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True-end  作者: 秀田ごんぞう
第三章   ―― 崩壊の先陣者 ――
19/30

王都襲撃――舞い降りし死神

 エルデンテ帝国の首都である、王都エルデンテは今日も多くの人々が詰め寄り賑わっていた。いつものように他愛もない話に花を咲かせ、談笑する人々。平和な世界のいつもの風景。彼らはこの時まだ知らなかったのだ。


 ――王都を揺るがすような大事件が起きることを。


 事件は突然に起こった。街の上空を巨大な黒雲が覆ったかと思うと、突如、異形の怪物達が村に攻め入って来たのである。

「に、逃げろ! ま、魔物だ! 魔物がやって来たぞー!」

 誰がそう呼び始めたのか……魔物という言葉は、異形の怪物たちを表す言葉として言い得て妙であった。

 第一声を皮切りに逃げ惑う人々。しかし、怪物の軍勢は怯える町民たちには目もくれず、統率のとれた動きでエルデンテ城を目指して突き進む。

 大帝国教会の大神官の側近、スゲースは街の状況を砦の上からじっと見下ろしていた。

 混乱に苛まれている王都の人々を見ても、スゲースは全く慌てもせず冷静だった。

 大帝国教会の本部は、エルデンテ城にほど近い砦である。砦の周りには門番兵が多数配置されており、他の侵入を許さない。まさに絶対不落の要塞ともいえる砦である。

 すると、神官が血相を変えて駆け込んできた。

「スゲース様、大変です!」

「なんだ、騒がしい」

「は、早くお逃げになってください。突如、怪物が軍を組んで、この王都に攻め入って来たのです! さらに連中はこの砦とエルデンテ城を目標に猛進している模様でありまして……」

 早口で説明する神官に、スゲースはぴしゃりと一喝浴びせた。

「少し黙れ……。何を慌てる必要がある?」

「し、しかし……!」

「この教会はな、王都が不足の災害に見舞われた際、王族をはじめとした高貴な身分の人々が避難するための絶対不落の要塞施設でもあるのだ。それだけではない。魔物の軍勢が攻めてきた今、王のご命令で帝国騎士団がすでに動き出しているはず。魔物の軍団といっても、所詮は烏合の衆。クズの寄せ集めだ。帝国騎士にかかればあっという間に一網打尽よ」

 窓の外をちらと見てスゲースは不敵に笑った。

「……見ろ、あれを。帝国騎士のお出ましだ!」

 窓の外ではちょうど帝国騎士団の一人が魔物軍に立ち向かっていた。

 手にした槍に力を込めて振り払うと、ばたばたと魔物達が吹き飛ばされていく。

「おお……これぞ、世界最強の騎士団。彼らの前では、魔物など虫けらに等しいのだ!」

 その時、突然雄叫びのような轟音が耳を劈く。

「な、なんだ!?」

 次の瞬間、立っているのがやっとの強い揺れが砦を襲った。

 すぐさま窓の向こうに目をやる。

「ば、バカな……!」

 あちこちに炎が上がっており、燃え上がる炎の中で騎士が一人倒れていた。つい先ほど、魔物達を相手に圧倒していた帝国騎士である。かろうじて生きてはいるようだが、息も絶え絶えで立ち上がるのがやっとの様子だ。

 再びの轟音。すさまじい衝撃波の後、砦の天井が木端微塵に吹き飛ばされてしまった。

 ぽっかり空いた天井から、紅蓮を思わせる鱗で覆われた真紅の巨竜がばさばさと大きな羽音を立てて天空より舞い降りてくる。

 スゲースは目を疑った。


 ――竜。伝説に語られる怪物。鋼剣をも跳ね返す強靭な鱗に、岩をも溶かしてしまう業火、さらに高い知性をも持ち合わせた神に最も近い生物。しかし、竜はあくまで幻想世界の生物である。現実に存在するはずがない。そう思っていたのだが……。


 目の前に降り立った竜は幻なんかではない。放たれている殺気も、呼吸するたびに見え隠れする火炎も、全ては紛れもない現実だ。

 さらに驚くべき光景を見て、スゲースは目を見開く。竜の背には少年が乗っていたのだ。

 少年は竜の背から軽快に飛び降りた。小さな妖精と思わしき生物が少年の肩に座っている。

「ふん、礼はいらんぞルーフ。人間達に一泡吹かせたいのは我らとて同じこと」

「うん。ここは僕に任せて。君は城へ向かってほしい」

「承知した!」

 真紅の竜は翼を大きく羽ばたかせ、再び天空へと舞い戻っていった。

 少年は険しい顔でスゲースを睨み付ける。まだ幼さの残ったあどけない容貌にもかかわらず、彼から放たれる殺気は尋常のものではない。スゲースの頬を冷や汗が伝う。

「き、貴様何者だ!? だが曲者には変わらぬ。生かしては帰さんぞ。やれ、お前達!」

 スゲースの合図で、武装した神官隊が少年目がけて突撃していく。

 竜と言葉を交わす少年。先の言動から察するに、この少年が魔物達を先導しているらしい。そして、竜の言葉。少年はルーフと呼ばれていた。

 ルーフ……。どこかで聞き覚えがあるような……。ともあれ、まずはこの砦から脱出し、安全な場所へ避難せねば。絶対不落の要塞だったが、竜の襲撃は予想外だ。スゲースは舌打ちしながらルーフを睨み付ける。

 ……とはいえ相手はたかだかガキ一人。見たところ、特に武装していない。奴一人程度なら、簡単に殺せる。神官達が時間を稼いでいる間、魔物達が押し寄せてくる前に逃げるのだ! この事態をいち早く大神官様に報告せねば!

 スゲースは脇目も振らず砦内をひた走る。

 すると、突如背後で爆音がした。何事かとスゲースが後ろを振り返ると、少年が口角をあげ不気味に微笑んでいた。

 突撃させた神官たちは一人残らず消し炭にされていた。辺りには爆発の余韻が濛々と立ちこめている。十人以上もいた神官隊が、一瞬のうちに物言わぬ物体となった。

 いや……一人生きていた。爆発の衝撃からうまいこと逃れたのだ。しかし、それでも立ち上がれないほどの傷を負っていた。

 ルーフは呻き声をあげる神官に侮蔑のこもった眼差しを向け、手をかざす。彼の手が煌々と煌めき強い輝きを放ち始める。すると、拳大の火球が彼の手から銃弾のように飛び出し、傷ついた神官に直撃して爆発を起こす。爆発の衝撃で、神官は粉々になって消し飛んでしまった。

 戦慄のあまり、スゲースはその場で立ち尽くす。

 何なのだ、この少年は。

「ヒッヒイイィ! バカな……。貴様、一体……」

 ルーフは肩にかかった長髪をさらりと掻き上げると、ゆっくりとした足取りでスゲースの方に歩いてくる。彼の足音が静まり返った砦内にこだまする。

「……答えろ、大神官はどこにいる? 素直に吐けば命くらいは助けてやるよ」

「こ、この上の階にいらっしゃる。さ、さあ言ったぞ! 助けてくれるんだろうな!?」

 ルーフがにっ、と不敵に笑う。

「ご苦労。お前はもう用済みだ」

 ルーフが短い文言をつぶやき、彼の手が煌々と光を帯びる。

「ま、待て! 命は助けてくれると言ったじゃないか!」


「屑がうるせえよ」


 煌めく光はやがて大きな爆風となってスゲースに襲いかかる。後に残るのは、血の混じった赤い砂塵のみだった。



 ルーフは上階へと走る。次々と神官が現れ、ルーフの前に立ちはだかったが、その尽くを蹴散らしルーフは進む。

 やがて、砦の最上階にたどり着く。

 豪華な装飾がいたるところに施された大広間。広間の中央に設置された、豪奢な椅子に大神官フォズ・レイルザードが腰掛けている。

 フォズはルーフを一瞥して、つぶやく。

「ここまで来るからどんな侵入者かと思ったが、まさかこんな子供だとはな……無能な部下を持つと苦労するよ、まったく……」

 ルーフはフォズを睨み、不気味にほくそ笑む。

「遺言はそれでいいのか?」


「ほざけ」


 フォズが椅子の脇に設置したレバーを引いた。すると、ルーフの横の壁から、機関銃が飛び出す。連射される鉛弾ががルーフを襲う!

 薬莢の香りが部屋の中に立ち込める。

「ふっ……死んだか。あっけない」


「あの程度で僕は殺せないよ」


「き、貴様いつの間に!?」

 ルーフは鉛弾の嵐をくぐり抜け、いつの間にかフォズの背後に回っていた。常人なら死んで当然のような銃弾の嵐だったが、ルーフはかすり傷一つついていなかった。

 ルーフは杖を手に取り、フォズに向ける。ルーフの文言に合わせて、杖の先端が怪しい光を帯びる。

 杖の先端の光を目にして、フォズは初めて動揺を見せる。

「ま、まさか! それは失われた外法……貴様、一体何者だ!?」

「答える義理はないね!」

 ルーフの言葉ともに、杖の先からフォズ目掛けてまっすぐに電撃が走る。

「ッ!」

 あわやのところでフォズは電撃をかわす。電撃は彼が先ほどまで座っていた椅子に直撃し、椅子を灰に変えてしまった。

 フォズはすぐさま体制を立て直し、隠し持っていた銃でルーフを撃つ。撃ちだされた弾丸は確かに命中したかのように見えたが、ルーフに当たる寸前に見えない障壁に阻まれて虚しく地面に転がった。

「ば、ばかな……」

 平静を保っていたフォズの顔が一気に青ざめる。

 ルーフは狼狽するフォズを見て、にやりと不気味な微笑みを浮かべてつぶやく。

「……どれだけこの日を待ち望んだことだろう。ナナシの痛みを思い知らせてやる。それだけを胸に今日まで生きてきた。僕が味わわせてやるよ。僕の友達が感じた痛みを、一つ残らずにね……!」

 その瞬間、フォズの記憶が渦を巻いた。少年が額につけているゴーグルには見覚えがあった。過去の断片的な映像が次々に流れていく。


 ナナシ。紅の魔女。チコリ村。殺した。霧の洞窟。飛散する血。少年。立ち込める血霧。アッシュブロンドの少年。悲鳴。美しい顔。銃声。乾いた音とそれに付随する愉悦。


「そのゴーグル……まさか貴様、あの時の小僧……名は……確か……」

「僕はルーフ。ルーフ・ノート。大神官フォズ・レイルザード。亡き友ナナシに代わって、貴様を地獄へ連れて行くためにここへやって来た……死神さ」

 俄かに微笑むルーフを見て、フォズは全身が恐怖で引きつる。『死』の一文字がフォズの前にゆらりゆらりと近づいてくる。全身から汗が吹き出し、恐怖のあまり、思考が暴走を始める。フォズは地位やプライドなど、それまで築き上げた全てを捨てさる勢いで、ルーフに必死に嘆願する。

「ま、待て! わかった。何が欲しい? 金か、名誉か? 望むものを好きなだけやろうじゃないか。い、いや待て。それよりも……私の仲間にならないか?」

 フォズはルーフの足下にしがみつく。恥も外聞もなく、少年の膝下にすがりつき、命を乞う。『死』というたった一文字の概念が彼の心を恐怖の鎖で雁字搦めに縛り付けていた。

「な、言い考えだろう。私と君とでこの世界の頂点を取ろうじゃないか」

 ルーフは能面のような顔でフォズを見る。実に浅ましい姿だとルーフは思った。これが人間という生き物の本性なのだろう。自分の保身のために媚び諂い、命乞いをする。実に醜く、浅ましいではないか……人間という生き物は。目の前の男はそれを如実に体現していた。

 ルーフは道端に落ちた排泄物を見るような目でフォズを見ると、やがて小さく口を動かした。


「失せろ」


 ルーフの手が煌めき、その直後、焼けつくような閃光がフォズを襲った。


更新が遅い時間になってしまい、すみません。

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