているエンジュに目をやる。

 あの最後の瞬間、ルーフが特級魔術を放つ寸前、エンジュの顔にはわずかな笑みが見て取れた。そして、エンジュの剣の力が少し弱まった。その姿は、どうしてだろう……忘れもしないあの日のナナシの姿と重なって見えたのだ。

 エンジュはどうしてあの時力を抜いて、笑ったのだろう……。

 しかし、今は一刻の猶予も無い。間もなくこの世界は脱皮しようとしている。


 星の脱皮が始まろうとしている。


 急がなければ。もうすぐで……皆が笑える時が来るんだから。

 ルーフは若木の幹にぽっかりと空いた樹洞を見おろす。

『この先に、星の核があるのね』

 シルフィーがつぶやいた。

 ルーフはシルフィーを肩からおろして言った。


「シルフィー。君とはここでお別れだ」


『え……』

「この先には僕一人で行かなくちゃいけない。君を連れてはいけないんだ」

 シルフィーには分かっていた。妖精王からそのような話をされていたから。いつか、別れの時が来る。それは避けられぬ運命だと。

 だが、頭では分かっていても、心のどこかで納得できない。

 いつしか、シルフィーの瞳はひとりでに滲んでいた。

『あれ……私……』

 ルーフはそれから何も言わず、黙って先へ行く。ここで振り返ったら、先へは進めない。そんな気がして、ルーフは仲間に別れを告げ若木の下へ歩いていく。

 脇目もふらずにルーフは底の見えない樹洞の中に飛び込んでいった。


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